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後編


 迫りくる戦争の足音に領主館は大変な騒ぎになった。

 私は自分の部屋で取り出した旅行鞄を見つめていた。外からは退避を急ぐ同僚達の声が聞こえてくる。扉が開いて先輩メイド達が顔を覗かせた。


「何をのんびりしているのアンジェラ! 早く逃げないと明日には王国軍が来るのよ!」

「…………、私は逃げられません。皆さんは行ってください」

「残ってどうするつもりなの!」

「ロードリック様のお力になりにいきます。実は私、聖霊の魔女の末裔で、世界魔女協会の兵器開発局局長の娘なので、心配しないでください」

「……そう、すごい出自だけど……、アンジェラ自身からは特に何も感じないわよ?」

「大丈夫です、私には光るものがありますから」

「……へぇ、自己評価、めちゃ高いのね。じゃあ、あまり無理しないようにね」


 部屋の扉が閉まると、私は鞄から二つの物を取り出した。一つはご先祖様から受け継いだペンダント。もう一つは母ヴィクトリアから貰った凶悪な魔法のリボルバーだ。

 私自身には光るものなんて何もないけど、これらがあればロードリック様のお役に立てるはず。やっぱり私はあの方を放っておけない。お父さんの独立戦争は私が勝たせてみせる。そのためならご先祖様や親の七光だって利用する所存。私は全力で七光る!


 ……だけど、いくらお父さんを重ねているからって、私どうしてここまでするんだろ?


 もうまるで大切な恋人を守るように……、いやいや! ありえない! 向こうは四十六歳だし、……うん? 四十六って私の前世で病死した年齢三十一を今の歳に足し合わせたら同い年じゃない?

 なんだ、私達、精神的には同い年だったんだ。だから妙に……、いやいや! だからってロードリック様を恋愛対象として見ているわけでは……!

 とにかく! 今は目の前の危機に集中!


 リボルバーの方は、そこそこ魔力を持っている人なら撃ってもたぶん灰にはならないだろうし、脅しにも使えるかもしれない。

 そして、何より役立つのは感知能力を拡大させるペンダントだ。


 ――――。



 セドキア王国軍は、早くもレヴィリス地方の入口にあたる森林地帯にまで迫ってきていた。ここが決戦場だと分かっているかのように森の中で軍を展開する。

 これに対してロードリック様は森の反対側に自軍を待機させていた。私はそこの本陣に駆けこんだ。

 鎧姿のロードリック様が私を見るなり声を上げる。


「アンジェラ! どうしてここに来た! ……そなたが手に持っているものは、それにそのペンダントはいったい何なのだ?」


 彼は私が手に持つリボルバーと首から提げたペンダントを交互に見る。


「えーと……、お母さんが作った凶悪な魔法銃と、偉大なご先祖様から受け継いだ遺物のペンダントです」


 主と同じく鎧姿のピーターさんも、私のリボルバーとペンダントに視線を送って大きくため息をつく。


「採用面接の時に鞄から発せられていた強力な魔力の正体はそれらでしたか……」

「やっぱり気付いていましたか。危険物を所持していたのに、よく採用してくれましたね」

「まあ、持っていたのが全く敵意の感じられないごく普通の少女でしたので」

「それで、その魔法装備を身につけてここに現れたということは、だ」


 ロードリック様は困った人でも見るような目で腕組みをした。


「私も一緒に戦わせてください。特に感知の力の方は敵の将軍を発見するのに絶対に役立ちます。いえ、私が将軍を見つけます!」


 私がそう宣言すると、彼はしばらく考えに耽ったのちに諦めと共に言葉を紡いだ。


「……まったく、無茶をする子だ。では、力を貸してくれるか?」

「はい、それから私の援護が必要な時はいつでも仰ってください」


 リボルバーを構える私の茶髪をロードリック様は優しい手つきでそっと撫でる。お父さん、私はあなたのためなら敵を灰に……。


「その銃はいざという時で構わない。ピーター、お前はこの子から離れるな」

「承知しました。この命に代えましても必ずお守りします」


 軍はこのまま外で待機させ、私とロードリック様、ピーターさんは王国軍が展開する森の中へと突入した。

 私が感知を始めるとペンダントのおかげでその範囲は一気に広がっていく。距離にして半径五百メートル以上はあるかもしれない。

 これによって瞬時にいくつもの魔力反応を捉えることができた。王国軍の規模は一万人弱だそうで、そのほとんどが通常の人間のもの、つまり一般兵士の魔力だった。その中に少数ながら強い反応がバラけて存在している。ピーターさんと同じくらいの魔力なのできっと将軍達だ。


「確認しました。どの将軍から倒しますか?」


 私が尋ねると、隣を走るロードリック様は躊躇いなく答えた。


「一番魔力が高い者から案内を頼む」

「分かりました……。じゃあ、あっちです」


 ターゲットの所在が分かっていてもすんなり行けるわけはない。

 何しろ、現在この森は王国軍で溢れているんだから。案の定、進行方向に多数の兵の魔力反応が。それを告げるとロードリック様がスッと前に出る。


「案ずるな、私が対応する」


 こう言った彼の右手がバチバチと放電しはじめた。

 前方に敵の姿が見えたと思った瞬間、かざしたその手から眩い稲妻が発射される。木々の間を縫って大きく広がった雷により、数十人の兵達が一斉に地面に崩れた。


 今のは最下位の雷魔法、〈サンダーボルト〉! それがなんて威力! しかも絶妙にコントロールして誰一人殺さずに意識だけを奪った!

 こ、これは、ロードリック様……、私の想定よりもずっとすごい……。魔力もほとんど消費してないし、敵が一万人いようが本当に全く関係ない……。

 目を見張っている私に気付いたピーターさんが少し誇らしげに微笑む。


「ロードリック様は南の戦場でも並ぶ者がいなかったほどの雷霊魔法のエキスパートなのです。何と言っても雷帝の異名で呼ばれた方ですからね。そして、これから本当に雷の王になられるのですから感慨深いです」


 この人、ついこの前、戦争になるって頭を抱えてた気がするけど。まあ、もう吹っ切れたらしい。

 ロードリック様が放つ雷で敵兵を次々に無力化し、私達は戦場の森をずんずん進んだ。さほど時間もかからずにターゲットに接触する。


「……一番の実力者とはやはりお前だったか、ランドルフ」


 ロードリック様が見据える先には槍を構える大男が立っていた。

 説明を求める私の視線を受けてピーターさんが解説を始める。


「彼は、王国軍の中でおそらく最も腕の立つランドルフ将軍です。ロードリック様から教えを受ける弟子の一人でもあります」


 そっか、いかにも剛の者といった感じの戦士だ。でも、ロードリック様の弟子なだけにどこか気後れしているように見えるね。

 ここに来て、雷帝は初めてその剣を鞘から抜いた。刃に雷を纏わせると切っ先をランドルフ将軍に向ける。


「こうなっては互いの立場がある。本気で私を殺すつもりでかかってこい」

「……はい、ロードリック様」


 ランドルフ将軍が槍を振ると大地に亀裂が入り、そこから岩の杭が次から次に出現。トゲトゲした岩の波となって私達に襲いかかってきた。

 この魔法は〈グラウンドスラッシュ〉! 雷属性に有利な地属性だ! どうするのロードリック様!

 しかし、彼が事もなげに剣を薙ぐと、発生した雷の波動が大地の波を突き破った。

 放たれたのは同位の〈サンダースラッシュ〉で、相手の魔法を打ち砕いたそれはさらにランドルフ将軍を直撃する。

 王国軍最強の彼は感電で体の力が入らないらしく、ガクッとその場に膝をついた。

 ……属性の相性とか関係なく圧倒した。


 ロードリック様は無力化した弟子の前に足を進める。


「先ほどはああ言ったが、やはり私にはお前を殺すことなどできない。まだまだ心の修行が足りない師匠に免じて、ここは退いてくれないか?」

「先生……。……分かりました、俺は軍を退きます……」


 ……ロードリック様、勝ち方が渋い。

 ランドルフ将軍は彼の軍を率いて退却していった。

 すぐに私達は次なるターゲット、すなわち王国軍で二番目に魔力の多い将軍の元に向けて走り出す。

 辿り着いたそこにいたのは、剣を携えた細身の男性だった。

 ここでもピーターさんが解説をくれる。


「彼は、先ほどのランドルフ将軍とはタイプが真逆の、スピード型の戦士です。サイラス将軍といい、やはりロードリック様の弟子の一人になります」


 今回のサイラス将軍もロードリック様を前に、どこか気後れを隠し切れない様子だ。

 短い言葉を交わしたのち、師匠と弟子はそれぞれ剣を抜いて向かい合う。互いに構えをとった次の瞬間には、サイラス将軍はもうロードリック様の横にいた。

 ……すごい速さだ。たぶん速度強化の魔法に風属性の移動魔法を重ねて使ってる。でも、ロードリック様にはちゃんと見えてるみたい。

 彼が雷を纏った剣を薙ぎ払うと、サイラス将軍の剣は根元から粉々に粉砕された。

 王国軍で一番のスピードを持つであろう戦士は、ガクッとその場に膝をつく。


「……参りました、先生」


 またロードリック様が「お前は殺せない」と渋い口調で言い、サイラス将軍は軍を率いて退却していった。

 引き上げていく兵達を眺めながら、私は自分の任務に戻る。


「じゃあ、次の将軍の所に案内を……」


 そう言いかけて戦場の森に異変が起こっていることに気付いた。


「あれ、他の王国軍もどんどん帰っていきますよ?」

「そうですか。まあ、こうなることは最初から予想できていたのです」


 ピーターさんはロードリック様の方に視線を投げかけた。


「うむ、先日はああ言ったが、大きな軍を二つほど退かせることができればその他の将軍達にも私がどう動いているか伝わると思っていた。そうなれば各々自主的に引き上げてくれるだろう、とな」

「いつかは自分の所にも雷帝がやって来ますからね……」

「アンジェラの感知力のおかげで早々に決着がついた」

「それにしても、あまりにもあっけない幕切れですよ」


 だったらもう感知はいいかなと思った矢先のこと、単独で前進してくる軍を察知した。驚かされたのはその中にある大きな二つの魔力反応。どちらもロードリック様に匹敵するほどだった。

 これを告げると男性二人にも一気に緊張が走る。


「行ってみるしかないだろう」


 とロードリック様が一歩踏み出し、私とピーターさんもそれに従った。


 森を進んだ私達はやがて問題の一団と遭遇を果たす。

 まず目についたのはきらびやかな鎧を身につけた男性だが、彼の魔力は戦闘とは無縁の暮らしを送っている普通の人と何ら変わらなかった。たぶん王様とかだろう。

 それより断然気になるのが傍らにいる二人の若い女性だ。強力な魔力は彼女達から発せられていた。

 同じ顔をしているから双子かな? けどこの二人、どこかで見たことがあるような……?

 考えている間に王様が喋り出した。


「ロードリック、詫びて我がセドキア王国に戻ってくるなら今の内だぞ。こちらにはお前に劣らない実力の助っ人がいる!」


 これを受けて女性の一人が前に足を進めた。


「ふふ、会いたかったわよ、雷帝。いつかあんたと勝負をしてみたかったのよ。もちろん勝つのは私達、猛火の魔女ミラヴェナとその契約獣ルーシェだけど!」

「そうだ、ミラヴェナさんとルーシェさんだ」


 私が声を上げると女性二人は同じ顔で揃ってくるりと振り向いた。途端にミラヴェナさんの方が血の気が引くようにサーッと青ざめる。


「どうしてアンジェラ様がここに! 本部で受付をしているはずじゃ!」

「本部の人間なのか! まずいぞ! 勝手に戦場を抜け出してきたのがバレる!」


 ルーシェさんの方も慌て出し、一緒に騒ぎはじめた。

 ロードリック様とピーターさんがこちらに視線を向けてきて、今度は私が説明する番だった。


 猛火の魔女、の異名を持つミラヴェナさんは世界魔女協会に所属する英雄クラスの魔女になる。その実力は群を抜いているものの、言動がやや過激に過ぎるちょっと困った人だ。度々思い切った行動に出ては周囲に迷惑をかけているらしい。

 彼女と同じ姿をしているのが契約獣のルーシェさんで、その真の姿は本物の魔獣。今は人化の魔法で契約者の容姿に化けているみたい。ミラヴェナさんに流されて一緒に過激な行動に走るんだとか。

 このペアは、魔女協会においてはもちろんのこと、人類全体で見ても主力に当たる現役最強チームの一つだ。


「そのペアがどうしてこんな所に……。さっき抜け出してきたって言いませんでした?」


 私が尋ねるとミラヴェナさんはどんよりとした表情に。


「……毎日毎日戦いばっかりで、ちょっと息抜きがしたかったのよ。それであちこちのお金を持っていそうな王族とかを回って豪遊していたら、雷帝と戦争をするって話を聞いて……」

「人間共のために命懸けで戦っているんだから豪遊くらいしたっていいだろ……」


 同様にルーシェさんもどんよりと呟いた。

 ……この人達、本当に噂通りだね。でも、そういうことなら普通に戦場に戻ってもらえばこの場は収まるはず。

 と思っていると、ミラヴェナさんがぶつぶつと独り言を喋り出した。


「……このままじゃめちゃくちゃ怒られる。……待って、あそこにいるのは、アンジェラ様じゃない。彼女によく似ているだけのただのメイドよ……。……そう、証拠は隠滅してしまえばいい。……ここにいる全ての人間を燃やして、灰にしてしまえばいいのよ……!」


 とんでもない結論に到達した!

 これを近くで聞いていた王様やその兵士達も青ざめはじめる。まったくもって面倒なのに助っ人を頼んだものだ。

 カッと目を見開いたミラヴェナさんはルーシェさんに向かって叫んだ。


「魔獣に戻って! この場の全員を始末する他に道はないわ!」

「確かにもうそれしか切り抜ける方法はないな!」


 もっとよく考えて! 絶対に他の道もあるよ!

 説得する暇もなく、ルーシェさんの全身が輝きはじめる。光は見る見る大きくなり、王様や兵士達は慌てふためきながら距離を取った。

 やがて現れたのは、体長十メートルはある巨大な猫だった。

 私は受付嬢時代に時間を持て余して魔獣の情報なども閲覧していたので、この怪物の正体もすぐに分かった。魔猫種バルナドス、風霊属性の魔法を得意とする大型魔獣だ。しかし、情報としては知っていても実際に目の前にするとその迫力に体が震えた。


 こんなのとても人間が戦える相手とは思えないよ! 日々前線で対峙してる戦士達すごいな!

 恐怖で足が竦んでしまった私を庇うようにロードリック様が前に。


「私が相手をする。皆、下がっているんだ」


 ……ダメだ、いくらロードリック様でもこの二対一は危ない!

 契約獣が魔獣化したのに伴ってミラヴェナさんも魔力を解放していた。感知で伝わってくるその大きさは雷帝のものと比べてもさほど劣っていない。


 ……わ、私がロードリック様を援護しないと!

 手に握り締めているリボルバーに視線をやった。

 ここに入っている魔法弾は火霊属性の〈ヘルファイア〉弾で、もちろんこちらも母のお手製。継続して燃える呪いの炎が込められており、それで人が灰になったりする。風霊属性のバルナドスは火魔法に弱いので、あのレベルの魔獣でも少しは通用するはずだ。

 ロードリック様を援護したいというのもあるけど、何より、勝手な行動を取った挙句に関わった人達を全員葬ろうとするあのペアが許せない。

 一発お見舞いしてやらないと気が済まないよ! あっちの意識がロードリック様に向いている今がチャンス!


 リボルバーを構えた私は大型魔獣バルナドスに狙いを定めた。

 あのサイズなら狙わなくても当たりそう。


 ズドンッ!


 魔法弾が命中した瞬間、魔猫の巨体は全身から火を吹いて激しく燃え上がった。


「ギニャ――――――――ッ!」


 おお、意外にも結構効いた。やっぱり風の魔獣はよく燃える。

 叫び声を上げながらのたうつ契約獣にミラヴェナさんも大きくうろたえる。


「こ、これは〈ヘルファイア〉の魔法! ルーシェー!」


 相棒に走り寄ろうとしていたミラヴェナさんだったが、何かを察知したように急いで振り返る。すでに私は彼女に向けて銃を構えていた。


「撃たれてたまるか!〈ファイアウォール〉!」


 私の放った魔法弾はミラヴェナさんが出現させた炎の壁に当たる。すると、壁全体が邪悪な呪いの炎に包まれ、その背後にいたミラヴェナさんに飛び火。


「あつつつつつつ! この〈ヘルファイア〉めちゃ凶悪だわ!」


 猛火の魔女もその全身を激しく燃え上がらせてのたうつ。どうやら自分が猛火に見舞われるのはあまり慣れていないらしい。

 続けて魔法弾を撃ちこもうかと思ったけど(あと四発ある)、さすがに可哀想な気がして、魔猫と魔女の鎮火を待った。強大な魔力を有する一頭と一人なだけに、どちらも少し焼け焦げる程度で〈ヘルファイア〉を凌ぎ切る。

 一息ついたミラヴェナさんが私のリボルバーに視線を寄せてきた。


「……その凶悪な銃、何なの?」

「お母さんが趣味で作った兵器です」

「兵器開発局局長のお手製か……」

「今のでちょっとは頭が冷えましたか?」

「冷えるどころかすごく熱くなったわよ」


 私達が話すところに剣を収めたロードリック様が歩いてくる。ミラヴェナさん、ルーシェさん、と順番に見つめた。


「そなた達はきっと戦場では抜き出て強いのだろう。さっき向かいあった時に伝わってきた。できればその力、こんな人間同士の争いにではなく、世界を守るために使ってほしい」


 彼が渋い口調でそう言うと、ミラヴェナさんと、なぜか巨大な魔猫までも顔を赤らめた。


「……わ、私達はあんたを倒しにきたのよ!」


 本当に面倒な人達だ。早々にお引き取り願おう。


「今帰ってくれるなら、魔女協会には私からうまく言っておいてあげますよ。そもそも、あちこちの王族に絡んで豪遊していた時点で、絶対に協会の方に苦情が行ってますからね」


 一瞬の間が空き、まずルーシェさんが再び人の姿になった。それから、ペア二人で顔を見合わせる。ミラヴェナさんが私の方をちらっと。


「ほんとに、うまく言っておいてくれるの?」

「私の持ちうる限りのツテを駆使して何とかしてあげます」


 この言葉を聞いたミラヴェナさん達はもう一度互いの視線を合わせた。


「割と充分に遊んだし、もう戻ろうか」

「そうだな、人間共のために戦わないと」


 直後に二人の体が輝き出したかと思うと、こつぜんとその場から姿を消していた。

 迷惑を振り撒くだけ振り撒いて南の戦場に転移したようだ。私達だけじゃなく、王様や兵士達も一様にほっとしているのが分かった。

 とりあえず私は王様に銃口を向ける。


「あなたなら確実に体が灰になると思いますけど、どうしますか?」

「引き上げるので、撃たないでくれ……」


 こうして最後の王国軍が撤退し、騒がしかった森に静けさが戻ってきた。

 ピーターさんが安堵のため息をつき、次いで、ロードリック様がいつもよくやる仕草で私の茶髪を撫でる。


「……まったく、アンジェラは本当に無茶をする」


 それから、我に返ったように彼は手を引っこめた。


「すまない……、気をつけてはいるのだが、またやってしまった……」

「え、私は別に嫌じゃありませんよ?」

「しかし、そなたは私の娘ではないのだから」


 何気なく発せられた言葉に、私の心は深く沈んだ。

 先輩達から聞いて事情は知っていた。ロードリック様は十年前に妻と五歳の娘を事故で失っている。娘の方は生きていれば私と同じ十五歳になっているはずだった。

 私の側だけじゃなく、彼も娘の姿を私に重ねていることには気付いていた。

 それでも、実際に言葉として聞いてしまうと衝撃は思いの他大きい……。

 だったら、もういっそ私が娘になってしまえばいいんじゃないだろうか。……ダメか、故人になり代わるみたいで全然よろしくない。


『パパのためにたたかってくれたあなたなら、いいよ』


 …………、……ん?

 今、ロードリック様の隣で幼い少女が微笑んだような……? ……もしかして、ずっとそこにいたのかな?


 私の一族には、口外してはならない、聖霊の魔女から代々受け継いできた話がいくつか存在する。それはこの世界の真理だ。

 人間には魂があり、命が尽きるとそれは次の命を生きる準備に入る。(私本来の魂は異なる世界から来ているものの、その循環に組みこまれたということだろう)

 けれど、強い想いを残して世を去った魂はしばらくその場に留まることがあるらしい。


 もし、さっき一瞬見えたのがロードリック様の娘の魂なのだとしたら……。

 ……私の都合のいい幻覚という可能性もあるけど、先祖から受け継いだ能力、あるいは転生者ゆえの能力という可能性もある。……それに、何だか背中を押されている感じがするし。


 先ほどの発言で私を傷つけてしまったと思ったのか、ロードリック様は心配そうに顔を覗きこんできていた。うつむいていた私は顔を上げて視線を返す。


「でしたら、私をロードリック様の養女にしていただけませんか?」


 突然の申し出に、彼は今度は戸惑ったような表情に変わった。

 ……まあ、そりゃそうだよね。

 しかし、ここで思わぬ援護をくれたのはピーターさんだった。


「よろしいのではないですか。アンジェラさんは聖霊の魔女様の末裔ですし、養女としてお迎えできればロードリック様のご意思を全土に知らしめることにもつながります。それに、心からあなた様のことを考えている彼女が近くにいてくれたなら、私達も安心ですので」


 ……あれ、ピーターさん最後におかしなことを言わなかった? 私達って使用人の皆のこと?

 と見つめているとピーターさんの体から半透明の女性が出て来るのが見えた。直後に執事は急に慌て出す。


「申し訳ありません! なぜか大変出過ぎたことを言ってしまいました!」


 ……奥さんの方もいたんだ。人の体に憑依するなんて思い切った行動に出る……。

 驚いていると奥さんらしき半透明の女性も私の顔をじっと見つめ返してきた。かと思えば、彼女はもう一度ピーターさんの中に入り直す。……え?


「養女ではなくいっそ正妻としてお迎えしても構いませんよ」


 お、奥さん、何を……!

 さらに出過ぎたことを口走らされたピーターさんはもう何だか白くなっていた。急いで私が取り繕う。


「よ、養女です! 正妻ではなく養女でお願いします!」


 やけにごたごたした雰囲気になったものの、ロードリック様は考えこむ仕草。やがてぽつりと呟いた。


「不思議だ……、あの二人がそうしろと言っている気がする」


 はい、どうやら本当にそう言っているようです……。

 ロードリック様は意を決したように私の方に向き直る。


「アンジェラ、私の養女になってくれるか?」

「……ロードリック様が奥様と娘さんからどれだけ想われていたか、いえ、今も想われているか、よく分かりました。私に務まるかは分かりませんが、あなたの娘にしてください」


 ふと空を見上げると、二つの光が連なって天に上っていくのが見えた気がした。





 エピローグ


 独立戦争から一か月が経過した。今日はいよいよレヴィリス王国建国の日になる。

 現在、その式典が領主館の大広間で行われていた。初代国王に即位するロードリック様が集まった皆の前で挨拶の言葉を述べている。


 ちなみに、ここに集っているのはこれからレヴィリス王国を支えていく人達だ。かつてセドキア王国に仕えていた貴族達の姿も多くあり、中にはもう馴染みになった顔もあった。

 ランドルフ将軍とサイラス将軍が声を抑えて談笑している。


「一時はどうなるかと思ったが、結果的に俺達は最高の主を得た」

「そうだな、心から忠誠を誓える真の王だ」


 彼らは独立戦争の後すぐにセドキア王国を出奔した。それから毎日のようにこの領主館にやって来て、もう入り浸っていると言ってもいい。


 二人が国を出ると他の将軍達も堰を切ったようにこちらに移ってきた。最終的にはあの人も……。

 元セドキア王国国王がニコニコしながら拍手を送っていた。

 家臣からことごとく見放された彼はロードリック様に泣きついてきたんだよね。今後は無駄遣いしない、という約束の下にレヴィリス王国セドキア領の領主にしてもらった。


 一連の独立騒動も、終わってみればセドキア王国がそっくりそのままレヴィリス王国に入れ替わっただけ、という話だった。


 ロードリック様の挨拶が済むと、場の進行を担っているピーターさんが私に視線を送ってくる。私の番が回ってきたらしい。


「続きまして、かの聖霊の魔女様の末裔にして、ロードリック様のご養女になられましたアンジェラ王女様をご紹介いたします」


 この日のためにお針子メイドの皆と仕立てたドレスを着て、私は前へと進み出た。


 と呆然とした表情で私を見つめる母ヴィクトリアの姿が目に入る。


 何て説明したらいいか分からなくて、お母さんに手紙を出したのはつい最近のことなんだよね……。

 ……ごめん、お母さん。私、お父さんの娘になった。


 それに伴って、この新しい王国の王女になったよ……。







今後、王妃になる可能性も。

最後までお読みいただき、有難うございました。


一つ前に書いた小説も完結済みですので、こちらもお読みいただければ嬉しいです。

『社交界で沼の魔女と呼ばれていた貴族令嬢、魔法留学して実際に沼の魔女になる。~私が帰国しないと王国が滅ぶそうです~』

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陰キャ令嬢が沼の魔女に。

社交界で沼の魔女と呼ばれていた貴族令嬢、魔法留学して実際に沼の魔女になる。~私が帰国しないと王国が滅ぶそうです~



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