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 屋敷の庭でルティアは鼻歌を交えながら洗濯物を干していた。

 

(今日は良い天気だからよく乾きそうだわ)


 ハタハタと揺れる白い洗濯物を満足げに見上げる。

 ルティアは伯爵令嬢である。常ならば自身で掃除洗濯をする身分ではない。

 そんな彼女がひと通りの家事炊事が出来るのも学園生活のお陰だ。

 

(あの学園でのこと全てが、今の私に役立っているのだわ)


 もうルティアは学園に足を向けて眠れない。

 婚約破棄された令嬢が生きる術をあそこが教えてくれたのだ。


「ライラとジェーリンは元気かしら…」


 2人とも就職でそれぞれ遠い地に行ってしまった。


 物思いに耽るルティア。

 彼女がこの屋敷に来て早くも20日ほどの時間が過ぎていた。

 屋敷の主人である男はほぼ自室から出てこないので、ルティアがこの20日間で顔を合わせたのは片手で数えられる程度だ。

 これはルティアには予想外の事だった。

 深入りされたくないとはいえ、さすがに1日に一回くらいは会話をすることもあるだろうと思っていたから。

 1日中誰とも会話をしない日々は辛く、ルティアは昼食を王宮内にある食堂で食べることにしている。

 その時その時で席が近くなった人と世間話をすることで大分気持ちがすっきりした。





 共に過酷な学園生活を過ごした友人のことを考えているうちにルティアの頭の中にはとある思い出が蘇る。


 深夜、寮の管理人も寝静まった時間。

 3人のうちの誰かの部屋にこっそり集まって。


(ーーー…あぁ)


 部屋に付いている簡易的なキッチンでその密事は行われていた。


(あぁ!どうしよう…)


 脳裏に蘇る、あの味。香り。

 

(どうしても、食べたい!!あの禁断パンが!!)


 考えてしまったらもう駄目だった。

 その日の昼食の時間。ルティアは食堂の厨房で数品の食材を分けてもらい、意気揚々と屋敷へと戻った。






 そして、その夜。


(ーーご主人様、寝たかしら)


 静まり返る廊下をランタンの微かな灯りを頼りに、忍び足で進みながらルティアは厨房を目指す。

 

(どうして深夜に起きているのってこんなに悪いことをしている気分になるのかしら…)


 そうして厨房に着いたルティアはその部屋に灯りを灯すと、夜着の袖を捲りフライパンを取り出した。


 温めたフライパンにバターを乗せる。

 いい感じに溶けたらそこに真ん中をくり抜いた厚切りのパンを置いて。卵、ベーコン、チーズにホワイトソースを入れる。さらにその上にくり抜いたパンを被せてじゅうじゅうと押さえつけるようにして焼いてゆく。

 漂う香りに、ルティアはごくりと唾を飲み込んだ。


(この、破壊力!深夜に決して食べてはいけないものでありながら、食べずにはいられない誘惑…たまらないわ!)


 良い感じに焼けたら後は黒胡椒をかけて完成だ。


「はあぁ!この魅惑の香り!真夜中の誘惑!まさしく禁断パンの名に相応しいーーー」


 パンを乗せたお皿を両手に持ちながら小躍りするルティアがふと入り口を振り向くと。


「…ごめん、水を飲もうと思って…」


 気まずげな雰囲気を漂わせた男がそこに立っていた。


「あ、ああ申し訳ございません!その、あの」


「…いい香りだね」


 見られた恥ずかしさに顔を真っ赤にするルティアに対し男は素直な感想を口にする。


「……あの、ご主人様も宜しかったらいかがですか?」


「…俺は人前で食事はしない」


ぐぅ。


 それはそう言いきった男の腹から確かに聞こえた。


「……」


「……」



「あ、あの!でしたら私はこちらを向いて食べるので、ご主人様はあちらを向いて…背中合わせで、とか。決してご主人様の方は見ないとお約束いたします!」


「……」


「半分こ、しましょう?」


 ルティアの提案に、男はこくりと頷いたのだった。




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