わたくしの誕生日を家族で祝いたい、ですか? そんな我儘仰らないでくださいな。
なんでしょうか、お父様、お母様。
わたくし、これでも忙しい身なのです。用件がおありでしたら、早く仰ってくださいな。
親に向かってなんて口を利く、と?
そう言われましても……わたくし、本当に立て込んでいるのです。ああ、早く荷物を準備しなければ。
どこへ行く、ですか? ああ、わたくしのお友達が来週のわたくしの誕生日を祝ってくださるのです。別荘で盛大なパーティーを開いてくれるとのことなので、その準備をしなくてはいけないのです。
なので、ご用件があるのでしたら、わたくしが出立する前にしてくださいませ。
聞いてない、ですか? おかしいですわね……わたくしの誕生日パーティーは、半年前から張り切って準備されているのですが? 誕生日の前から、一月間旅行へ行くと、お父様の許可も頂きましたわ。
はあ……家族が祝ってやると言っているのだから、友人の開くパーティーは今すぐキャンセルの連絡をしろ、ですか。
お父様、お母様。そんな我儘仰らないでくださいな。
今まで、一度もそんなこと仰ったことないでしょう? え? ないから言ってる?
わたくしの誕生日パーティーは、半年以上も前から計画されていることです。突然祝ってやるからそれをキャンセルしろと今言われても、頷けませんわ。
家族よりも友人を取る薄情者? 折角可愛い妹が、お前の誕生日を一緒に祝ってやると言っているのに? そう言われましても……では、どうしてもと仰るのでしたら。キャンセル料を支払えますでしょうか?
数十万くらいなら払ってやる? あら、お父様。その程度のはした金では全然、全く以て足りませんわ。軽く億以上が飛ぶことはご覚悟くださいませね?
なんでそんな金が掛かる? わたくしには、そんな価値など無い、と?
だって、わたくしのお誕生日を祝ってくれるのは、王立楽団のオーケストラの皆様ですもの。国内でも有数の音楽家の皆様方ですわ。お一人のキャンセル料でも、如何程になるか……考えただけでも恐ろしいですわね。
なぜ、わたくしの誕生日如きが王立楽団に祝われる、ですか? ああ、それは……わたくしのお友達。王女殿下なんですの。
大変光栄なことに、わたくしが幼い頃から王女殿下がわたくしの声を気に入ってくださって。
王立楽団の声楽家の方に、わたくしを弟子入りさせてくださいましたの。
それで、今度の誕生日でわたくし、成人致しますので。これまた光栄なことに、わたくしを王立楽団へ入団させてくださるとのこと。
なので誕生日パーティーが、わたくしのディーバデビューになるのです。無論、王立楽団ですので。わたくし共のパトロンは王室の方々になりますが。
お父様もお母様も、王室の方々の不興を買って、莫大なキャンセル料を払ってまで、わたくしの誕生日を家族で祝いたいと仰りますか? 噂では、他国の方もご招待されているとお聞きしましたけれど。宜しいのですか? おそらく、家財も領地も売って、爵位まで売ったとしても払い切れない借金を抱えることになりますが。
え? なぜ、言わなかった、と? いえ、わたくし。小さい頃から言っておりましたわ。
わたくしの歌を、王女殿下が気に入ってくださって、畏れ多くもわたくしのことを親友だと仰ってくださいました、と。
でも、お父様もお母様も、嘘を吐くなと言うばかりで信じてくださいませんでしたし。
嘘じゃないと言っても、これ以上を嘘を吐き続けるなら折檻するぞと言われましたので。信じて頂けなくて、とっても残念でしたわ。
そうそう、病弱だった妹をいいお医者様が診てくださったのも、いいお薬を教えてくださったのも、高価なお薬を融通してくださったのも、そのお医者様がわたくしの歌のファンだからとのことです。
お父様もお母様も、お医者様が健康なわたくしのことを診てくれることを酷く怪訝そうにしていましたが、お医者様が診ていたのは、わたくしの喉や呼吸器系統ですわ。
ええ、お医者様は、気付いてらしたので。お父様もお母様も、わたくしに興味が無くて、わたくしが我が家では放置されている子であることを。一ファンとして、わたくしの健康を守らねばと使命に燃えていたそうです。
わたくしが言うのも烏滸がましいことですが、お医者様が妹を診てくださって助かりましたわね。わたくしも、喉のケア方法や健康にいいことをたくさん教えて頂いて助かりましたわ。
わたくしを孫のようだと可愛がってくださって、蜂蜜入りの飴玉や、ハーブティーをよく差し入れてくださいましたの。
ああ、そうです。そのお医者様も、今度のわたくしのディーバデビューを見に来てくださるそうなのです。とてもお忙しい方なのですが……絶対に見に行くと仰ってくださいましたの。
そうそう、お父様、お母様。今度のわたくしのお誕生日で、わたくし成人致しますでしょう? 先に言っておきますけど、わたくしの縁談を勝手に決めないでくださいませね?
なぜ、と? わたくしの結婚するお相手は、王女殿下がご紹介してくださると何年も前から仰られて。お父様は王女殿下のお言葉を無視して、ご不興を買いたいですか?
なぜ、わたくしが王女殿下とお知り合いになれたか、と? 簡単なことですわ。妹が病弱だからと、わたくしのことをずっと放置していたではありませんか。
わたくし、暇で暇で仕方なくて。家を抜け出して、よく町に行っていたのです。劇場近くで流れて来た歌を、伯母様に連れて行ってもらったお茶会で口遊んでいると、瞳をきらきらさせた王女殿下に声を掛けられたのですわ。
それから、王女殿下に色々な歌を歌ってちょうだいと催促されまして。
お父様もお母様も、わたくしに興味が無くて。伯母様がわたくしをあちこちのお茶会へ連れて行くことを、喜んでいらしたじゃないですか。
新しくドレスを買ってあげなさいと言われたときは、非常に怒っていましたけど。
お父様が怒って、わたくしに新しいドレスなど必要無い。我が家が、妹の治療費で大変なときになにを言っている、と。そう仰ったので。それをどこからか聞き付けた王女殿下が、音楽好きなお医者様にわたくしの歌を聞かせたのです。
それで、お医者がわたくしの歌を気に入ってくださって、妹を診ると仰ってくださいましたの。
ふふっ、なにを仰っているの? お父様の人徳や人脈? いいえ? そんなもの、ありませんでしたわ。ええ、だってお医者が仰っていましたもの。わたくしの歌が聞けないなら、大金を支払えない我が家など往診対象にならない、と。
そういうワケですので、妹の命の恩人であり、我が家へ治療費や薬代などを大変融通してくださったお医者様のご期待に応えるためにも。わたくし、誕生日のディーバデビューを失敗するワケには行かないのです。
わかって頂けましたか? では、わたくしの誕生日を家族で祝いたいなどと、そんな我儘を仰るのはやめてくださいね?
え? なぜ、そんな大事な日に家族である自分達を招待しない、と?
そんなこと仰られても困りますわ? だって、お父様もお母様も、わたくしのことなんて一切興味が無かったではありませんか。更には、王女殿下のお友達にして頂いたと報告しても嘘吐き呼ばわり。わたくしの言葉なんて、なにも信じてくださらなかったではないですか。
それに、わたくしの誕生日をお友達がお祝いしてくださると言ったときにも、ドレスは仕立ててやらないとも言っていたので。わたくし、伯母様に相談しましたの。
そしたら、王女殿下が大層お怒りになって。わたくしの衣装を仕立ててくださると仰って、お父様もお母様も、今後一切わたくしの関わるコンサートに出入り禁止だと宣言されたのです。
ああ、お父様? 言い忘れておりましたが、おそらくわたくしの誕生日当日。わたくしの離籍届けが受理されますので。
以後は、わたくしと接触しようとするのはおやめくださいね? お母様も。お二人が、わたくしのことを娘、親族だと名乗ること、他者へ触れ回ることは、許されません。
わたくし、王女殿下のお勧めする家に、養子に入ることになっておりますの。
では、これまで放置して育ててくださってありがとうございました。
あまりお世話になった記憶はありませんが、わたくしにこの声と歌の才能をくださったことだけは、心より感謝しておりますわ。もう、二度とお会いすることはないでしょうけど。
妹が達者であることを心より願っております。では、失礼致しますね。
さようなら。
♩*。♫.°♪*。♬꙳♩*。♫
小さな頃は、あんなに家族からの愛情に餓えていたというのに――――
いつからでしょうか?
なにも感じなくなったのは……
お母様に手を振り払われたとき? お父様に、我儘言うなと怒鳴られたとき?
妹に、お姉様ばかり外で遊べてずるいと、泣きながら罵られたとき?
お母様に頭を撫でてほしくて、お話を聞いてほしくてお願いしたら、そんなことで声を掛けないでちょうだい、と。冷たくて刺々しく拒絶されたとき?
ああ、わたくしはそんなこと、なのかと。お母様、お父様、妹にとってわたくしは、取るに足らない、その程度の存在なのだと思い知って。深い絶望と諦念を抱いたとき?
振り払われるから諦めて、さみしいのを我慢して我慢して。近付くことも、声を掛けることもやめたら……お母様に、自分に懐かない可愛くない子で困っている、と言われたとき?
振り払われて、嫌われるのが怖くて諦めたわたくしが悪かったのかしら? 邪魔者だと言われて、冷たく邪険にされても諦めないでお母様に縋り付けばよかったの?
そうしたら、わたくしの頭を撫でてくれましたか? わたくしを抱き締めてくれましたか? 優しく名前を呼んでくれましたか? 妹へ向けるように、わたくしへ微笑んでくれましたか?
わたくしを、愛してくれましたか?
そんな思いで一杯で――――
そう……あのときも、わたくしは歌っていた。
うちの敷地の森の中で。誰かに追い掛けてほしいと思いながら一人で入って。
でも、誰もわたくしを追って来なくて……寂しくて、泣きながら歌を歌っていた。
なのに――――
『ふふっ、君が要らないと言ったんだ。だから、貰うことにしたんだよ』
『「家族に愛されたい。けれど、この心が家族の邪魔になる。こんな気持ち、要らないのに」と。だから、君の歌を気に入った僕が丈夫な喉と引き換えに貰ったんだ。君の、家族へと愛情を渇望する心を』
あら? 誰かの声がしたかしら?
『ふふっ、もう僕の姿を見ることはできないか。声も、なにを言っているかもわからない』
? 気のせいかしら?
『いいや、気のせいじゃないよ? でも、そうだね。君に恋人ができるのは、これからも邪魔するね? 結婚もさせないよ』
そうね……家族の愛情を欲したくないと願ったのは、わたくしだったわね。
『だって、君が僕を魅了したんだ。幼くても、愛されたいと強い渇望を乗せた歌声で』
それから、もう両親や妹のことをあまり気にしなくなったんだったわ。
『リャナンシーの僕を、ね? だから、僕が愛してあげる。だから、歌い続けて? 僕のために。愛しい愛しい僕の歌姫』
なにかが優しく額に触れた気がしたけど……? きっと、気のせいね。
でも、なんだかとても気分がいいわ。今日はきっと、素敵な歌が歌えそうね。
さあ、ステージの準備をしなくては♪
『ああ、楽しみにしてるよ。君の歌声を』
――おしまい――
読んでくださり、ありがとうございました。
リャナンシー……芸術的な才能を授ける妖精。授けた相手を恋人として愛する。芸術を裏切ったり、他の恋人を作ったりしたら、怒って芸術的才能を取り上げてしまう。
この話のリャナンシーは男だけど、ゲームなどでは才能を授けるサキュバスみたいな扱いされることもあるので、リャナンシーは女性として描かれることが多い。
リャナンシーが芸術的な人間に魅了されるのか、人間が才能欲しさにリャナンシーに魅了されるのかは、卵と鶏の関係と似ているかも?(੭ ᐕ))?
リャナンシーの恋人となった人間は若くして天才と称され、大成すると言われているが、生気を吸われて早世することが多いと言われている。
また、若くして亡くなった天才アーティストがリャナンシーの恋人と称されることもある。
多分、主人公ちゃんは世界的なオペラ歌手になるかな? でも、それから先どうなるかは、彼女の歌に魅了されたリャナンシー次第。歌が魅力的な限りは聞き続けたいと思ってる。
なんかこう……愛情を欲しいと思う気持ち自体を手放したいと、子供のときにそんな風に思ったことを思い出したら浮かんだ話なので。仄暗い感じの話ですね。(*ノω・*)テヘ
ブックマーク、評価、いいねをありがとうございます♪(*・ω・)*_ _)ペコリ
感想を頂けるのでしたら、お手柔らかにお願いします。