燈洞川(とどがわ)①
深緑の中、十一人乗りマイクロバスは曲がりくねった国道を走っている。後部座席まで荷物で溢れかえっていた。
中部座席の真ん中に巫女衣装を着た一つ結いで黒髪が腰まである秋川那妃が静かに目を閉じている。
右隣に那妃のクラスメイトで風貌がお嬢様っぽい夢宮賀蓮が那妃の左隣にいる青色のベリーショートでつぶらな瞳をしている鳥井瑛美に喋りかける。
「瑛美さん、随分バッサリと髪を切ったね。何かあったの?」
「何もないよ~賀蓮ちゃん。それよりも賀蓮ちゃん、髪フワフワカールでカワイイ‼️」
キャピキャピした瑛美がネオソバージュの賀蓮の頭を遠くから指差す。
その時、急な左曲がりとなり瑛美が前の座席に座っているラグビー体系でガタイの良い大男の頭に指が当たる。
「ごめん、貴ちゃん。」
瑛美は両手を合わせる。ギロッと瑛美を見たが腕を組みまた前を向く。
この男、高校一年生の森峰貴寿は高校ラグビー部のエース的存在であるらしい。背が一九○以上もあり筋肉質。性格は喜ばしいものではない。少々乱暴者で周囲はそう認知している。だが、本人はそこが力強く男らしいとおもっている。スポーツ以外の勉学は赤点ギリギリである。
貴寿の隣には乗ってすぐにスマートフォンからメールを誰かとやりとりをしている特徴がない好青年が座っている。男性は姿勢良く上品そうに見える。貴寿に謝って景色を見ている瑛美のことを報告しているようだった。
その隣に鼾をかいて寝ている十歳の星崎雅就。まだ幼いが、顔が渋く濃いダンディーな顔立ちである。賀蓮はこの顔を見ると拒絶反応を示す為、雅就とあまり関わりたくないと思っている。
「まだ着かないのかな?燈洞川キャンプ場」
運転している大学二年生でイエローゴールドのロングカールのポニーテールをした神矢雉子がため息をつく。グラビアモデル並みのプロモーションで妖艶さを醸し出す。
「あと一五分くらいかと・・・」
手帳を見ながら高校三年生の永吹龍座が答える。長めのツバで個性的な青と赤の迷彩柄キャップを被っている。服装もそれに合わせている。
「えーっ‼️まだなの?」
雉子はハンドルを握り締めた。
雉子はアクセルを踏みスピードをあげ、勢いよく左カーブを曲がる。その反動でシートベルトをしているにもかかわらず、大きく揺れ隣にぶつかる。瑛美の右腕が那妃に当たる。だが那妃は微動にせず眼を瞑ったままである。
「那妃ちゃん、ごめん!」
瑛美の声にも反応しなかった。辺りは静まり返り雅就の鼾が響き渡ったのだった。
その後十五分過ぎまで曲がりくねりながら、右折したマイクロバスは砂利道を走る。今度は隣にぶつかりそうな揺れである。那妃は全く揺れていない。揺れながらスマートフォンを見る者、手帳を読む者、そして首を大きく振りながら寝る強者。貴寿はドアに思いっきり頭に当たり呻いている。賀蓮と瑛美は気分悪そうに口に手を当てている。運転している雉子は上機嫌に鼻唄をしていた。
マイクロバスはやっと動きを止めた。早速と瑛美と賀蓮はすぐバスから降りて薄暗い男女兼用トイレへ行く。頭を抱えながら貴寿も降りた後、スマートフォンを操作しながら男性も降りていった。龍座もしばらくして手帳を閉じて助手席から降りる。
雉子は運転席から降りて、運転席側の前部座席のドアを開ける。雅就は鼾をかいている。
「起きて雅くん。」
雅就の体を揺する。何回も同じ言葉を繰り返すとようやく目を開ける。
「・・・あと少しで檻に入った大きな猿にやられるところだったよ~」
意味不明な夢を見た雅就はすぐバスから降りて兼用トイレに入る。雅就を見送ると、
「那妃ちゃん、着いたよ。」
中部座席の真ん中に座って瞑想中の那妃に声をかける。那妃はまだ無反応のまま。雉子は動ぜずトランクを開け荷物を取り出し始める。那妃以外みんな手分けして荷物を川辺まで運ぶ。
運び終えバスに戻る面々、未だに那妃は目を瞑ったまま。
「那妃ちゃん、水着に着替えるから入っていい?」
賀蓮が入ろうとすると、那妃はカッと目を見開き左を向くと静かにバスから降り歩きだす。
荷物置き場から更に左奥の大岩に立ち目を瞑り出した。皆この行動に呆気にとられ言葉を失う。
「さ、水着に着替えたい人は早く着替えてね。」
雉子が「パン」と手をたたく。賀蓮、瑛美、雉子、貴寿そして雅就の順にバスの中で水着に着替えた。
ここは栄路県菱豆郡猫目村唯一のキャンプ場。猫目村は県庁所在地飯都市から北東部に位置する。
高速道路を一時間弱走りインターチェンジに降りて国道を約二時間半かかる。ほぼ山しかなくポツンポツンと集落がある。人口も県内一少なく約二二○○人程。八十歳以下は百人にも満たない。
特産品は山菜や椎茸など山の恵みと、この村が源流の燈洞川の川魚。
キャンプ場にも流れている一級河川の燈洞川は大きな岩石が点在して、水深は浅いところ深いところもある。
ホタルも有名で光が大きく訪れる人々を魅了する。
こんな長閑な村に一週間前から燈洞川キャンプ場に異変が起こり始める。
急に川の水が噴射して水柱が出来たり、キャンプ場に面している川が干上がるなど川の怪奇現象が起こる。時間も定まっておらず村人たちは恐れをなしてキャンプ場を閉鎖する。
興味本位で訪れる輩たちが勝手にキャンプ場に侵入するが怪奇現象を見た者誰ひとりいない。
怪奇現象が偽情報ではないのかと言う者が増え、村役場にいたずら電話など絶えず鳴り響く。
この事を重く受け止めた村長は怪奇現象を証明するため浄霊が得意な秋川那妃の自宅を訪れたのだ。
それはキャンプ場に行く三日前の午前のこと。世間では夏休み中盤ハ月上旬。
猫目村の村長は大きな朱色の大鳥居をくぐり抜けた。約三十メートルある砂利道の参道を歩くと不揃いな急な石段が目に入る。石段は五二段くらいあるらしい。一般的なビル四階の高さである。村長は見上げ、先が見えない階段にため息をつく。
これまで誰ひとり見かけないことを理解した村長は深呼吸し、一五分ぐらいかけ階段を登り終えた。
那妃の自宅は禮鶏神社の境内にある。自宅の隣には鶏小屋がありニワトリの品種の一つ東天紅オス一匹、メス一匹と小国鶏メス一匹がいる。
長く鳴く美しい声を持つ東天紅のオスは静かに村長を見ているようだった。
村長は一呼吸し咳払いする。モミジの木で出来た『秋川』の表札に目をやる。その右にあるチャイムを鳴らす。
「ピンポーン!」甲高い音である。
「はーい!!」
すぐに女性の声が応答する。バタバタと走る音が引き違い戸の玄関に近づく。
「ご用件は何でしょうか?」
右戸が開く。巫女衣装の秋川那妃だ。
中学三年生で高校受験の勉強をしているかと思ったが全くその気配がない。端正な顔立ちで凛とした眼で村長を見ると、
「ご依頼ですね?こちらでどうぞ。」
那妃は引き違い戸を閉め、スタスタと本殿側に歩く。
禮鶏神社の主神は国津神の女神である。ご利益は全部だが魔除け、厄除け、勝負事に特化している。
代々秋川家が神主を受け継ぎ、約一六○○年ぐらい続く由緒ある家系である。秋川家は悪霊退治ができ莫大な報酬をとることで有名。
那妃は稀にみる巫力(霊力みたいなもの)が強い。稼業を継いで五年たつが些細な依頼(無くした物を探すなど)を含め百件以上も解決している。
報酬は依頼のレベルによって違うが高額。最低でも五千円からであるが依頼相当な物品でも良い。
木造建築の平屋に着いた。那妃は解錠し草履を脱ぐ。すぐ右の引戸を開け、
「どうぞ中へ」と村長を呼ぶ。
「お邪魔します。」
と村長は靴を脱ぎ部屋に入る。艶々な木製ローテーブルと茶色のロングソファーが二つ、床はフローリングでワックスで光っている。壁周辺は頂き物なのかウイスキーやら高級絵皿など豪華な品がガラス戸棚の中に見栄え良く収納されている。
「お座りください。」
那妃はソファーに座っている。村長は座り名刺を差し出す。名刺をパッと見て那妃は村長の目を見て言った。
「ご依頼はテレビでの件ですね?川に異変が起こった・・・」
「そうです。水柱が出来たり、川の一部が干上がったりしていたんです。私たちがキャンプ場でバーベキューをしている時に。」
「その調査の依頼ですか?」
「そ、そうなんですが・・・。その異変は二日間しか発生しておらず、テレビで大々的に報道され訪れた観光客が何も異変がないことでガッカリして帰って行く。ネット上でデマではないか、客寄せのためのツリではないのかと書かれ、村役場にそんな電話が鳴りやまず困っています。そこであなたの力でその現象を引き寄せていただきたいのです。」
村長はハンカチを出し額の脂汗を拭う。
「・・・つまり、調査しながら水柱などの現象をしてほしいと?」
「ええ・・、まぁそうことです。依頼料は今ありませんが必ず払いますので!」
村長はテーブルを両手につき頭を下げる。
那妃は引き寄せを今までしたことがなく右の額に手を充てる。