ゴーレム殲滅戦(運動場)
妻が病死して十年になる。
それからずっと男やもめで気楽な一人暮らし。子供もいない。できる前に妻がこの世から消えてしまったから。
別に寂しくはなかった。そう感じていなかった。どこかで妻を忘れようとしていたのだろう。
その女の顔をみたとき妻を思い出した。
俺は神人こよりの担任。名前はまだない。三十五歳の独身で彼女もいない。女は死んだ妻でもうたくさんだ。
おっと脱線した。木の精霊ドライアドのことだ。ダンジョン化した学園で生徒を守るため、生徒のこよりからもらった契約サーヴァントを職員室で呼び出した。
「ドライアド!」
ぴかっ
第一印象は、なんてキレイな女だ。そして気づく。死んだ妻とどこか似ていることに。本契約には口づけをしなければならないことは知っていた。
初日に張本人の生徒のこよりが別のドライアドを呼び出してチューされてたからな。さすがに教師が生徒の前でキスするわけにはいかない。
「ドライアドです。末永くよろしくお願いします」
「ああ。すまないが本契約は少し待ってくれ」
「わかりました」
「すまないな」
結局、夜まで本契約を伸ばしてしまった。俺は宿直室でドライアドと二人になる。何を話したらいいのだろう。いきなり「じゃあキスするか」なんて変態すぎる。
するとドライアドが畳に膝を下ろし、指をそろえて頭を下げた。これは土下座だ。
「マスター。どうかわたしと契約してください」
「ちょ、土下座するほどのことじゃないだろ」
「もうすぐわたしは消えます」
「え」
「呼び出されて契約してもらえないカードはこの世から消えます。期限は半日です」
「それを先に言えよ」
まったく。もうすぐ自分が消えてしまうのに。苦しいだろうに俺のことを考えてギリギリまで耐えてしまうなんて。本当に亡くなった妻にこいつは似ている。
「じゃあ、するぞ」
「はい」
ちゅっ。
まるで中学生みたいなキスをした。女とキスなんて十年以上してないから、なんだか恥ずかしくなってきた。
「あー、キミはなんて呼べばいい」
「マスターのお好きなように」
「うーん、ドライアドは種別だしなぁ」
「あと俺のことも好きに呼んでくれていいから」
「はい。あなた」
「っ」
それは反則だ。その呼び方は妻が俺を呼ぶ時のものだ。駄目だ、もう我慢できない。涙が止まらない。そんな俺の姿をドライアドは静かに見守ってくれていた。
「森恵」
つい妻の名前を口にしていた。
「はい。あなた」
「あ、違う!そうじゃない!!」
「森の恵で森恵ですね。とてもよい名前です」
「お前は死んだ妻の代わりじゃないから」
「でも、わたしは気に入りましたよ」
「でも嫌だろ。前の妻の名前なんて」
「そんなのわたしが忘れさせてあげます」
「お前、強いな」
「はい。それにわたしは死にませんから」
「っ」
「命令だ。俺よりも先に逝くな」
「わかりました。あなた」
急に照れくさくなる。森恵に背中を向けて布団を二組、畳に敷く。もちろん別々だ。
「明日も早い。さっさと寝るぞ」
「あなた。もう一つ大切なことを伝え忘れていました」
「今度はなんだよ」
「朝までに抱いていただかないと、わたし消えてしまいます」
「なんで!?」
「そういう設定なのですから仕方ありません」
「設定って」
「ああ、わたし、約束も守れずに消えてしまうのですねヨヨヨ」
「おまえ、けっこう腹黒いな」
「女は好きな男の前では子供になるのですよ」
「もう年だから一回だけだぞ」
「はい。毎日お願いします」
「体もたねえよ!!」
ちゅんちゅん
朝か。結局、三回もハッスルしてしまった。腰が痛い。森恵、すまん。心のなかで亡き妻に謝る。俺はこいつと生きるよ。
なに言ってるの、遅いくらいよ。
妻の声が聞こえた気がした。
俺は神人こよりの担任。生徒の前で癖で「森恵」とドライアドを呼んで冷やかされた自称イケオジ。
学園ダンジョン化 三日目 午後
「森恵!ガードだ!!」
「はい、あなた!!」
運動場からゴーレムが向かってきた。ゴーレムの岩でできた体で突っ込まれたら校舎がもたない。
ドライアドの木の枝をクッションにして、ゴーレムの体当たりから校舎を守る。いかん、ゴーレムの数が多すぎる。すべてはガードできないぞ。
「トールハンマー!!」
トールの雷光がゴーレムの額に刻まれた文字を撃つ。ゴーレムは倒れたまま動かなくなった。
「ウォーターカッター!」
「ウインドカッター!!」
「ガードダブル!!」
ウンディーネ、シルフ、こよりのドライアドも到着した。これで安心だ。
「増援か。助かった!!」
「先生、引き続きガードお願いします!」
「任せろ!」
これでゴーレムはすべて倒されるだろう。おや何か落ちてるぞ。これはサーヴァントカードじゃないか。
「雪の精霊・スノウホワイトか」
「あら、あなた。もう浮気ですか」
「しねぇよ!!」
サーヴァント維持に一日一発しなければならないのに、二体なんて自殺行為だ。性欲の有り余ってるこよりに渡そう。
「森恵!新しいゴーレムがまた来たぞ!」
「はい、あなた!」
こいつと出会えたダンジョンには感謝しないといけないのかもな。
はい異世界シニアです。
そろそろネタがなくなってきましたよ。
次回、学園ダンジョン。四日目・午後(仮)