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かなえと継美

放課後の教室の端っこに一人机にうつ伏せになっている少女。――東野かなえ、これが彼女の名前。

誰もいなくなったのを察して、ゆっくりと立ち上がる。そして、居場所のない家へ帰る。


「かなえ様!まだいたんですか!」

誰もいないはずの教室にいつの間にか雪だるまがいた。

「……なんでいるの?」

「なんでもなにも、かなえ様の帰りがいつも遅いので心配してきたのですよ!」

そう言って体からキャタピラーを出し、前後に移動する。

彼は“雪だるま1号”だ。昔、作った雪だるまを父の友人がロボットとして改造したのだ。かなえの執事面をしていつも心配かけてくる存在だ。

「……いまから帰るから……」

「では、帰りましょう!」

雪だるま1号は跳ねながらかなえの周りを駆け回る。

「……わかったよ」

かなえは渋々、カバンを持って教室を出る。足音とキャタピラーの音が響く。


大きな屋敷に着く。ここがかなえの家だ。

「……」

何も言わずに玄関に入る。

「ただいま戻りました!」

雪だるま1号が余計なことを言う。

靴を脱ぐとそのまま二階の自分の部屋へと入る。そして、そのまま、ベッドに横たわる。勉強机と、ゲームが入った棚、それ以外は何もない、味気ない部屋だ。

かなえは寝ころんだまま、棚に手を伸ばし、最新型のゲーム機を取る。電源を入れる。

退屈なゲームだ。最新作のRPGのゲームだが、かなえは興味ない。しかし、それをする。マップも、敵の出現数も、覚えてしまった。


「かなえさん、帰っていたのですね」

母が部屋を覗く。かなえは返事もしない。ただ、ゲームをする。

「ごはん、どうします?」

かなえは何も言わない。

「できたら、部屋に持っていきますから。」

そう言って、母は部屋のドアを閉める。

かなえはゲームから手を放す。そして、ベッドにうつ伏せになった。ゲームは母から逃げるための道具だ。


彼女はここに居場所なんかないと思っている。理由は自分が本当の娘ではない。それだけだ。


小さいころ、雪が降る日。見てしまったのだ。父と母が写真を見ているのを。そこには自分のような金の髪でなく、赤毛の癖毛のある少女が。直観で「私はこの人たちの子じゃない」そう思い、家を飛び出した。


「なんだかなえ、また来たのか」

機械をいじくりながら話す歳のわりに老けたおじさん。彼は父の友人であり、居候である。離れに閉じこもって何かを作っては壊したりしていた。

「……私、おとうさんたちの子供じゃないの?」

「……驚いたな」

手を止め、かなえを見る。

「やはり、お父さんに似て、頭いいな、お前さんは。」

かなえの頭をなでる。

「ああ、そうだよ」

かなえの顔が曇る。

「だが、お父さんもお母さんも、お前のことは本当の子供だと思っているよ」

「でも……私は違う……」

「なら、こいつをやろう」

おじさんは雪だるまを出す。かなえの赤いマフラーを付けた、小さな雪だるま。

「かなえ様」

雪だるまが顔を上げ、自分の名前を呼んだのに驚いた。

「どうだい!お前が無理を言うから作ってやったぞ!年中溶けない!お前の友達さ!」

髪のない頭を揺らし、誇らしげに言う。

「かなえ様、どうぞよろしくお願いします。」

「……!」

それが、雪だるまとの出会いだった。


「かなえ様!かなえ様!」

雪だるま1号がかなえの体に飛びながら体当たりする。

「お夕飯の時間ですよ!起きてください!」

どうやら、寝ていたようだ。

「ん……」

今日も部屋の前に置かれたお盆を勉強机の上に置いて、

「いただきます……」

冷めたごはん。一人、食べる。

「電気点けますよ!」

雪だるま1号が部屋の明かりを点ける。


食べた物を部屋の前に置いて、ドアを閉める。

また、うつ伏せになる。

「かなえ様!お風呂!」

「……わかってるよ」


「かなえ様!明日の準備を!」

「わかってるって……」


「かなえ様、もう寝る時……」

「わかってるってば!」


雪だるま1号のお節介は止まらない。出会った頃から何一つ変わらない。

「……やはり、今の状況は良くないのでは?」

「……何が?」

「かなえ様が父上様、母上様に冷たく接してるのがです。」

「別に……冷たくなんか……」

「では、なぜ顔を合わせるのを……」

「もう寝る!お休み!」

聞きたくないと布団をかぶる。


「わかりました……」

雪だるま1号の声が聞こえると、部屋の明かりを消す音とともに、部屋のドアが開き、閉まる音が聞こえた。

昔はよく一緒に寝たものだ。だが、今は1人で寝ている。

「私は1人だ……」

目を閉じる。今日も何もなく終わる。それでいい……いや、ダメだ。私はここにいてはいけない。なのに……



変わらない朝。今朝も部屋の前にごはんが置いてあった。それを食べる。

かなえは学校の準備をする。かばん、制服、そして、大きなリボンで髪を結わえる。前髪の右側に2本のヘアピン。小さいころ、雪だるま1号に似合っていると言われたから、今もやっているだけだ。

そして、いつもの通学路。一人歩く……となるはずだった。

「かなえ様、今日もいい天気でございますね」

雪だるま1号が何故かキャタピラーで横を付いてくる。

「……なんでいるの?」

「かなえ様が心配なのです!高校生活が始まって早1カ月ほど。それなのにご友人がいない!父上様、母上様と会話がない!何より!成績がよろしくない!」

「……いいじゃん、赤点じゃないし」

「問題です!ギリギリ赤点じゃないですか!」

雪だるま1号はキャタピラーから棒を伸ばして顔をかなえの顔に近づかせて言う。

「かなえ様は本来、賢い方です!なのに!」

雪だるま1号が熱く語る。

「毎日ゲームに明け暮れて、勉強をしない!もったいないのです!」

「はいはい。」

「なんですか!その返事は!」

うっとうしい雪だるま以外はいつも通りの……いつも通りなのだろうか。周りにいた学生の子たちにクスクスと笑われている。

だが、別にどうでもよかった。

「じゃあ、私、行くから」

かなえは走り出す。

「あっ!かなえ様!待ってくださいよぉ!」

雪だるま1号もスピードを上げてかなえを追いかけた。


「……で、なんでいるの?」

机にうつ伏せになりながら、雪だるま1号に言う。

「私はかなえ様のお付きですから。」

胸を張って言う。

「じゃなくて、なんで学校にいるの?」

「私は許可を貰いましたよ、ほら!」

入校許可書を取り出す。

「なんで?」

「なんでもです!」

どうせ、お父さんあたりが無理を言ったのだろう。かなえはため息をつく。


高校入学の時もそうだ。別に行きたくないと言ったのに、

「ダメだ!勉強せんといかんぜよ!」

と、中学校を脅して推薦状を書かせたどころか、やる気のなさをアピールしたはずの面接をスルー、入学に至るという、もう裏金使ってるだろレベルで無理矢理行かされる羽目になったのだ。


「もう、授業始まるから出てって。」

「いえ、私はいます!」

「なんでよ!」

「許可を取っております故!」

「……もう好きにしてよ……」

お節介雪だるまが……

まあ、いい。今日も自暴自棄にただ日を過ごせばいい。そう思っていた。


「みんな座ってくれ!転校生の紹介だ!」

担任の声が聞こえる。

生徒たちが次々席に着く。

かなえははっと前を見る。


「再条継美です。○○高等学校から転校してきました。」

聞いたことがあった名前だ。そして、あの赤毛と癖毛……かなえは確信した。



私のいつもの日常がようやく終わる予感に。


「あなたが東野さんね。」


始めの授業が終わってすぐ、継美から話かけてきた。

「……はい。」

継美はにらむように、

「この人が……」

とつぶやいた。


かなえは継美の恨みを知っているつもりだ。だが、いざ目の前にすると立ちすくんでしまう。

「あなたのお父さん、お母さんについて知ってる?」

「……いいえ。」

嘘を吐いた。

「私は」

かなえは唾を飲んだ。

「私はあなたのお父さん、お母さんの本当の子供なの。」

継美は鋭い目つきでかなえをにらむ。


「だから、消えて欲しいんだけど?」


そう聞こえる……聞こえるはずだった。


「ちょっと待ってください!」

執事ロボットが口を挟む。

「継美様!ここでは何なので、話の続きは放課後にしていただけませんか?」

「え……雪だるまが……なんで……?」

「ちょっ、雪だるま!」

「ま、まぁ、そうね……授業が始まるし……」

継美は大きな胸に手を当て、深呼吸をする。

「わかった、放課後、逃げないでね?」

そう言って継美は席に戻った。


「かなえ様……」

かなえはすぐうつ伏せになった。が、心臓が高鳴る。早くなる。

こんな日が来るとは思ってはいた。だが、こんなにも動揺してしまうのか。

(落ち着け……落ち着け……)

寝たふりをしながら、心を静める努力をした。



放課後。

かなえと継美が教室に残っていた。野次馬は継美のにらみで逃げていった。

「さて、本題だけど……」

継美は一呼吸置いて言葉を吐く。

「私の人生を返して?」

何度も何度も聞いた言葉だ。妄想の中だが。

きっと、この子に会ったらそう言われるだろう。そう覚悟していたのだ。

だから、かなえが次に言う言葉は決まっていた。口を開いた。


「待ってください!」

雪だるま1号がまた口を挟む。なんなんだこの雪だるまは。

「これにはふかいふかーい事情があるんです!」

「なんなのよあんた!」

「とにかく、かなえ様の居場所は渡せません!」

「っ!何勝手なことを!」

そのあとに続く言葉を言う前にまた誰かが横に入る。

「その勝負、ま、待ったぁぁああああ!」

青髪のロングヘアの子が腰に手を当て、こちらに指をさした。

「何を言ってるの……?」

継美は動揺していた。突然の乱入者に。

「さ、さぁ……」

かなえも動揺していた。なんなんだこれは。

「と、ともかく!」

声を震わせながら、彼女は言う。

「わ、私も勝負に混ぜなさい!」

勝負?

「次の定期試験、その総合点数で高い人が言うことを聞く!それでどう?!」

意味がわからない。

「……いいだろう。」

継美さん、良くないだろ。

「私が勝ったら、東野さん、私の人生を返してもらう。もし、あなたが勝ったら……勝ったらどうして欲しい?」

「わ、私は……」

「はい!終わり!終わりで!」

雪だるま1号が割り込む。

「定期試験で3人で点数を競う!それでいいですよね?ね?」

「え、ええ!」

青髪の子がうなずく。

「ああ、そうだ。」

継美もうなずく。

「かなえ様!」

「わ、私は……」

「では、私たちはこれで!」

「えっ、ちょっ!」

雪だるま1号がかなえを無理矢理引っ張って教室を出ていく。


「……」

残された継美と青髪の女の子。すると、

「良かったわね、西島さん!」

黒髪の女の子が駆け寄っていく。

「これで東野さんのやる気が上がればいいですわね!」

茶髪の眼鏡の子が言う。

「そ、そうね!」

どや顔で腰に両手を当てる。

「ごめんなさいね、再条さん。」

「えっ?」

「勝負なんて急に言っちゃって。」

茶髪の子が言う。

「東野さん、入学してからずっと授業聞いてなさそうだったし、成績も良くないし、このままじゃクラスの雰囲気が良くならない!って西島さんが考えて、勝負したらどうかってなったのよね!」

「うむ!」

何故か頬が赤くなる西島。

「とにかく、再条さんも東野さんに何かあるっぽいけど、勝負だからね!」

黒髪の女の子が宣言する。

「あ、西島さんが勝っちゃうかな?」

「なんていったって、西島さんはクラス1の成績で風紀委員だから!」

「でも、勝っても再条さんには何もしないから心配しないでね?」

「さあ、行きましょ?西島さん」

「う、うん。」

ぽかーんとする継美を置いて、三人はどこかへ行ってしまった。


「……まあ、いいか。」

継美は学校を後にする。行先は家……ではなく、病院だった。


「お義母さん、大丈夫?」

病室で横たわる女性に声をかける。

「継美……転校初日なのに……大変だったでしょ?」

「まあ、大変といえば、大変だったような……」

「私のことはいいから、家に帰って休めばよかったのに……」

「お義母さん、東野と会ったよ。」

「っ?!」

細い声が息を呑む。

「……どうしたの?」

育ててくれた義母が優しい声で問う。

「よくわからないけど、定期試験で戦うことになった。」

「えっ?」

「そこで勝ったら私の人生を返してもらう。もちろん、お義母さんのも。」

「……あのね、継美……」

「嘘はいいってお義母さん。お父さんが勝手にやったことだって、お義母さんは被害者なんだって。」

「……」

義母は何も言えなくなってしまった。

「……また来るね、お義母さん。」

「気を付けて帰ってね、継美……」


「……本当に負けず嫌いなんだから……」

細い腕をさすりながら、義母はつぶやいた。



「っっっ~~~~~~~~!」

ベッドの上で足をバタバタさせる。

「ひ、東野さんとぉ……は、はなせちゃった!きゃぁ~!!」

青髪を散らせながら、枕にうずくまる。

西島れむ。一年生の風紀委員。両親は超エリートでお金持ち。そして、れむも超エリートだ。

学校でもエリート風を吹かせ、周りには自分を囃し立てる女の子が多くいる。

だが、彼女は……

「東野さん、かわゆすっ!かわゆすっ!」

金髪の長い髪。それをまとめる大きなリボン。そして、凛とした立ち姿。桜に見惚れる彼女。

かなえに夢中になっていた。一目見たあの日から、虜になっていたのだ。

「あぁ……本物の東野さん……かわいかったなぁ……」

そう言いながら、ゲーム画面を見る。

かなえによく似たキャラクターだ。彼女の憧れは重度らしい。

「わ、私が勝ったら……むふふっ!……いやいや!いかん!」

両手で顔を叩く。

「ふ、風紀委員として……東野さんをちゃんとさせなくちゃ……うふふ……。」

にやけたり、真顔になったり、忙しいれむであった。


「かなえ様。」

雪だるま1号はベッドに座る彼女を見る。

「私、ようやく、かなえ様の真意がわかりましたよ。」

「……」

かなえはうつむいたまま何も言わない。

「再条継美様……彼女が、本来のかなえ様……になるわけですね?」

「……」

何も言わずにうなずく。

「そして、それを差し出そうとしていらっしゃる。」

「……」


「私、雪だるまはですね、悲しいですよ。」

「……」

「今までどうして自分を押し殺して過ごされていたのか……それを知らずにいたのを……」

「……」

「あなたはやはり、聡いお方ですね……」

「……」

「で、どうなされるおつもりですか?わざと負けると?」

「……」

かなえはうなずく。

「……それではダメでございます。」

「……」

「それではかなえ様も、継美様も救われません!」

「……?」

かなえは雪だるま1号を見る。

「かなえ様がどれだけ父上様、母上様に愛されていらっしゃるのか、わかっておりません!そして、継美様のことも!」

「そ、それは……」

「そもそも、どうして、こんな状況になったのかわかっておられますか?!」

「……いや……」

「それを知りたいと思いませんか?」

「……」

かなえは考える。そういえば、知りたいと思ったことはなかった。ここは自分の居場所じゃない……それだけを考えていた。

「私も全てを知っているわけではございません、ですから、ご両親にお尋ねになるべきではないでしょうか?」

「……で、でも……」

怖い。二人から拒絶されるのが。怖いと感じた。

「なら、継美様と一緒に聞かれるのは?」

「……え?」

「私もいますが、それよりも、同じ境遇の継美様と一緒に聞けばよろしいのではないでしょうか。」

「……」

「ちょうど、定期試験で勝負することになりましたし。これに勝って、継美様にこの家で、お二方の話を聞くようにすればいいのではないでしょうか?」

「……そうかな……」

「そうです!」

「……」

だが、かなえはうつむく。真実を知りたくはない。知らないまま逃げ出したほうが楽なのでは?

「私が……私がここを譲ればいいだけじゃない……」

「良くありません!」

「でも、私は……」

ぐっと言葉を搾り出すように吐く。

「私は何もないから……」


「何もないわけありません!」

力強い声がかなえを叱る。

「かなえ様に何もなければ、私は何なのでしょうか?かなえ様がいなければただの雪だるま……いえ、雪のままだったでしょう。」

雪だるま1号は体を震わせる。

「しかし、あなた様がいらっしゃったから……かなえ様がいらっしゃったから、私はこうして動けているのです!生きているのです!かなえ様のお傍にいられるのです!」

雪だるま1号の目は黒だ。だが、その奥から熱い何かを感じる。

「ですから、かなえ様はかなえ様の居場所を簡単に手放したりしないでください!諦めないでください!雪だるまはかなえ様のお傍にいますから!」

「私の居場所……?私は全部手放したのに?」

「まだ手放しておりません。私がおります。かなえ様はまだここにいます。」

「……」

「かなえ様なら、大丈夫です。」

「……わ、わかった……頑張ってみる……」

「その意気です!かなえ様!」

居場所なんかないと思っていた。諦めたと思っていた。だが、微かに残っていたものがあった。いや、それ以上かもしれない。


かなえは決心した。


「それは……」

「それはダメだ。」

父がまっすぐかなえを見る。

「血がつながっていないとは言え、かなえはワシたちが育てた。だから、消えるなんてさせん。」

「でもっ!」

かなえは父を見る。

「やる気がないだけだと思っていたんだが、まさか、実の子じゃないと知ってたからか。」

優しい瞳にくぎ付けになる。

「お前はいい子だ。だから、出ていけともいわん。このままいていい、もちろん、継美も一緒だ。」

「でも、お父さん、あの子は……」

「そうだな、時間が必要かもしれん……だがな。」

かなえの肩を持つ。

「お前は……かなえも継美もワシの子だ。絶対不幸にはさせん!だからな……」

かなえの頭を抱く。

「もっと……もっとワシらを頼ってくれ……かなえ……」

「……はい。」

彼女は目をつむり、うなずく。

ひっそりと日が沈んでいった。


病院の待合室。継美は座って足元を見ていた。


本当だったんだ。お義母さんの話は。

唇をかみしめる。だったらなぜ……?


貧しい暮らしをしていた。が、義母は一生懸命、継美のために働き、勉強したいと言えば応援してくれた。

母子手帳で本当の子供ではないと知り、聞いたあの時の義母の悲しくも、優しい困り顔が今も覚えている。そして、本当のことを話してくれた……嘘だと思っていたが。

「お義母さんはね、死にたかったんだよ。本当の子供も一緒にね。でも……」

幼い継美の頭をなでながら言う。

「あなたの本当のお父さんに救われたの。生きろってね。そして、あなたを預けた。必死で生きろってね……」


もっと何か別の、理不尽な要求に義母は屈したのだと思っていた。だが、そうではなかった。

よくわからない感情が継美の頭をぐるぐると回る。


「よっ、再条さんの娘さん!」

目の前に小さい子供みたいな女の子が話しかけてきた。

「なっ!」

継美はびっくりして顔を後ろへ動かす。

「なんだい、化け物見たみたいな反応して……」

「きみ……いや、あなたは確か……?」

どこかで見たことがある。小さくて、ピンクの髪のツインテールの子供。いや、子供じゃない。同じ歳の子だ。そうだ。

「南……さん?」

「そうだよ~。ってか、同じ学年だから、未流みるって呼んで欲しいかな?」

未流はそう言ってくるくる回る。身の丈に合わない制服の袖をゆらゆら揺らしながら。

「……南さんがなんでここに?」

「……未流って呼んで欲しいんだけどなぁ?」

不満そうに未流は言う。

「親の手伝いだよ。ここ、私のお父さんの病院。」

「えっ……」

「ふふんっ!医院長の長女だよ!ふーん!」

得意げにふんぞり返る。ちんちくりんだが。

「そう……」

ため息を吐く。

「なんだよ、無関係だろって顔して。」

ふくれっ面になる。

「再条さんのお義母さんは私の友達なんだよ?」

「ふーん、それで?」

そんなことはどうでもよかった。

「再条さんと東野さんのこと、再条さんの……めんどくさいから、継美って呼んでいい?継美のお義母さんから聞いてるよ。」

「えっ?」

再び継美は未流の顔を見た。

「さっきまでここで黄昏てたの、東野さんちに行って、聞いて来たんでしょ?」

「……」

なんか見透かされた気分になった。

「で、怒ってここに来たわけでしょ?」

なんかむかつく。小さい癖に。

「で、どうすればいいかわかんなーい!どう?あってる?」

「うるさいよ。」

顔をそらし、突き放す。

「うーん、いけずぅ……」

でもね、と未流は続ける。

「そんな時は、あなたの育ての親……お義母さんと話したらいいんじゃない?」

「……もう閉まる時間でしょ。私、帰るから……」

「私が許可する!医院長の娘だし!」

ふふーんとふんぞり返る。

「さぁ、早く早く!」

「ちょっ……押さないで!」

よろめきながら、未流に背中を押され――ているのかはともかく、義母の部屋へ行くことになった。


「……お義母さん。」

「あら、継美、こんな時間にどうして?」

「……許可もらったから。」

「そうなの?」

未流は継美の後ろからふふっと笑ってから病室から退散した。

「未流ちゃんがね……」

義母はうれしそうに笑う。

「今日さ。」

継美は口を開ける。

「うん。」

相づちを打つ。

「東野さんの家に行って、聞いて来た。」

「うん。」

「本当だった。お義母さんが言っていたこと……」

「うん。」

目を閉じて静かに聞く。

「私……どうしたらいい?」

言葉に力が入る。

「私はどうしたらいいか、わかんないよ……」

「……」

義母は窓の外を見る。

「……会いたいな。」

「えっ?」

「かなえちゃんに会いたい。」

「……っ!」

「会わないほうがいいかなって思ってたけど……やっぱり、会いたくなっちゃった。」

手をさすりながら言う。

「命に天秤かけて、手放した子に会いたいだなんて、やっぱり……ダメかな……」

「……わかった!」

継美は決意する。

「呼んでくる!ちょっと待ってて!」

「え?今から……?」

「行ってくる!」

義母の返事を待たずに病室を飛び出した。


「はぁ……はぁ……」

継美が目の前で肩で息をしていた。

「ど、どうしたの……?」

「いいからっ!」

継美はかなえの腕をつかむ。

「いいから来て!」

かなえはよくわからないまま「う、うん。」と言ってしまった。


夜道を走る。街灯が道を照ら……いや、雪だるま1号が先を照らしていた。

「日が落ちているのにどうして……!」

雪だるま1号が言うが、継美は何も言わず、かなえを連れて走る。


来たのは南病院。向かった先は義母の待つ病室だった。


「お義母さん、連れて来たよ!」

継美は大声で言う。

「えっあなたが……」

「じゃ、私外で待ってるから!」

「え、継美さ……」

バタンとドアが閉まった。


「……」

2人……と1台(?)の雪だるまが残った。

「かなえちゃんね?」

か細い女性が名前を呼ぶ。

「……はい。」

返事をする。

「……継美とは……仲良くやってる?」

「……えっと……どうでしょう……」

「……ううん、違うわね。」

女性はこほんと咳払いする。

「かなえちゃん、私のこと、どう思う?」

「えっと……その……」

かなえは目をそらしながら、

「わからないです……」

そう答えた。

「そう……」

女性は優しいまなざしでかなえを見ていた。

「……かなえちゃん、元気にしてた?」

「……はい。」

「お友達はできた?」

「……いえ、全然……」

「なら、継美が最初のお友達ね。」

「……どうですかね……」

「でも……」

言葉が詰まる。

「本当に……」

声が震える。

「本当に会えてよかったわ。ありがとう、かなえ……会いに来てくれて……」

「……うん。お母さん……」


雪だるま1号はこっそりと内部に搭載されたカメラ機能で写真を撮った。たぶんかなえの最初で最後の実母との時間だったからだ。



数日後、かなえの母で、継美の義母だった彼女は死んだ。ゆっくりと眠るように息を引き取ったのだ。

死に際で一緒にいたのは継美だった。かなえは辞退したのだ。母の隣にいるべきは継美だと思ったからだ。

それでよかったのだ。かなえは。少しとはいえ、家族として話せた。それで。


葬式はひっそりと行われた。かなえは線香だけあげた。



そして、数日後……

「かなえ、荷物持たせてごめんね。」

「ううん、いいよ、継美。」

セミが鳴き始めた朝、2人……と季節外れの雪だるまが荷物を持って、坂道を歩いていた。

「……ありがとうね。かなえ。」

「ん?何が?」

「お義母さんと一緒にいさせてくれて。」

「いいよ、私にとって血はつながってるけど……それだけだから……それより……」

「ん?」

かなえは継美の前に出る。

「どこの部屋がいいか決めた?いっぱい使ってない部屋があるけど、私の部屋の隣とかどう?」

「またかなえはそんなことばっかり……行ってから決めるって言ったろ。」

呆れたように言う。継美がかなえの家に住むと決まった途端、こればかり言っていた。

「いいじゃない、おねーちゃん!」

「っ……!だからやめてって、おねーちゃんは!」

へへへと笑いながら、かなえは走っていく。

もう……と言いながら、かなえを追って継美も走る。

「お二人とも、仲が良くて雪だるまはうれしいです……!涙出ませんけど。」

風呂敷を担いで2人の後を追う雪だるま1号。

空には大きな入道雲がどーんと立っていた。


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