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前編


 私が転生した異世界では戦争が日常と化していた。


 それは今から二百年以上前のこと。

 大陸の南の端から突然、魔獣と呼ばれる体長何十メートルもある巨獣達が世界中の国々に向けて進軍を開始。

 いずれの国も圧倒的な力の前になす術なく、人類は滅亡の寸前まで追いこまれた。

 しかし、各地から集まった魔女達の活躍によってこの難局を乗り越える。


 戦争は現在も続いているものの、かつての魔女達のおかげで滅亡の危機は遠のいた。


 そして、その偉大な魔女の一人、聖霊の魔女は私アンジェラのご先祖様だった。

 そんな立派な魔女の末裔に転生した私は現在どうしているのかというと――。



 春の日差しで暖かくなってきた昨今、私は世界魔女協会本部内のとある建物のエントランスにて受付嬢をしていた。

 この仕事は、はっきり言ってすごく暇だ。たまに地方から出て来た魔女に目的の部署への道順を案内したりするだけ。その来客も一日に数人しか来ないので、私は勤務時間のほとんどをただボーッとして過ごしてる。

 あまりの暇さに、肩まで伸びた茶色い髪をクルクルと指で巻き取ってみた。

 暇だ……、春の暖かさのせいで眠くなってきた……。


 立派な魔女の末裔である私がなぜ暇を持て余す受付嬢をしているのかというと、どれだけ偉大なご先祖様がいようと、その子孫が必ずしも才能に恵まれているとは限らないから。私の魔力は弱く、徹底的に戦いに向いていなかった。

 普通は転生者だと特別な力があったりするものじゃないだろうか。現実はシビアだった。

 それでも、聖霊の魔女の一族ということで、この魔女協会で仕事を得ている。

 なお、一族の他の女性達は仮に戦いに向かなくても、後方支援の方で才能を発揮。現在、私の母は兵器開発局の局長だ。

 ……私は、ご先祖様と母の七光で暇を持て余す受付嬢をしていると言っても過言じゃない……。ああ、いたたまれない……。


 切ない思いを抱えつつウトウトしていると、私のいる受付に一人の少女が大きなリュックを背負って向かってくるのが見えた。


「あの、お伺いしたいのですが、戦闘養成所へはどう行けばいいんでしょうか?」

「それならこことは別の建物ですよ。今いるのがここなので――」


 と私は地図を取り出して道順を説明しはじめる。


 ……この子、地方の支部から推薦されてやって来たんだ。まだ若いのに、きっと才能があるんだな。

 かつての偉大な魔女達の活躍で大きく戦況を挽回したが、現在、再び魔獣は大陸の南半分にまで迫ってきていた。世界各国から派遣された戦士達が日夜奮戦しているものの、その侵攻を止められていない。

 それでも命懸けで戦ってくれている人がいるから、まだこのスピードで済んでいるんだと思う。

 この少女も養成所で半年の訓練を積んだ後はそこに加わることになるんだろう。

 ……私は、ここでいったい何をしているのかな。


 説明を聞き終えた少女はお礼を言って立ち去ろうとしていたが、受付のカウンターの上をチラチラと。どうやら私のネームプレートが気になるらしい。やがて遠慮がちに尋ねてきた。


「あの、アンジェラ様ってもしかして、聖霊の魔女様の末裔の方ですか?」

「え、はい、そうですけど」

「やっぱり! お会いできて光栄です! 聖霊の魔女様は私の憧れなんです! 握手してください!」

「はい、どうぞ……」

「ありがとうございます! 私! アンジェラ様のご先祖様のように頑張ります!」


 ……いたたまれない。


 この日の勤務が終わると、私は同じ建物内に入っている兵器開発局へと向かった。

 昔から通い慣れた部署なので、ノックもそこそこに部屋の奥へとずんずん踏み入っていく。局長の女性が仕事をする机の前に立った。

 彼女、私の母ヴィクトリアはちらっと私の姿を確認すると、手を止めずに話し出す。


「今日も私、帰りは遅くなりそうだから、先にご飯を食べていてちょうだいね。いえ、やっぱり今日は泊まりになるかも」

「お母さん、私は旅に出ようと思う」

「長期休暇が取れるなんて羨ましいわ」

「そうじゃなくて。今の仕事を辞めて自分を探す旅に出るんだよ」


 ようやく顔を上げた母は少しの間黙って私を見つめる。


「受付嬢の何が不満なの? すごく楽な仕事でしょ」

「楽すぎるんだよ! 絶対に世の受付嬢はもっと他の仕事もしてる!」

「まあ、敷地のゲートに門番がいるから、外部の人はそこで道を聞くしね」

「……私の仕事といえば、中で迷子になった人の案内か、ここで働く人と挨拶を交わすくらい……」


 はっきり言って、受付の代わりに案内板でも置いておけば事足りるよね……。

 母は私の言葉に同意するように頷いていた。


「あそこの受付はアンジェラのために新設された仕事だからね。そもそもあなたがこの局で働くのを嫌がったからでしょ。固有魔法から言えば、向いてないこともないのに」


 この世界では就く仕事に応じてクラスを授けてもらい、それによって必ず固有魔法が一つ発現する。

 母と同じ技術系の【クラフター】というクラスを選んだ私に発現した魔法は〈縫ったものがいい感じに仕上がる〉だった。

 ……私、細かい作業は苦手なんだよね。


 それで母からどんな仕事ならできるのかと問われ、前世でもやっていた受付嬢ならと答えたらあれを当てがわれた。前世の私はもっときちんと色々な仕事をしていた。まさか異世界の受付嬢がここまで暇とは思わなかったんだよ……。


 ちなみに、職に就いている人は大体がクラスを得ているので、この世界の多くの人が魔法を使えるということになる。

 魔女というのは、高い能力を有していたり、戦闘クラスに就いている女性に使用される尊称だ。

 私は、どんなに頑張っても魔女にはなれない……。


「……お母さん、私は旅に出ようと思う」


 同じ言葉を繰り返す私に母はため息をつく。


「好きになさい、餞別にこれを渡しておくわ」


 そう言って彼女が机の上に乗せたのは一丁のリボルバーだった。黒い銃身に美しい装飾が施されている。


「なんか、すごい魔力と危険な雰囲気が伝わってくるんだけど」

「この銃は私が趣味で作ったものよ。最前線でも通用する魔法武器だから、普通の人間に向けて撃てばその体を灰になるまで焼き尽くすわ」

「怖っ、趣味でなんて凶悪なもの作ってるの」

「護身用に持っていきなさい」

「戦場を旅するわけじゃないんだけど……、まあ貰っていくよ」


 兵器開発局局長が生みし魔法兵器を私は懐にしまった。

 魔獣は南の戦場にしかいないので、こんな武器はまず必要ないだろう。もし魔獣がその辺りを跋扈するようになったら、それは人類が絶滅する時だ。

 立ち去ろうとする私を母が引き止める。


「それからアンジェラが持っている聖霊の魔女様の遺物も忘れないようにね。あれは道に迷った時に使えるから」

「あ、うん。人生に迷ってる時にも使えるといいんだけど」

「それを自分で何とかするための旅でしょ? アンジェラ、あなたの道が見つかったなら手紙でも寄こしなさい」


 母はそう微笑んで私を送り出した。

 なお、私が受け継いでいる聖霊の魔女の遺物とはペンダントだ。何でも偉大なご先祖様が作った魔法具で、現在では同じレベルのものは製造不可なんだとか。身に付けて念じれば魔力感知の範囲が大幅に広がるらしい。


 翌日の早朝、母が作った凶悪な銃と偉大なペンダント、そして、貯金全額を鞄に詰めこんで私は自宅を出た。

 アンジェラ十五歳、自分探しの旅が始まった。


 目的地も特にないので、とりあえず乗り合い馬車で世界魔女協会本部がある国から出ることにする。

 やりたいことも特にないので、とりあえず美味しそうなお店でご飯を食べて、綺麗そうな宿に泊まった。

 そんな旅を続けていると当然ながらお金は瞬く間に消えていき、二か国目のセドキア王国という国で私の貯金は残りわずかに。(最初から貯金自体がそれほどなかった)


 ……どうしよう、旅立ってからまだ一週間しか経ってないのに、今帰ったら言葉通り母に合わせる顔がない。路銀を作るためにどこかで働くしかないか……。


 セドキア王国のレヴィリス地方という地域にいた私は、紹介所で運よく領主館でのメイドの仕事を見つける。

 固有魔法のおかげで一発採用され、お針子メイドとして領主館で住みこみで働くことになった。

 細かい作業は苦手だけど背に腹は代えられないし、宿とご飯付きの好条件だから仕方ないよね……。路銀が貯まるまでの我慢だ。


 とあまり乗り気ではなかった仕事だけど、実際に働いてみると意外と結構楽しかった。

 先輩達は皆とても優しく、丁寧に一から仕事を教えてくれたので。

 実は一度も繕いものをやったことがなかった私は、そこまでこの作業が嫌いじゃないということも分かった。

 繕いものをする私の手元を先輩のお針子メイド達がじっと見つめてくる。


「……不思議だわ、ものすごく拙い手つきなのになぜかいい感じに仕上がる」

「よく見て、針が指を誘うように勝手に動いているのよ。まるで魔法だわ……」


 えーとまあ、魔法ですので。

 とにかく便利な固有魔法のおかげで私自身はボーッとしていても仕事が進むのでとても楽だった。

 この領主館の職場自体も、皆いい人ばかりだし、残業もそれほど多くなくおやつまで貰えるのですごく働きやすい。

 何でも、領主様が使用人にまで気を遣ってくれる素晴らしい人格者らしい。私はまだお会いしたことがないけど、一度くらいはお目にかかりたいものだ。

 路銀が貯まったら辞めるつもりでいたけど、いい職場だし少し長く働くのも悪くないな。

 もしかしたらここでお針子メイドとして生きるのが私の道なのかもしれない。お母さんに手紙を書こうかな。

 ――――。



 働きはじめてから一週間が経った頃には、私はすっかり領主館に馴染んでいた。

 仕事が終わる定時になると、いつも私を先に上がらせてくれる先輩達への恩返しに、今日は私が残りの仕事を引き受けることにした。前世が社会人なのでこういう配慮もできる。


「じゃあ、あとは私がやっておきますので皆さんは上がってください」

「悪いわね、まだ結構残っているけど本当に一人で大丈夫?」

「はい、手が自動でやってくれるからボーッとしていれば終わります」

「……あなたの固有魔法、何気にすごいわね。それじゃ、おやつのドーナツを置いておくから疲れたら食べてね」


 お皿に乗ったドーナツを残して先輩達は上がっていった。

 私は窓の向こうの夕日をボーッと眺めながら繕いものを次々に片付けていく。

 ぼんやりしているのは同じでも、必要のない受付にいた時と違ってちゃんと働いているという実感がある。やっぱりこれが私の道なんだろうか。

 そんなことを考えている間に残っていた繕いものは全て終わっていた。

 ちょうどその時、部屋に扉をノックする音が響く。


「はい、どうぞ」


 私が応答すると扉が開き、きちっとした身なりの中年男性が入ってきた。


「よかった、まだ残っている者がいたか。……いや、よくはないな、一人で残業しているのか?」

「あ、勘違いしないでください。私は新人でいつも一人だけ先に上がらせてもらっているので、今日は先輩方への恩返しで仕事を引き受けただけですから」

「そうだったのか。……しかし、やはり残業が発生すること自体がよくない」

「うーん、まあ確かに残業はないに越したことはありませんね」


 私の言葉に中年男性は「うむ」と深く頷いた。

 このおじさん、いったい何者なんだろう。服装から察するに、身分というか役職が高い人なのは間違いない。

 さらに、うまく隠してはいるけど、魔力も相当なものを感じる。私、小さい頃から魔女協会の本部に出入りしていたから感知能力だけは身についているんだよね。おじさんの魔力は腕の立つ魔女達と比べても遜色ないから、もしかしたら軍部の偉い人なのかもしれない。この領主館にいるくらいだし。

 それで、そのお偉いさんがこんな場所に何の用かな?


「ところで、どうかなさったんですか?」

「ああ、少し引っかけてな、袖のボタンが取れてしまったのだ」

「本当ですね、その程度ならすぐですよ」

「ではよろしく頼む」


 ボタンを受け取った私は、おじさんのシャツの袖口を摘まんで針を構える。条件が整ったことで固有魔法〈縫ったものがいい感じに仕上がる〉が自動で発動した。


 シュシュッ!


 袖口を確認したおじさんは感嘆の声を上げた。


「おお、本当に一瞬だった。そなたは新人ではなかったのか」

「新人ですよ。固有魔法の力です。さて、これで私の業務も終わりました。あっと、帰る前におやつを食べないと。ご一緒にいかがですか?」


 とおじさんにドーナツを差し出した後に、しまったと思った。

 この人は何だか渋い雰囲気だしたぶん軍人だし、どう見ても甘いものが好きな感じじゃない。どちらかと言えば、塩辛いものやお酒を好む感じだ。これは、余計なことをして怒らせてしまったかも……。

 おじさんが凝視するドーナツのお皿を持つ私は、それとなくゆっくりと手を引っこめる。


「……いただいても、よいのか?」

「……え? あ、はい、よろしければ、どうぞ」


 ドーナツを食べたおじさんはその顔を少しだけほころばせた。


「甘いもの、大丈夫なんですか……?」

「大丈夫どころか、好物だ」

「意外ですね、全然そうは見えませんよ」

「うむ、そのせいかこのような菓子など滅多に食べる機会がないのだ」


 なるほど、お偉いさんもなかなか大変らしい。


「でも、はっきりと甘いものが好きだと仰ればよろしいのでは?」

「皆それぞれに仕事があるのだし、あまり手を煩わせるわけには……」


 このおじさん、やっぱりすごく周囲を気遣う人だ。おやつくらい好きに食べられたらいいのに。ドーナツ、私の分もあげよう。

 ポットのお茶をカップへと注いで差し出した。


「常温のお茶ですがよろしければ。台所まで行けば温かいお茶が入れられるのですが」

「いや、これで充分だ。だが、ここで働く者達は温かいお茶くらいすぐに飲めた方がいいな」

「そうですね、いつでもすぐに温かいお茶を飲めるに越したことはありません」

「そなたは新人だが私よりこの館のことが分かっているのかもしれん。皆が困っていることなど、知っている範囲で構わないから教えてくれんか?」


 おじさんがそう言うので、私も常温のお茶を飲みながらこの一週間で見聞きしたことを話した。

 話題は逸れに逸れていつの間にかただの雑談に。聞き上手な渋い紳士のおかげで、気が付けば私は楽しくお喋りをしていた。

 窓の外に目をやると、日は完全に沈んで真っ暗になってしまっている。

 とドアをノックする音が響いて、今度は二十代半ばの男性が部屋に入ってきた。

 あ、この人は知ってる。私の採用面接をしてくれた執事のピーターさんだ。私達使用人のまとめ役でもある。


「ロードリック様、お戻りにならないと思ったらまだこちらでしたか」


 ため息まじりにおじさんを見つめる彼に、私は首を傾げざるをえなかった。


「この方はどなたなんですか?」

「アンジェラさん、知らないでお喋りしていたのですか……。こちらはこのセドキア王国レヴィリス地方のご領主、ロードリック様です」


 ……おじさん、領主様だったのか。

 私、失礼なことを言わなかっただろうか。結構言ってしまった気がする。


「すまなかったな、ピーター。今から執務室に戻る」


 椅子から立ち上がったロードリック様は来た時よりどこか軽い足取りで部屋を出ていく。これを見ていたピーターさんが、先ほど私がやったように首を傾げた。


「なぜあんなに楽しげに……」

「ドーナツを召し上がられたからでしょうか」

「どういうことです?」

「ロードリック様、実は甘いものがお好きなんだそうですよ」

「え……、お嫌いなのかと思っていました」


 ピーターさんはしばし考えに耽った後に私の顔を見た。


「甘いもののおかげだけではない気がしますね。アンジェラさん、あなたにお願いがあるのですが」


 ――――。



 翌日、領主館の中の様々なことが少しずつ改善されていることに気が付いた。

 私達の職場について述べるなら、新たにお針子メイドが一人配属され、新たに魔法のポット(水を入れたら一瞬でお湯が沸く魔法道具)が配備された。これにより、私達は残業をしないで済むようになり、いつでもすぐに温かいお茶を飲むことが可能に。

 ロードリック様は私の要望をきちんと叶えてくれたのだと分かった。あの方は噂通りの素晴らしい領主様だ。

 今日は先輩達の間でもこの話で持ちきりだった。


「さすがロードリック様だわ。見目麗しく目の保養になる上に、やっぱり人格者であられる」

「甘いものがお好きというギャップもたまらない。鍛え抜かれたお体をお持ちの一流の戦士であられるのに」


 一人身の渋かっこいい領主様はとりわけ女性陣から絶大な支持を得ているらしい。

 私はそこまで引かれないかもしれない。母よりさらに年上のせいかな。ロードリック様は四十六歳だそうで、あまりに年齢が離れすぎていてそういう目では見られないよ。


「だったら、アンジェラが仰せつかった役を代わってほしいわ」

「そう、すごく交代してほしいけど、今回の職場改善の功労者はアンジェラだから涙を飲むわ」


 先輩達は互いに顔を見合わせて頷きあった。

 私がピーターさんから頼まれたことはそこまでいい役目だろうか。


 お針子メイドが増員されたおかげでこの日の仕事は定時を待たずして終わった。羨ましがる先輩達に見送られて私は仕事場の部屋を後にする。

 向かった先は上の階にあるロードリック様の執務室だった。部屋の前まで行くと、お茶とお菓子が乗った台車を準備してピーターさんが待っていた。


「すみませんね、アンジェラさん。この時間分の給料もきちんと支払いますので、よろしくお願いします」

「一緒にお茶をするだけなんですから、別に構いませんよ……」


 それが私がピーターさんから頼まれたことになる。

 わざわざ私が来なくてもこのまま彼がお出しすればいいんじゃないかな。とにかく昨日同様にロードリック様とお茶をすればいいそうなので、全然大したことじゃない。


 ノックをして部屋に入ると、執務机に着いていたロードリック様は仕事の手を止めた。


「ピーターが無理を言ったようですまなかったな。そなたも仕事終わりで疲れているだろうに」

「美味しいお茶とお菓子をいただけてむしろ最高の息抜きですので、お気になさらないでください」


 私の言葉にロードリック様は微笑みを湛え、ソファーの方に移動する。前のテーブルにティーセットを並べ終えると私も彼の向かいに座った。

 ……今更ながら、こんな形で領主様とお茶をするなんてすごく身の程知らずな気もするけど、頼まれてのことだし仕方ないよね。

 昨日のことで慣れてもいるので、私は特に緊張することもなくすぐに取り留めない雑談に入った。


 先輩メイド達の話によれば、ロードリック様はこの領地を継ぐ前は戦士として長く前線で戦っていたらしい。その腕前はセドキア王国の中でも並ぶ者がないほどなんだとか。

 一流の戦士で身分も高いのに全く威圧的な感じがしない。なので私も伸び伸びと会話できているのだと気付いた。

 私の父も戦士だったそうだけど、生まれてすぐに戦場で命を散らしていて私は何一つ知らない。父はロードリック様のような人だったのかも。いや、こんな父がいればよかったのに。

 話に夢中になっているうちにいつの間にか一時間も経っていた。


「ごめんなさい、お父……ロードリック様、ずいぶんとお邪魔しちゃったみたいです」

「こちらこそ長く引き止めてしまったようですまない。色々な話ができて楽しかった」

「明日また来ますので、今日はこの辺りで失礼します」

「ああ、明日も待っている」


 こうして私は仕事のある週五日、夕刻にロードリック様とお茶をするようになった。

 私自身がこの時間を心待ちにするようになるまでそう長くはかからなかった。自分探しの旅の途中で私は思いがけずずっと欲しかった父を手に入れることに。

 母に、父ができたと手紙を書こうか? …………、混乱させるだけだからやめておこう。


 私とロードリック様の話題は様々なことに及んだ。

 やはり一番話に上るのは領主館内のことについてで、それに伴ってあちらこちらで色々と改善が進み、私は同僚のメイド達から大層感謝されることになった。


 ある日、私が聖霊の魔女の末裔で長らく魔女協会本部内の住居で暮らしていたと話した時のこと。珍しくロードリック様は驚いた表情を見せた。


「なぜもっと早く言わなかった。それなら、客人としてもてなしたものを」

「偉大なのはご先祖様で、私はただのその子孫で落ちこぼれですし……」


 確かに、かつて世界を救った英雄の一人の末裔ではあるんだけど、ここまで持ち上げてくれるのは意外だった。ロードリック様もこの戦争に直接関わっているからだろうか。

 魔女協会の話を聞いていた彼は、やがて一つ大きなため息をついた。


「私が戦場にいた頃、多くの魔女達と共に戦った。そして、どの国の戦士よりも一番頼りになるのが彼女達だった」

「私は各国の状況は知りませんが、そんなにダメなんですか?」

「うむ、いずれ訪れる終末を阻止するべく本気で取り組んでいるのは魔女協会くらいのものだろう。まだ余裕があるとどの国も危機感が欠如している。その時は必ずやって来るというのに」

「…………、仰る通り、ですね」


 いずれ必ず訪れるであろう終末の日、その時この世界にいるのは私達の子孫達だ。

 お茶を一口含んだロードリック様は座っていたソファーから立ち上がる。


「アンジェラ、すまないがしばらくこのお茶会は休みにさせてくれ」

「え……? えー! 私に何か至らぬ点がありましたか! お父さん!」

「……お父さん?」

「……何でもありません。理由をお教えいただいてもよろしいでしょうか?」

「明日からしばらくセドキア王国の王都に赴く」


 翌日、その言葉通りにロードリック様はピーターさん一人を伴って王都へと出発した。

 領主様なのにもっと護衛を付けなくて大丈夫なのかとピーターさんに尋ねたところ、彼は苦笑いを浮かべて教えてくれた。


「護衛は逆にロードリック様の足手まといになるのですよ。……私も同様ですが、身の周りのお世話をする者が必要ですので」


 こう謙遜したピーターさんだが、私の見立てでは彼はその辺の騎士よりよほど腕が立つ。

 先輩メイド達から聞いた話によれば、ピーターさんの一族は領主様の身辺警護も代々担っており、彼も幼少から血を吐くような訓練を積まされてきたらしい。(人それぞれ一族のしがらみがあって大変だとつくづく思う)

 そのピーターさんでさえ足手まといになるんだから、やっぱりロードリック様は世間一般で言うところの英雄クラスの戦士ということになるんだろう。それは巨大な獣と単独で戦えるほどなので、身の安全は心配ないに違いない。


 それでも、私はどこか寂しい思いを抱えてロードリック様の帰りを待った。

 どんな用件で王都に向かったのかは分からないけど、胸騒ぎがしてならない。あの方は穏やかな気質に見えて、その奥に燃えるような信念を持っている気がする。



 ロードリック様が帰ってくるとの知らせが届いたのは出発から一週間が経った頃だった。

 そわそわして仕事が手につかない(それでも手は魔法で勝手に動くけど)私を見かねて先輩メイドの一人が。


「お出迎え、行ってきていいわよ。大好きなお父さんが待ち切れないみたいだから」

「べ、別に大好きなんかじゃ……、私はただの使用人だし……。けどお言葉に甘えさせてもらいます」


 仕事場の部屋を出た私はそのまま館の外へ。

 ちなみに、事前に届いた知らせには、館に到着する時間は午前十時とはっきり書かれていた。王都からここまで何十キロと離れているのに、そんなにきっかり時刻を指定できるものなんだろうか。

 ともかく、私は懐中時計を見つめながら領主様の馬車が到着するのを今か今かと待った。

 しかし、時間の五分前になって現れたのは馬車ではなくロードリック様自身だった。つまり、馬車にも馬にも乗らず、領主様自ら走って帰ってきた。

 風のような速さで駆けてきた彼は私の姿に気付いて速度を緩める。その顔を少しほころばせた。


「わざわざ出迎えに出て来てくれたのか、アンジェラ」

「はい……、……あの、もしかして王都から走って帰ってこられたのですか?」

「ああ、馬よりこちらの方が早いのでな。大体いつも、九時にあちらを出ればゆっくり走っても十時には到着する」


 ……ゆっくり走っても馬より速いってことですか?

 涼しい顔のロードリック様の後ろでは、一緒に帰還したピーターさんが肩で息をしている。

 幼少時から血を吐くような訓練を積んできた彼がこの状態なんだから、普通の護衛はついてこれないはずだよ……。英雄クラスの戦士はやっぱり常人離れしている……。


「荷物などは後から届くのですか?」

「いや、王都にも私の屋敷があるので身一つで赴けば事足りる。……まあ、今回は向こうで働く者達にも全員こちらに戻るように言ってきたのだが」

「え、どうしてですか?」

「それについては中でお茶でも飲みながら話そう」


 主のこの言葉に執事のピーターさんが即座に反応する。


「はぁ……はぁ……、で、では、すぐにお茶とお菓子を、ご用意します」

「……私がご用意しますのでピーターさんは少し休んでください」



 とりあえずいつものロードリック様の執務室に移動して話をすることになった。

 お茶とお菓子をテーブルに並べると、私もロードリック様とピーターさんの向かいのソファーに腰を下ろす。

 何だか空気が重く、この沈黙を破ることができるのはロードリック様しかいない気がした。

 私とピーターさんは主が口火を切るのを待つ。やがてその時が訪れた。


「私の領地はセドキア王国より独立しようと思うのだ」


 私が驚きの声を上げるより先に、ピーターさんが大きなため息をついた。

 ロードリック様の瞳からはいつにも増して強い信念が伝わってくる。

 ……これは冗談なんかじゃなく、本気だ。


「どうして突然、独立する気になられたのですか……?」

「突然ではなく、前々から考えていたことだ。現在の国王様はあまりにも魔獣との戦争を軽視している。自らの権威を誇示する建造物にばかり財を注ぎこみ、人類の破滅的な未来に目を向けようともしない。私はこれまで何度も苦言を呈してきたが、それももはや限界だった。ちょうどその時、アンジェラが私の前に現れたのだ」

「え……、私……?」

「かつて世界を救った魔女の末裔であるそなたの存在が、私の背中を押してくれた」


 全くそんなつもりなかったのに! 私とんでもない後押しをしてしまった!


「いえいえ、待ってください……。私はただの落ちこぼれの末裔で……」

「いいや、そなたが現れたのは運命に違いない。そう思い、今回が最後のつもりで国王様のご説得に赴いた。やはりお心を変えることはできなかったので、私は独立して新たな国を築く」


 ロードリック様はすっきりした表情でソファーから立ち上がり、執務机へと歩いていく。

 ……ダメだ、この方はまっすぐな性格なだけに道を定めたら突っ走る……。

 私の向かいではピーターさんがお茶にも手をつけず頭を抱えていた。彼は助けを求めるように私の顔を見る。


「大変なことになりました……」

「王国が、黙って独立を許してくれるわけないですよね……? このレヴィリス地方はかなりの広さですし」

「もちろんです。この領地だけではなく、他の所にも飛び火する恐れがあるので王国側は何が何でも阻止しにかかってきます……」

「他の所って、他所の領地のことですか?」


 話によればロードリック様は国の英雄で人望もあるので、各領主を含めた多くの貴族達から慕われているらしい。その人気ぶりは現国王を軽く凌ぐほどなんだとか。

 ロードリック様にその気はなくても、沢山の人や土地を一緒に引っ張っていくことになる。


「何が何でも阻止とはつまり……」

「……間違いなく、戦争を仕掛けてくるでしょう」


 どこか虚空を見つめながら呟いたピーターさんは再び頭を抱えるポーズに戻った。

 執務机で、おそらく絶縁状をしたためていたロードリック様が今の言葉に反応して顔を上げる。


「心配せずとも私が押し返す。一応は軍も配備するが、可能な限り被害は出したくない。王国軍の半数ほどを戦闘不能にして国王様に剣を突きつければ諦めてくれるだろう」


 それはそうでしょうけど……。

 魔女協会の本部で育った私は知っている。最前線で魔獣と戦っていた戦士は、少し訓練を積んだくらいの人では全く相手にならないって。人間同士の戦争に出て来るのが反則と言ってもいいほどの力の差がある。

 でも、王国軍の側にも魔獣との戦いに行っていた腕の立つ人がいるんじゃないかな。

 疑問を口にするとピーターさんが弾かれたようにソファーから立ち上がる。


「私が懸念しているのはまさにそれなのです! 将軍の中には南の戦場を経験した者達がいます。その実力は大体が私と同程度ですが結構な数がいますので、いかにロードリック様といえど……」


 将軍級の実力を持っているピーターさんにも驚きだけど今は置いておこう。

 私の眼差しから執事と同様の思いを感じ取ったのか、ロードリック様が落ち着いた口調で。


「だから心配はいらないと言っている。将軍も順番に相手をすればいいだけの話だ。念のため、王国軍が迫ってきた時には館の者達にはここから退避してもらう。アンジェラも皆と一緒に行くといい」


 こんな時でも人を気遣うことを忘れない彼は、確かに人格者なんだと思う。だけど、私は素直に従っていいんだろうか。


 そして、ロードリック様の言ったその時は案外早くにやって来た。

 絶縁状を送りつけてから二日後、国王直下の軍がレヴィリス地方に向けて王都を出立したとの知らせが入る。


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