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「クルト様!え、あの、なぜここに…」
驚きに声を上げたのはステラだった。
ロイはその、クルトの異様な出立に声も出せず目を見開きーーールティアは、彼の方に顔を向けることさえ、できなかった。
近づいてくる足音にルティアの体は小さく震える。
「…ルティア、そんなに手を強く握りしめたら痛くなってしまうよ」
手袋越しに、暖かいクルトの体温が伝わる。
「それに酷く冷たいーーー新しい紅茶をもらおう」
「クルト様!あの、私、ずっとお会いしたくて…お手紙も何度かお出ししたのですけど「ごめん、ちょっと黙っててくれるかな?」
(その人とお話ししないで)
「ルティア?どうしたの、こっちを見て」
「あ、あのアルフヴェート様。お初お目にかかります。ロイ・タージスと申します。あの、「あぁ、あんたが…」
(…クルト様って人のことをあんたって言うことがあるのね)
ルティアの中をさまざまな思考がくるくると巡る。
「ねえ、ルティア。俺のこと見たくもないくらい嫌になっちゃった?」
「違います!!」
ほぼ反射で、答えていた。
ぐるんと、勢いよくクルトの方を向いたルティアは予想外の顔の近さに驚く。
「どうやって、ここまで…」
「馬車で」
「人目を、嫌がっておられたでしょう?」
「うん、まあこの格好だしね…けど、昨日ルティアの様子が何か変だったから心配でーーごめんね、押しかけて」
顔にかかったルティアの髪を優しく耳にかけるその手が。
(もう、まともに受け入れられない)
だってルティアは気づいてしまった。
気付かされてしまった。
(私、クルト様を独り占めしたいんだわ)
「クルト様!どうか少しだけ私の話を聞いてくれませんか!?」
震える声で健気にクルトに話しかけるその声を、彼の耳に入れたくない。
あの、可憐な姿を目にしないでほしい。
小さくため息を吐いたクルトがステラに顔を向けようとした、その時だった。
「いや!その方を見ないで!」
ぐりんと、両手で仮面ごとクルトの顔を自分の方向に固定する。
「ル、ルティア?」
「その人とお話ししないでぇ…」
ぐずぐすと涙声で、子供のようなお願いをするルティアにクルトは即座に反応した。
「うん、しないよ。ルティアだけ。貴女しか見ないし話さない」
「私、見られたく無かったのに。こんなに優しくない私をクルト様だけには見られたく無かったのに」
ルティアはクルトの胸に顔を埋めてポカポカとその体を叩く。
何一つ痛くないその攻撃をクルトは甘んじて受け入れた。
「うん、ごめんね」
「だって、私駄目なの。ーーー嫌いなのこの2人。悪くないのかもしれないけど、でもクルト様を傷つけたんですもの」
はっきりと嫌いと言われたロイは思いの外傷ついた。それが当然だとわかっていても、どこかでいつか許してくれると胡座を描いていたのだ。
「ルティアだってたくさん傷ついたでしょう」
ルティアの背中を優しく撫でる手。
「それにね、結果良かったんじゃないかと思う。俺とタージス夫人は結婚してもあまり上手くいかない相性だったと思うし」
「え…そんな…」
不意に攻撃を受けたステラは悲しみ、
「ルティアとそこの男も上手くいかなかったよ」
「断言しなくても…」
とどめを刺されたロイは項垂れた。
「そして、俺は貴女に会えた」
「ーー…クルト、様」
「……知らないからでしょ?クルト様のお顔がどどんなに恐ろしいか」
ふいに、ポツリと呟かれたその声に。
「私は、正しい親になるの。可哀想な人もちゃんと慈愛を向けることを教えてあげるの。この子にとって完璧な母親になるの」
予測不可能だったその動きに。
か細い女の悲鳴が上がる。
男の驚きの声が響く。
悲鳴をあげ続ける女ーーーステラの手からからん、と白い面が落ちた。




