御曹司、大ピンチ
「……、ここは?」
尻もちをついた雉子はすぐ起き上がる。
そこには、龍座、結哉そしてヴァーノが雉子を待っていた。
「みんなは?」
雉子がキョロキョロと辺りを見回す。
「雅君もいない。」
「コユガオナキムシ達は別の場所だゼ。」
浮遊しているヴァーノは雉子を見て物置小屋より大きめの建物の勝手口を開け入る。外壁はスケルトンタイプで中が見える。ヴァーノは林檎を噛っている。
雉子は物置小屋っぽい建物内の左を向くと豪華な金色の扉に目を丸くする。
「な・何なの?」
「扉の上に風の文字が書いてあるらしい。俺は全くわからん。」
腕組みをしている結哉はため息をつく。龍座はいつの間にかヴァーノがいる小屋に入っている。
「龍座が言うには、風属性の武器を持っている俺一人が入る仕組みかもとのことだ。確かに一理あるが何とも喰えないな。」
フンと鼻をならす結哉は龍座の方を見る。
「雉子さんは龍座達の所に行くといい。あそこは俺の闘いを見る観客室らしい。悪趣味極まりないな。あの妖精によると、加勢は厳禁。禁を破った者はどうなるか分からないが痛い目に会うらしい。場合によっては死ぬ場合があるとのことだ。つまりタイマン勝負ってことだ。」
雉子は気絶している間にそういうやり取りがあったことに驚いている。
すぐさま雉子は結哉に手を振りながら観客室に入っていった。中に入ると仄かに林檎の匂いがする。二個目の林檎を取り出したヴァーノは龍座を見る。龍座は見て見ぬふりをしているのか分からないが黄金のドアと天井、壁や床まで金色一色の室内に驚嘆している。室内は六十畳ぐらいだろうか?金一色で眩しい。扉が自動的に観音開きをした。観客室にいる龍座と雉子は緊張が走る。
まもなく結哉が入ってきた。結哉も黄金一色に驚きを隠せず、辺りを見回した。
「珍しいですか?貴公の邸宅にはこれと同じ部屋が幾つもあるでしょうに。まぁ、六畳程の宝物庫ですが・・。」
男の声がする方へ結哉は向きを変えようとするが、すぐ目の前に頭から足先まで銀色フードコートを纏ったヒト型が出てきた。
「お前は誰だ?名を名乗れ!」
結哉は日本刀を鞘から抜こうとする。
「私の名前はどうでもよいでしょう。まぁ強いて言うならワイダーとしましょう。ククッ。以後、お見知りおきを。」
「その必要はない。」
結哉は鞘から日本刀を抜き、ワイダーに右肩から左腰まで斬りつける。切り傷から血が出るが、すぐに切り傷が塞がり着ていたコートも元に戻った。
「この程度ですか?なまくら剣術とはこのことですね。」
ワイダーはクスクスと笑う。
「黙れ!」
結哉は剣術を披露するが、ワイダーは素早く躱す。数分ぐらい、その動きを繰り返した。
結哉は息が荒く日本刀を杖代わりにして中腰になる。一方のワイダーは変化なくククッと笑う。
「おやおや、観客室にいる皆さんは飽きたみたいですよ。」
ワイダーの言葉を耳にすると、結哉は観客室を見て愕然とする。
雉子はその場にいない。龍座は腕組みをして頭を垂れ目を閉じている。ヴァーノは林檎を噛りながら龍座を見ている。その光景にワイダーは高笑いする。
「お前ら、俺を観戦する立場だろ!」
結哉の声に龍座ハッと目を覚ます。龍座は後ろ髪を触る。ヴァーノは相変わらず林檎を噛って食べている。
結哉は呆れて力なく
「雉子さんはどこだ?」
と発した同時に観客室の出入口が勢いよく開く。
「おまたせ!」
雉子はチアガールのような衣装で両手にはポンポンを持って、結哉が見える位置に仁王立ちする。
龍座は呆気に取られ言葉が出なかった。
「あたし、現役のチアリーディング部なの。ここの部屋応援グッズがあるし、衣装もあるなんて。あたしの応援で元気になって!」
雉子は軽やかなリズムを口遊み、ダンスやポンポンを使ってパフォーマンスしている。熟練なことは明らかで難易度が高いアクロバティックな技を披露し、最後に宙返りをし着地する。静けさ一分程、拍手喝采を期待していた雉子は辺りを見回す。
龍座はまたウトウトと頭を垂れている。ヴァーノはいつもと変わらず林檎を噛り龍座を見ている。結哉は全身を震わせている。ワイダーは突っ立って包帯で顔がグルグル巻きにして表情は伺えない。
「ちょっと、あたしを見て!応援の意味がないよ!」
雉子は声を荒らげる。龍座は目を覚ます。
「ごめん、雉子さん。凄く疲れてて、つい眠ってしまったんだ。」
欠伸をし終わった龍座は座ったまま雉子の方へ向き頭を下げる。ヴァーノは無視しているのか聞いていないのか表情も変えず林檎を噛って龍座を見ている。
「おい、観客室!五月蝿いぞ!俺より目立つな!!!」
結哉は怒りに震えた右人差し指を観客室に指す。
結哉は鬼の形相で観客室に向かう。雉子と龍座はきょとんとして結哉を見ている。
「俺の晴れ舞台なんだ!邪魔するな!」
観客室の前に来た結哉は罵声をあげる。今までみたことのない結哉を見て龍座は目を丸くする。
「君を応援しているのよ!少し目立ち過ぎたかもしれないけど、」
雉子は正々堂々と胸を張る。
「俺は応援しろとは言っていない。黙って俺を見ればいい!」
結哉は胸に手を充てる。
「まぁ……。」
雉子は口に手を充てる。
「勝算はあるの?」
龍座が結哉の目を見る。
「さぁな。」
結哉も龍座の目を見ながら言う。
「じゃあ、僕からアドバイス。結哉が使っている日本刀は風の属性魔法が付与してるってスターさんが言ってたでしょ。」
「ああ、それがなんだ?」
結哉が腕を組む。
「今まで戦って、風らしきものが出てないよね?僕の見解なんだけど、魔法が出る条件は頭の中を厨二病にするってことかなと。」
龍座は後ろ髪を触る。
「どういうことだ?」
「つまり、頭の中で風の攻撃を考えて、それが日本刀に伝わり具現化できるんじゃないのかな?ということ。」
恥ずかしいそうに龍座が言う。
「そんなこと、すぐに考えつかないぞ。」
「結哉だと苦労するだろうね。」
「なんだと……」
結哉は突然腹部に熱いものが伝わる。触ると赤いものが多量に手に付く。
雉子は悲鳴を上げ、しゃがむ。結哉は後ろを振り向きながら倒れる。腹部に刃物が刺さっておらず倒れた弾みで血が吹き出る。顔がわからないワイダーが血のついた剣を右手に持って立っている。ヴァーノは無表情でその様子を見る。
「キミは融通が効かないようだね。」
龍座は立ち上がり両手を握り締めている。
「敵に後ろを預けるとは言語道断。死に値する。こんなに愚か者だとは……」
顔まで覆っていたフードを捲り上げる。それはソフトモヒカンより長めの黒髪で整った顔の男性だった。結哉と龍座は仰天している。
「なぜお前がいる……」
口から血を吐き、身体が横向きに倒れた結哉が結哉の顔をしたワイダーを睨む。
「ねぇ、どういうこと?」
恐る恐る立った雉子がボンボンを盾に隙間から覗く。
「皓叶か……。」
「皓叶って、誰?」
雉子は龍座の横顔へ視線を変える。
「皓叶は結哉の弟で今は鵺蔵家の養子。今、海外にいるはず。昨日見送ったからね。」
龍座は結哉の弟、皓叶の顔になっているワイダーを観察しあることに気づく。
「そういえば普通通りに歩いていた。小さい頃右足にケガをしていつも杖で歩いていたはずだ。」
ワイダーはフッと笑うと
「俺は右足にケガをしなかった場合の俺だ。コイツは目立ちたいが為に、一生治らない右足にさせたんだ。」
ワイダーは結哉の腹部を右足で何度も踏む。踏む度に血が吹き出し、結哉は口から血を吐き青白い顔が濃くなっていく。
「このままじゃ涙原君死んじゃうわ。加勢が出来ないって本当なの?手当て出来ないじゃない!」
「加勢に行きたいのは山々だけど、武器をまだ使っていない僕らじゃ無理だ。火に飛んで入る夏の虫だよ。」
龍座はふいと斜め左上にいるヴァーノを見る。
「ああん?オレは知らねえゼ。助けるなとスター姉から言われてるゼ。ここでくたばるレベルのヤツだったってことだゼ。」
ヴァーノは林檎を噛り始める。
「うーん、そうか……。」
龍座は右手を顎に充てる。
「ちょっと、永吹君感心している場合じゃないのよ。あたしどうすれば良いの?」
ボンボンを大きく揺さぶる雉子はドアから席まで行ったり来たりしている。
ワイダーは多量の血が口や腹部から出て目を閉じている結哉を見て高笑いするのだった。