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 顔中に、禍々しい赤黒い文字の様なものが浮かび上がり、脈打つように動いている。

 突然のことに驚愕に見開かれたその瞳は白く濁り、白目は真っ黒に染まっている。

 鼻があった所は窪み、唇は文字の羅列で肌との境目がわからない。

 蜂蜜色の長く伸ばされていた髪は泥水のように澱み、ばらばらの長さで短くなっていた。


 それが、今のクルト・アルフヴェートの姿だ。


 悲鳴をあげたステラは気絶し、そんな彼女をなんとかロイが支えていた。


「あ、あ…もうしわけ、…ほんとに、こんなつもりは…あ…」


 ガタガタと体を震わし言葉を紡ぐロイ。


「タージス様、御用は済んだかしら?ならお帰りはあちらよ?今日のことは改めて父から抗議させていただきますわ」


 扉を指差し出て行けと指示するルティアに従い妻を抱えながらロイは逃げる様に出て行った。

その間ルティアの視線が目の前の男から逸らされることはなかった。


「クルト、様」


 かすかに震える、ルティアの声。

 それに返ってきたクルトの声はあっけらかんとーーー驚くほどに清々としたもので。


「あのね、ルティア。怖い?



ーーー俺が、怖い?

でもごめんね、もう決めたんだ。

あの日、貴女が追いかけてきた時から」


「クルト様?」


「ねぇ、ルティア。泣いて叫んで嫌がっても貴女はもう逃してあげないよ」


 クルトが手袋を外すと、顔と同じ様に蠢く文字列が両手に浮かんでいた。

 その手が愛おしげにルティアの頬を撫でる。


「貴女に関しては、怖がろうがどんな反応をしようがもう、いいんだ。離さないだけだから」


 いっそ穏やかとも言えるその笑みを湛えた顔は、到底人とは思えない様相で。

 ーーーそれでも、どれほど怖くてもルティアは顔を逸らすことはしなかった。







「……怖くない、は嘘になりますわ」


「うん」


 ルティアの頬を撫でる手は止まらない。


「とても、……怖いです」


(震えている体からきっとそれは伝わってますわね)


 それはどうにもならない本能的な恐怖だった。


「うん」


 親指がルティア唇を撫でる。

 もう、クルトは決めたのだ。

 ここでルティアが嫌がっても、自身を拒否しても捕まえてしまおうと。

 ルティアは一度静かに、長めに目を閉じた。

 次は彼女が覚悟を決める番なのだ。

 大きく深呼吸をして、その目を開ける。



「クルト様」


「なに?」


「…帰りましょう」


 クルトの外見はやはり怖かった。

 想像していたよりもずっと、ずっと恐ろしいものだった。

 ーーーそれでも。


「帰って…それで、今夜は一緒に過ごしましょう」


 震える手を、そっと自身の頬に寄せられるクルトの手へと重ねる。


「ーーー意味、分かってる?」


「……はい。え、とその、呪いが解けても、解けなくてもーーー私はずっとお側にいます。……お側に、いたいです……」


「……何をするか、分かってる?」


「あの、ええ。ちょっと調べましたから…色々本を読んで……」


 途端に恥ずかしくなったルティアは顔を逸らす。

 きっと彼女はそれで良かった。


 目の前の男がどんな顔で自分を見ていたか、知らずに済んだから。



 面を拾って再び顔につけたクルトは驚くべき速さでルティアを城へと連れ去って行った。

 








「おはよう、ルティア。水飲む?」


「…くだ、さい」


「うん、ちょっと待っててね…はい、どうぞ」


 ルティアの背に手を回し、上半身を支えながら水を飲ませるクルトは実に献身的だ。


「ん〜…」


「眠い?」


「…はい」


「ゆっくりおやすみ」


 優しく、大きい手のひらがルティアの頭を撫でる。

 蕩けるようなその声は、存外に低く男らしいものだ。


「…前から思っていたんですけど…クルト様は意外と体温が高めで力もお強い……」


「え、もしかして力強すぎて痛いとかある?

ごめんね、昔から馬鹿力だとは言われてて気をつけてたんだけど…」


「ふふっ…たまに骨が痛いですが概ね心地よい力強さですわ」


「……あ〜、可愛いねルティア。なんでこんなに可愛いの」


 愛おしいルティアを見つめるその菫色の瞳は今にも溶け出してしまいそうだった。



 3日前ーーーそう、ルティアを実家から連れ帰ったその日にクルトの呪いは解けた。

 それは、ルティアが“真実の愛”を証明したからである。

 呪いが解けたその瞬間を正直ルティアは覚えていない。

 それよりもあまりに未知な体験に頭が回っていなかったからである。

 後に彼女は語る。

 ちょっと調べたことなど何も役に立たなかった、と。

 一方クルトはと言うと呪いが解けた実感もあったし、色々な方面に報告だってしなくては行けないと冷静に考える部分が少し、ほんの少しはあった。

 けれど今は、目の前の、この世のものとは思えぬほど可愛い人から離れるなんて考えられなかったのだ。


 ーーーそんなこんなで気がつけば3日もたっていたのである。


(ルティアの家にも改めて行かなくては。謝罪と、お礼と、あぁ、結婚の挨拶もしないとな)


 それにいい加減、報告に行かないとなと思ったクルトはルティアが深い眠りについていることを確かめ、王宮へと伝令を出してから向かった。


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