ゴブリン襲来(職員室)
「神人こより。恥ずかしながら帰ってまいりました!」
ここは都立第一学園・中等部の職員室。元気に挨拶するボクの前には頭を抱える教師がいた。
椅子の背に木製のハンガーがぶら下がっていた。いまどき珍しい。まったく相変わらず昭和なんだから。
「こより。お前さあ」
「なんですかぁ、先生」
「三年になって半年もしてから学校に来るなよ」
「えー、事情は知ってるくせにぃ」
そう。ボクは三年生になった初日にトラブルにあって、翌日に転校しなければならなくなったのだ。しかも女子校に。
「事情は知っている。それはいい」
「何か問題が?」
「お前の。その。左右の。女子は。なんだ」
「あー、抱っこちゃん?」
「嘘つけ!!」
ボクの左右の腕には同じく転校生の女子二人が抱きついていた。
「わたくしは帝織姫ですわ」
「わたくしは七夕短冊と申します」
「わかってますよ、お嬢様がた」
「あー、もういい。お前ら三人は俺のクラスだ。くれぐれも問題を起こすなよ」
「「「はぁい」」」
まったく返事だけはいいんだよな。ブツブツ言いながら先生は後ろをむく。この小言も聞くのは半年ぶりで嬉しくなる。
心のなかで「短い間ですが、よろしくお願いします」と頭を下げる。
「行こうか、二人とも」
「はい!こより様!!」
二人はボクが女子校に通っていた時のクラスメイトでガールフレンド。本当にボクを追って転校して来ちゃった。
織姫ちゃんは神戸の帝財閥の一人娘。短冊ちゃんは公家の七夕家の一人娘だ。だから二人とも権力と財力はもんのすごいある。
ズゴゴゴゴゴゴゴゴ
地震だ。これは大きい。二人の頭を抱えてしゃがませる。
二分ほど気持ちの悪い揺れをしたあとに地震は収まった。なんだろう空気が重い。まるで学校の雰囲気が丸ごと変わった感じがした。
ダダダダダダ。誰だよ大人数で廊下を走ってるのは。危険があぶないだろ。次の瞬間だった。
バシャーン
職員室のドアが勢いよく蹴破られた。なんだ昭和の校内暴力か。その犯人の姿をみたボクは目を疑った。
紛れもなくゴブリンだった。
緑色の肌
小さい体
長い鼻
飛び出した眼
鋭い歯
口から垂れるヨダレ
なによりも臭い。鼻が曲がりそうな悪臭だ。それが十匹以上いた。手には棍棒を持っている。
コスプレとか撮影じゃない。間違いなく本物のゴブリンだ。
「ギャア!!」
「きゃああああ!!!」
奴らは近くにいる先生たちを襲い始めた。ゴッゴッと鈍器で人を殴る音が職員室に響き渡る。
「ひぃいいい!!!」
「助けてぇ!!!」
隣の織姫ちゃんとアイコンタクトをする。コクリと頷く彼女。
「短冊ちゃん。ここにいて」
「ご武運を」
「うん、行ってきます」
ヒュン。次の瞬間、目の前の数学教師を襲うゴブリンに飛び蹴りを食らわす。ゴシャ。そのまま壁に叩きつけられたゴブリンはピクピクと体をひくつかせていた。
「阿」
後ろでは織姫ちゃんが別のゴブリンの顔面に右の足刀を食らわしていた。相変わらず高級そうな白いレースのおぱんつだね。
ボクに向かって二匹が同時に突っ込んでくる。一匹目の振り下ろした棍棒を受け流し、地面に空振りさせる。同時にガラ空きになった胴体に中段突きをキメる。
倒れ込んだことを目の端で確認。二匹目との目測を確認する。そして右足をまっすぐ突き出す。
「ギャ!!」
「覚えておきな。手よりも足のほうがながいんだよ、ボクらは」
ボクは皇流拳法の全国中学生大会。略して全中の一位。織姫ちゃんは女子一位。たとえモンスター相手でもゴブリン程度なら敵ではない。
キャア!!
しまった。短冊ちゃんが狙われた。振り向くとゴブリン一匹が短冊ちゃんに襲いかかるところだった。距離が遠い。間に合うか。
シュパ
次の瞬間、ゴブリンの首から鮮血が噴き出した。そのまま床に倒れ込む。絶命していた。
「あら。模造刀なのにけっこう切れるものですね」
さすが公家様。護身用なのか、それとも自刃用なのか。明らかに刃はついてるし国宝レベルだよね、それ。
他の教師たちは不審者撃退用のサスマタでゴブリンを抑え込んでいる。あらかた片付いたか。
グゥオオオオオオオオオオオオン
その時、雄叫びがした。職員室の入り口を壊しながら入ってきたのは巨大なゴブリン。
ゴブリン・リーダーだった。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
デカい。全中の決勝戦で戦ったアメリカ人のクリス・ガーランドよりも大きい。ボクと比較すると大人と子供くらいの差がある。
「素手だとさすがにキツイかな」
リーダーから目を離さず、担任の席まで移動する。
「ヤレるか。こより」
「先生が協力してくれるなら」
「応援しかできんぞ」
「じゃあ、これ頂戴」
「ハンガーか。どうするんだ」
「こうするのさ」
ボクは先生の木製ハンガー二つを目の前で構える。
「阿!!」
気合を入れる。ヒュン。右手のハンガーを手首で回す。ヒュン。左手も回す。今度は腕をクロスして回す。徐々に回転を上げていく。
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン
「お前。それ」
「破!」
「ハンガーヌンチャクかよ!!」
「カッコいいでしょ」
「お前ほんとに平成生まれか」
「失礼な。ピチピチの十五歳ですよ」
スタスタとゴブリン・リーダーの前に立つ。
「待たせたね。さあヤろうか」
「グァラララララ!!」
リーダーの右の大ぶりなパンチがボクを狙う。そんなどこを狙うかバレバレなテレフォンパンチ当たるかよ。
体を斜めにして避ける。すかさずリーダーの右腕の関節に木製ハンガーの硬いところを叩きつけた。
「アチャ!!」
「ギャン!!」
はい。もう右腕は使い物にならなくなったね。右腕をかばいながら後退するリーダーの前に立ち、ボクはヒュンヒュンとハンガーヌンチャクを構えなおす。ピシッと。
こいつ。まだ戦意を失ってないな。こうなったら最後までヤるだけだ。
今度は左手で薙ぎ払ってくる。
そのまま壁に叩きつけるつもりか。しゃがんで避ける。ガラ空きの左胴体にハンガーヌンチャクをたたき込む。ベキッと骨の折れる嫌な音がした。
ギャアアア!!!
お前うるさいよ。すかさず右で顎を打ち脳を揺らす。そのまま左で脳天をかち割った。
ズウウウウウウウン。
リーダーは白目を剥いて絶命していた。
「「こより様」」
「二人ともよく頑張ったね」
「素敵でした!」
「わたしも濡れてしまいましたわ!」
え?どこが?
「こより様。あれを」
短冊ちゃんの指さす方をみる。ゴブリンたちの死骸が消えていく。そしてリーダーも。
リーダーの死骸があったところには一枚のカードが落ちていた。拾う。サイズはトレーディングカードくらいの大きさで、キレイな女の人の絵が描いてあった。樹木を背景に花を愛でているポーズだった。
「キレイな女の人ですわね」
「まるで木の妖精みたい」
「木の妖精。ドライアドかな」
ピカッ!!!
カードが光る。いつのまにかボクの前に絶世の美女が立っていた。
「マスター。ドライアドお呼びに従い参上いたしました」
「え、え、え」
「さっそく契約をいたしますね」
むちゅーーーーーー。
ボクはドライアドに抱き寄せられてキスをされた。
ここ学園の職員室だってば!!!
チャキッ
目の端で短冊ちゃんが小刀を構えているのが見える。それシャレにならないからやめて。
はい異世界シニアです。
いろいろなダンジョン物のコミカライズを読んできました。シリアス物、ゆるふわ物、そして大好物なのがハーレム物です。
世界にとつぜんダンジョンが出現する。そこまでは普通。では舞台をダンジョン化した学園にしたらどうなるか。そこまでも何作か「なろう」でもヒットしました。
いろいろと普通でない設定を考えました。
・転校初日
・減らない水と食料
・ボスを倒すとドロップするサーヴァントカード
・それでいて事件解決まで七日間
などなど。
サイドジョブ、こよりトランスレーションをお読みの方は気づくかもしれませんが、これはこよりトランスレーションの後日談となります。
今度はこよりくんにちょっとダンジョン攻略をしてもらうことにしました。
次回、ダンジョン学園。二日目・スライム討伐。
水の精霊降臨。