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「おはよう」


「おはようございます。ご主人様」


 あの夜以降、男とルティアの会話は格段に増えた。

 いや、増えたどころか更に一月経つ頃には食事も同じ部屋で摂るようになった。


 と言うのも、ルティアは結局は伯爵家の令嬢。根っからの侍女ではなかった事が要因だ。

 無意識のわがまま、が出てしまったのである。

 それは仕事に関することではなく、なーんだ話しかけても良いのだと言う気安さから生まれたわがままだった。


「ご主人様、お庭のお花が見頃ですの。お時間があれば一緒にお散歩していただけませんか?」


「ご主人様、お洋服も私に洗わせて頂けませんか?え?…そ、そそそうですね、下着はこれまで通りご自分でということで…」


「ご主人様、新しい焼き菓子に挑戦したのです!一緒にお茶に致しましょう?ーーえぇ、勿論背中合わせで」


「ご主人様、1人で食事をとるのは寂しいです。厨房の隣のお部屋を背中合わせ座れるように配置換えしてーーー駄目、ですか?」


 ルティアはもう昼食もわざわざ王宮へ行くこともなく、男の仕事が忙しくない限りは一緒にとるようになって。

 本来なら主人と侍女が共に食事をとるのはあり得ないことである。

 ただこの空間にそれを指摘するものはいなかった。

 男もまた、ルティアの意見を否定する事なく全てを受け入れたのだった。



「今日の夜は流星群が見られるらしいよ」


「えぇ!私見た事がありませんわ!」


(見たい!見てみたいわ!)


 男は少し考えた後、かなりの勇気を出して言葉を紡いだ。


「ーー…一緒に、見る?」

 

 その声は少し、震えている。


 男から誘いをかけてくれた事がルティアはたまらなく嬉しかった。


「はい、はい!是非!」


 その後ルティアは急いで王宮の厨房に向かい、じゃがいもやらチーズやらを分けて貰い屋敷に戻った。



 そしてその夜ーーー。



「…わぁ」


 男は大量に皿に盛られたマッシュポテトを見て声を上げた。


(いや、これは絶対に2人で食べる量じゃない)


「ありがとう…俺が食べられるように仕切りまで作ってくれて」


「いえ!私も一緒にご主人様の思い出の味を食べてみたくて。…沢山作りすぎてしまったので食べられる分だけ召し上がって下さいね」


「……うんーーーっと、そろそろ時間だと思うんだけど」


 マッシュポテトと飲み物、仕切りの置かれた丸テーブルを挟んで2人は夜空を眺められるように椅子に腰掛けた。

 暫くそうしてただ空を眺めているとひとつふたつと星が流れ始めた。


「ーーーっわぁ……」


 思わず、と言ったふうに漏れ聞こえた声に男は言葉を返そうとしてーーーその、彼女の横顔を見て、息を止めた。いや、男自身にその自覚はなかったかもしれない。


 すぐ横で空を見上げる彼女の、その横顔があまりにも美しかったから。


「すごい…凄いですわ…こんなに綺麗なものがあるなんて…星が沢山落ちてくるようで…」


 一心に夜空を見上げるルティアから男は目を逸らせなかった。

 流れ星が入り込んだかのようにキラキラと輝く瞳は、昼間は若葉のように柔らかな色合いをしている事。

 今は緩く背中に流されたその淡い亜麻色の髪は雨の日には一段とふわふわとする事。

 それを男はとても可愛いと思うが、当の本人は気にしている事。


 一生懸命敬語を使っているが、話し言葉が織り混ざった話し方をしている事。

 洗濯物を干すときに聞こえる鼻歌がやたら上手な事。

 男のその日の体調をよく観察して、淹れる茶葉を変えてくれている事。

 話をする時、真っ白な面の顔をなんの翳りもなく、ごく普通に見つめてくる事。


(あぁ、嘘だろ…)


 仮面の下のその顔がどれほど熱いか、男にはよく分かっていた。


「ねぇ、ご主人様」


「…どうしたの?」


「ありがとうございます。今日お声をかけてくれて……私きっとこれから夜空の綺麗な日を迎えるたびにこうしてご主人様と見上げたことを思い出しますわ」


 男に向けられた笑顔は、何よりも眩く。


「…俺も、思い出すよ。貴女と、貴女の作ってくれたマッシュポテトのこと」


「ふふっ!明日からしばらくポテト祭りですわよ?ーーーご主人様の思い出の味もとても美味しいですわね」


 ルティアはその小さい口に相応しい少なめのマッシュポテトを頬張りながらにこにこと微笑む。

 男は仕切りに隠れながら仮面を外し、ルティアの作ったマッシュポテトを口にした。



 ーーー幸福の、味がした。


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