燈洞川②
「失礼しまーす。お水持って参りました。」
引戸を“コンコン”と叩き瑛美は勢い良く開け入ってきた。村長は瑛美の奇抜な髪と服装に驚いていた。青色の短髪にグリーンのモコモコファッションでここでは似つかわしくない風貌だったからだ。
瑛美は淡々と水の入った江戸切子のコップをテーブルに置き村長の方へ向きお辞儀する。村長も軽く会釈する。
「どうぞ。ここの神社の湧水です。」
「湧水?」
「ええ、この社務所の裏側にある井戸水です。何でもえらい昔、神の使いである東天紅のオスが地に着いて鳴いたところ水が湧き出たんですって。水は無料だけど、この社務所から出てすぐ右に五○○ミリリットルの水用のペットボトルが二百円で売ってまーす。ご利益間違いなしです。」
ニコリと笑う瑛美。
すぐに那妃の方へ向き、
「これで一本お買い上げだね。」
「今はそんな、はな・・」
「ところで那妃ちゃん、キャンプ場に行くんだってね?」
那妃の発言を遮り瑛美が目を輝かせて言う。
―しまった。聞かれてた。―
那妃は一瞬イヤそうな顔をしたが普段と変わらぬ顔に戻る。
「えっ?いやまだ決まった訳じゃ・・・。」
「あたしも行きたい!いいでしょ?」
瑛美キラキラした目で那妃の顔に近づく。那妃は困惑している。
瑛美はポケットからスマホを出し、
「あたしだけだと頼りないので賀蓮ちゃんたちも誘おう。」
瑛美はSNSツール『ルレ』でやりとりを始める。
一分も掛からないうちに
「賀蓮ちゃん、行きたいって。あと貴ちゃん、雅ちゃん、龍ちゃんたちも。」
「ちょっと、ちょっと、」
那妃は瑛美のスマホを見ようとしたとき、村長は立ち上がり
「ありがとうございます。助かります。三日後、キャンプ場を開放しますので。後日、お礼を致します。それでは失礼致します。」
村長はそそくさと社屋から出て小走りで階段を降りて行った。
「ちょっと、待ちなさいよ!」
那妃も大声で叫びながら走るが、村長は車に乗りすぐ発車した。
息切れしている那妃は途方にくれていた。
しばし、発車した車の方を見てトボトボと先程いた平屋の社務所へと歩きだす。
―怪奇現象を呼び寄せる?何それ?あたしはそもそも、浄霊専門よ。逆の依頼じゃない。もし仮に成功しても世間で叩かれるし、失敗しても評判がガタ落ちで依頼が減るわ。それに失敗したらお金が入ってこない。どっちにしろ詰んでるわ。冗談じゃない。今すぐ電話して断ろう。―
少し急ぎ足になり、那妃は社務所へと入る。
入ってすぐ瑛美がいた。瑛美は靴を履き那妃が帰ってくるのを玄関内で待っていたのだ。那妃を見て顔近くに来る。瞳がキラキラしている。
「那妃ちゃん、朗報よ。雉子ちゃんがマイクロバス運転できるんだって。凄いよね!あたしの親に頼んでバス手配できたし、あたし、キャンプの道具や食材など準備するから一旦帰るね。今夜もまたお泊まりさせてね。」
鼻唄をしながら瑛美は走って階段を降りる。那妃は呆然とするしかなかった。
三日後、昼前。目を閉じた那妃は片っ端なしから秋川家の祝詞や呪文などあらゆることを、燈洞川の中にある大岩の上に立って試した。目を開け確認するも全く変化がなく、寧ろ川が一段と澄んでいるようにみえた。
那妃は大の字になって岩の上に寝転ぶ。薄雲がある空を那妃はボーっと眺めている。
―詰んだ!知る限りのことを全部やったけどムリだった。おわた。―
那妃は自分の無力さを初めて実感し泣きそうになる。
「那妃ちゃん、終わったの?」
岩の下にいた瑛美が登って那妃を見る。瑛美は波模様の独特なビスチェを着ている。
那妃は起き上がり巫女衣装を叩く。
「あたしの浄霊生活終わりました。皆様、短いようで長い間ありがとうございました。」
手を振った那妃は大岩を降りようとしたとき、瑛美が那妃の左腕を掴む。
「まだ諦めちゃダメ!ここで終わったら本当に終了しちゃう。ダメダメ!」
瑛美は大きく那妃を揺さぶる。強い揺さぶりで吐きそうになった那妃は岩の上で座り込む。
「大丈夫、ランチ取ったら今度はみんなでやろうよ。メニューは雉子ちゃん特製カレーだって。あたし楽しみ~‼️」
瑛美は那妃の左肩をポンポンと叩く。
「それじゃあ、気分転換に那妃ちゃんも水着に着替えて!」
「はっ?!」
瑛美は真っ赤な紅葉柄のハイネックビキニを高々と上げる。
「ちょっと、これは流石に恥ずい。」
「那妃ちゃん、スタイルいいんだから。見せなきゃダメでしょ?」
瑛美は岩から降り走る。
「那妃ちゃんが肌を焼く仕事をするので水着に着替えてくるよ~。御期待ください。」
みんなに聞こえるように瑛美は宣言する。みんなチラッと那妃を見た。
「コラー!!」
那妃は即座に岩からジャンプして降り、全速力で瑛美を追いかけた。
瑛美は川瀬にある自分たちが組み立てた大テントに入ってきた。雉子は忙しなくカレーを作っている。息切れをした瑛美は紙コップを取り、禮鶏神社の湧水が入ったペットボトルから注ぎ勢いよく飲む。
「プハーッ!!この水飲んだら他の水が飲めなくなっちゃう。禮鶏神社の湧水サイコー!!」
瑛美が紙コップを掲げたとき、
「ハァハァハッ。ちょっと、あたし着ないわよ。ハァハァ、そんなハレンチ極まりないビキニ。それにまだハァハァ、浄霊が終わってないんだから。」
汗だくになった那妃はやっと追いついた。
「那妃ちゃん、息が荒いね。ハイ、湧水上げる。」
瑛美は水が入ったコップを渡すと那妃はすかさず飲み干し、三回おかわりした。
「うん、味OK!那妃ちゃん、瑛美ちゃんカレーができたから、みんなを呼んできて!」
雉子は満足げな顔で鍋の蓋をテーブルに置く。
瑛美はテントから出て大声で叫ぶ。
「みーんなー!!雉子ちゃん特製カレーができたよぉー!!」
鬼ごっこをしていた賀蓮と雅就はすぐにテントに入り席に着く。続けて龍座達が入り席に着いた。
そして最後に貴寿が悔しそうに入ってきた。
「チッ、全然釣れやしねぇ!魚の気配もねぇ!クソつまんねぇな!」
乱暴に椅子を引き座る。
「そんなことは言わないの、貴君。さ、カレー食べてリフレッシュしよう。」
雉子は飯盒で炊いた白米が入った8皿にカレーを入れ配る。
「さぁ、召し上がれ!」
雉子も椅子に座る。みんな手を合わせ、
「いただきます!」
と言うと、カレーを食べ始める。
「美味しい!このカレー商品化出来るレベルですよ。商品名は『雉子姉さんの特製セクシーカレー』ってどうかな?那妃ちゃん?」
「瑛美ちゃん、それターゲットが成年男性になってる。老若男女でお願い。」
「う~んと、じゃあ『雉子』ってどう?パッケージ背景は雉子さんが水着姿でエプロンしてお玉持って笑ってるの」
「インパクトありすぎ。てかターゲット層同じじゃん。ダメでしょ、商品化は却下。」
「ごめーん、雉子さん。商品化できないって。」
「いいのよ。売るつもりないし、みんなが食べればあたしは嬉しい。」
雉子はカレーを頬張る。おかわりするものが大多数でカレー鍋は底着いた。
「ところで、那妃ちゃん依頼終わった?」
隣にいる賀蓮は水を飲む。
「まだ終わってないわ。」
「はぁ?さっさと終わらせろよ。帰れねぇじゃねぇか!」
貴寿はしかめっ面な顔をする。
「まぁまぁ、貴ちゃん。そこで、あたしのアイデアなんだけど、みんなで一緒にやらない?」
全員、瑛美を見る。瑛美は気にせず、
「みんなとやると力が倍になるでしょ。成功できるかも。」
「・・・ ・・・ ・・・。」
テント内は沈まり、さすがの瑛美も那妃を見る。那妃はため息をつくと
「ありがとう、瑛美ちゃん。あたし一人で再開するわ。」
那妃は席を立とうとしたとき、
「・・それ名案だね。これを皆ですれば成功できるかも。」
龍座の発言で皆、彼に視線が集まる。龍座は手帳の中から折り畳んだメモ用紙をテーブルの上に置き広げる。
縦数行程の詩みたいなものだった。みんなそれを読み吹き出す。
「何これ?中二病満載な文章・・・。」
メモ用紙を読んだ那妃は呆れている。龍座以外の皆はクスクスと笑っている。龍座は咳払いし、
「これはね、叔父が発見した古文書の一文。儀式的なことをするために使用する祝詞みたいなもので、成功したら凄いことが起こるらしい。やってみる価値はあるのでは?」
龍座は真顔で那妃を見る。
那妃は1分程考えため息をついた。
「フーッ、あたしの知る限りのことは全部失敗したわ。もう後がないあたしにとって最後の望みなのね。」
長嘆息をした那妃はメモ用紙を嫌そうに、手に取った。