異世界住民
「どこに要るんだ?」
貴寿は辺りを見回すが誰もいない。
那妃だけ身を構えジッと砂漠しかない前方を睨んでいる。
雅就と賀蓮は逃げようと動こうとする。
「動かないで。守りきれなくなるから。・・・やっぱり微かだけど林檎の甘い匂いがする・・・。誰?出てきなさいよ。」
何も反応がない。数分間、那妃たちは緊張が走り静止したかのように那妃の方向へ向いたまま動けなかった。
「おいおい、ウメェ林檎が台無しだゼ。」
那妃たちは上方から二重声が聞こえ、すぐ太陽がある位置に顔を上げる。
「シャキシャキ、シャリシャリ。」
何かを食べる咀嚼音が上空に響く。林檎の匂いが充満する。
「いいゼ、いいゼ!その顔、傑作だゼ!もっともっとオレを楽しませるんだゼ。」
桁ましい笑い声をあげる。
那妃たちの開いた口が塞がらない顔が滑稽だったのだろう。
那妃たちも無理もない。今まで見たことがない生物だったからだ。空中に浮いている未確認生物は夕焼けに照らされてシルエットになっている。
龍座は遠目でその姿をみて、
「うーん、これに近い姿はニューギニア島などの地域に分布しているセスジキノボリカンガルーっぽいね。」
「セスジキノボリカンガルー?」
那妃たちが龍座の方へ向く。
「樹上生活をしている体長五二~八一センチのカンガルーで尾が長いのが特徴。大きさは見開きした新聞紙横ぐらいの長さかな。尾の毛は密生していて、それは根もとから先まであり太さの変化がないとのこと。」
龍座は淡々と説明する。
「でも、あれは尾が二本あって滅茶苦茶長いわ。」
雉子がセスジキノボリカンガルーっぽい生物を指差す。
フッと雉子の目の前にそれが現れる。雉子は悲鳴をあげ尻もちをつく。
「来てやったゼ。ギャハハッ!!」
笑いながら林檎を噛るそれを那妃は凝視する。
肌の色はオレンジかかった琥珀色。腹部のみウイスキー色(赤みが強い橙) 。少々つり目で水色の眼球。
両目の目頭と目尻の間(上眼瞼と下眼瞼)に縦2本ずつの色線がある。上眼瞼には白とチェリーピンク(赤みがあるピンク)の線。下眼瞼には黒と紫の線が数センチ程ある。
耳は少し尖りセスジキノボリカンガルーよりやや長めである。
最大の特徴が十メートル以上ある二尾。内外に所々トランプのダイヤみたいな模様があり、その部分は肌の色より濃い。
「おい、テメエ!ジロジロ見てるんじやねぇゼ。オレと殺り合おうってか?いいゼ、ノッてやるゼ!」
那妃を見るや否や、瞬時にメリケンサック型の長い鉤爪を両手に装備した。両手を広げあたかも悪魔の爪のようであった。
「悪魔!」
賀蓮がポツリと言った。慌て賀蓮は両手に口を塞いだ。
「アクマ?……フッフハハッ!テメエらからしてみりゃオレの風貌は悪魔に見えると思うゼ。」
また、大いに笑う。
那妃はムッとして構えなおした。
「戦ってもいいけど、一つだけ教えて。ここはどこ?」
「ここ?ここはここだゼ。」
「話にならないわね。」
那妃は口をモゴモゴする。那妃の前に黄色い光に包まれた小さな鳥がセスジキノボリカンガルーみたいな生物をめがけて飛び立った。小鳥はその生物をスルーして太陽の近い所まで飛ぶとパッと散ってしまった。
「ダメだったか……。」
那妃はため息をつく。
「手品師なのか?ペチャパイ?おもしろいゼ。」
「誰がペチャパイよ。仮に悪魔でも失礼にも程があるわ。クソーッ、アイツの情報得る事が出来なかったわ。」
那妃は唇を噛み締める。
「オレのこと知りたいって?いいゼ、自己紹介してやるゼ!」
セスジキノボリカンガルーみたいな生物は武器を嵌めたまま左手を高く挙げる。
瞬時に辺りは暗くなり満月が上空に天高く光輝いていた。
その生物は薄ら笑いを浮かべ、左手を下ろし右手を高く挙げる。すると太陽が元あった位置に戻って何事もなかったかのように夕焼けになった。
その光景に皆唖然とした。眼を丸くするもの、口をポカンと開けその生物を見るものなど8人違うリアクションをするのでセスジキノボリカンガルーみたいな生物は大笑いする。
「そんなにビックリするようなことじゃないゼ。……………おい、そこバイザーシンシ。オレのことズーッと見てるんじゃねぇゼ!ちょっとは驚くといいゼ。オレがスベってるみたいで胸くそ悪いゼ。」
生物は宙移動し、龍座の目の前に行く。龍座はハッとし少し慌てる。
「ごめんごめん。キミのこと見てたら感動しちゃって。キミに見惚れていたよ。」
「・・・。」
セスジキノボリカンガルーみたいな生物はジッと龍座を無言のまま見る。
「ところで、キミの名前は?」
唐突に龍座が質問するが沈黙が続く。
「えーっと…、」
龍座が何か言い出そうとしたとき、
「チッ!テメエの心の中、聴こうとしたが全然聞こえねぇゼ。やるな、バイザーシンシ。イイゼ、教えてやるゼ。」
生物は宙返りし、浮いたまま右向きに座ったような姿勢をする。
「オレは時の妖精ヴァーノ。一回しか言わないゼ。」
「時の妖精ヴァーノ?聞いたことがないわね。」
那妃は顎に手を置く。
「あっ、だから時間を操って夜にしたり戻したり出来たのね。」
雉子が理解出来た顔でヴァーノを見る。ヴァーノは素知らぬ表情で武器を納め新しい林檎を噛り始めた。
「感心してる場合じゃねぇぞ!奴の正体がわかったところで、何も始まちゃいねえ!」
汗だくな貴寿が叫ぶ。その言葉を聞き賀蓮、雅就そして瑛美は我に返ってアタフタし始める。
那妃も少し取り乱したものの、深呼吸し冷静になる。宙に浮いているヴァーノを見て問い質す。
「あたしたちを元にいた場所に戻す魔法はあるの?」
「知らねぇゼ。そんなものあったらオレらがそっちに行ってるゼ。」
ヴァーノは林檎を食べながら言う。
「じゃあ、龍座さん教えてください。」
那妃が龍座に近寄る。
その時、龍座の体が浮きヴァーノの前に移動した。ヴァーノは林檎を食べ終えると、しかめっ面になり龍座を睨む。
「テメエそう言やあ、帰る方法知っているのか?さっさとソレ言わねぇと八つ裂きだゼ!!」
ヴァーノは武器を嵌め威嚇する。
「まぁまぁ、落ち着いて。まだ確証がないから教えられない。頃合いを見てから話そう。」
龍座は浮いているのに平然と対処している。
「頃合い?」
「後のお楽しみってことで。」
龍座はヴァーノに耳打ちする。ヴァーノは一瞬眼を丸くするが突然笑いだした。
「フハハッ!!イイゼ、イイゼ。おもしれぇゼ。楽しみにしてるゼ。テメエの話。」
ヴァーノは龍座を地面に着地させる。
龍座は深呼吸をする。
「あの~、ちゃんづけしてもいい?」
瑛美がヴァーノの前に行く。
「ちゃんづけ?別にいいゼ。変なあだ名はNGだゼ。気にくわなかったら跡形もなく消えるだけだゼ。」
「ありがとう!ヴァーノちゃん。」
ヴァーノは暫し間があり
「まぁ、ギリOKだゼ。」
ヴァーノは瑞々しい林檎を取り出し食べ始める。
「ヴァーノちゃん、触ってもいい?」
ヴァーノは手を止める。
「お触りNGだゼ。」
ヴァーノは瑛美を睨む。瑛美は少し涙目になる。
「瑛美ちゃん、大丈夫?コラ、ヴァーノくん女の子にそういう態度はダメよ。」
雉子は瑛美をギュッと抱擁しながらヴァーノをキッと瑛美の代わりに睨み返す。
「‘’くん‘’は‘’ちゃん‘’よりOKだゼ。」
ヴァーノは林檎を噛りながら言う。雉子は呆気にとられた。
「これからどうするんだよ!」
貴寿の罵声があがる。
「そうよ、こうしちゃいられないわ。龍座さんは教えてくれないし、もう散々。」
那妃は龍座を横目で見る。
「ゴメンね。言っちゃうと絶対ヘコむから。」
「何なの?気になる。とにかく歩くしかないか。あっ、そうだアンタ、瞬間移動で街とか行けるの?」
那妃はヴァーノを見上げる。
「アンタ?まぁ、イイゼ。対価払えばいいゼ。敬意を示し献上するとイイゼ。カネは高いんだゼ。」
「誰が敬うか!この世界でも金や権力が存在するのね。」
那妃はため息をつき歩き出す。他も那妃に倣って歩き始める。
ヴァーノはゲラゲラ笑い空中移動しながらついていく。