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第7話 真実

 

 ユリウスから一通り説明を受けた後、さっそく館の離れにある建物の地下へと降りていった。この場所だけ本館よりも警備が厳重で、侵入者を警戒しているというよりも地下の何かに対して態勢を取っているように見えた。


「紹介しよう。妻のイルローザだ」


 猛獣の檻相当の極太の格子の先に見える真紅の双眸。

 ろうそくの明かりが牢獄の奥まで届いておらず、こちらを凝視している赤い瞳だけが暗闇に浮かんでいる。


「ゴァァァァッ!」


 およそ人の発する声量ではない。

 獣じみた叫び声とともに一気に格子にゴンッと鈍く重い音を響かせた。


「〝カルテタバルの呪い〟ですか?」

「──そうだ」


 一呼吸の間をはさんでユリウスが答えを吐き出す。

 数百年ほど昔、当時、魔術の深淵を覗いたとされる大陸随一の賢者と褒め称えられたカルテタバルによって作られた禁術。晩年、奇行が目立ち、死ぬ間際に己の指を呪いのアイテムに変えて命を落としたという。それが穢哭呪骸(モルオクス)「カルテタバルの13本(・・・)の指」。


 もし、本物のカルテタバルの指を使ったのであれば、解呪は不可能。すでに何回も何十回も試してダメだったのだろう。それで死を(こいねが)ったというわけか。


 しかし、簡単に死を与えられないのが、このカルテタバルの指の厄介なところ。

 物理なり魔法なりあらゆる攻撃を加えると、呪詛対象者のもっとも近い位置にいる人間に同等の攻撃が加わる。そして、呪詛対象者は不死の呪いによってカラダが高速再生される。これまでこのクエストに挑戦したものは炎に焼かれ、視えない刃に切り刻まれて死んでいったそうだ。


「どうする? 辞退しても責めはせぬが?」

「いいえ、やります。お任せください」


 特に問題ない。

 そもそも不死の呪いという定義が間違っている。

 私の予想が正しければ……。


 ユリウスに頼んで、ユリウス本人と老執事には、地上階に上がってもらった。

 イルローザを天に還すためには、身に着けている白磁色の全身鎧が邪魔になる。


 牢獄の奥に血が滴る生肉を投じてイルローザがそれに貪りついている間に施錠を外して中に入った。すぐにハイビスに外から施錠してもらい、万が一、私が倒されても外に逃すことはない。


 私の愛剣もハイビスに預けてある。

 今、手にしているのはユリウスから借り受けた直剣の一振りのみ。


「ブギャァッ! ゲヴェ!」


 私の侵入に気づいたイルローザが私に襲い掛かる。

 私は飛びかかってきた黒い塊を無数の斬撃で迎撃した。


 やわらかい木の実を切り刻むようにイルローザが細切れになるが、私は手を止めない。同時に無数の視えない刃が私のカラダを襲う。だが、私の愛剣ならいざ知らず今、使っているヤワな剣では私が傷つくはずもない。


 ──これだ!


 何十にもバラバラにした肢体の中で左脚の大腿部あたりに「指」を見つけた!

 カルテタバルの指を念入りに切り刻む。

 それでイルローザの体は元に戻らなくなった。


 鎧を着ている間にハイビスに頼んで、上にいるこの館の主を呼びに行ってもらった。


「本当に殺せたのですか?」

「ええ、ですが、奥様はずいぶん昔に亡くなられてあの姿は奥様の肉体を冒涜していた呪いでしかありません」


 そう説明した上で、呪いの指を使ってイルローザ婦人に呪いをかけたのは誰かと尋ねる。


「それは……」

「失礼します。こちらが報奨金の白金貨117枚になります」


 ユリウスの返答を遮る形で、老執事が鞄を開き白金貨を私に見せた。


「いえ、まだ解決していません」

「と申されますと?」


 老執事が怪訝そうな表情で私を見る。


 たしかに依頼は達成した。

 だけど、本当の意味での事件の解決には至っていない。


「失礼ですが、世継ぎやご親族はいらっしゃいますか?」

「──いや、私がこの世を去ったら、爵位と領地は王国に没収となる。しかし……」


 ノートルゼム家の土地以外の資産は亡くなったイルローザの親族に半分は譲渡されることになるという。


「その親族の中にコーエン殿がいるのですか?」

「はい。イルローザ様は私めの養女ではありますが、ユリウス様に誠心誠意お仕えする身。ユリウス様に対して、そのような不義を働くなどけっしてございませぬ!」

「そうだ。コーエンは父の代から仕えている信任が厚い男。断じてあり得ぬ」

「そうですか。ではひとつ確かめさせてください」


 拾っておいたバラバラになったカルテタバルの指を袋から取り出す。

 それを上位白銀狼(アーク・フェンリル)のマルに嗅がせると、鼻をできるだけ高く上げて、匂いを辿りながら移動を始めたので、皆でマルについていった。


「アウッアウッ!」

「この部屋はなんですか?」

「──私の私室になります」


 マルがやってきたのは、執事長コーエンの部屋。

 扉を本人に開けてもらうと執事にしてはずいぶんと豪華な造りの部屋だった。

 扉が開いた瞬間、マルが部屋の中に入り、奥の壁をガリガリと前脚で掻きはじめた。


「コーエン、貴様……」

「申し訳ありません。ユリウス様」


 コーエンの部屋の奥には壁が偽装された隠し戸棚があり、しまってあった小箱の中からカルテタバルの13本(・・・)の指の1本が見つかった。


 やけに諦めがいい。

 コーエンが犯人だと思っていたが何か他にもあるのかもしれない。


「では、事情をお聞かせ願いますか?」

「一生、隠し続けるつもりでございました……」


 コーエンがポツポツと真相を語り出した。

 コーエンの養女でユリウスの妻であるイルローザが、ユリウスに呪具を使って呪いを掛けようと儀式を行っていたこと。そしてその儀式をコーエンが邪魔したこと。邪魔をしたせいで呪いがユリウスではなくイルローザにかかってしまったことを説明した。


 怒りと悲しみ。虚無感。苦しみ……。いろんな感情がユリウスの表情をより複雑にしている。


「コーエンとはこの後、ゆっくり話したいと思う。その前にアルコ殿……」

「はい」


 報奨金だけでは、この真実を突き止めた礼としては足りないと話す。

 ならばと思い、ひとつお願いしてみた。


「もしよければ、報奨金はお返しして魔法の箱庭(マジックキューブ)をお譲りいただけないですか?」

「そんなもので良いのか?」

「ダメ……ですか?」

「いや、すぐに用意しよう。報奨金は私の気持ちだ。受け取っておいてくれたまえ」


 それだと今度はもらいすぎだと断ろうとしたが、押し切られる形となった。


 結局、最後までコーエンさんの気持ちは私にはよく理解できなかった。

 なぜイルローザ夫人が犯人だったことを(あるじ)に黙っていたのか?

 彼女を守りたかったのか、それとも別の理由があったのか。


 ただひとつ言えるのは、ユリウスもまた、その答えに気づいていてなお、現実に向き合えない苦痛の表情だった。


 ユリウスは沈黙のままコーエンを見つめ、やがて小さく息をついた。


「……コーエン、これからゆっくり話そう」


 その言葉に、コーエンはまるで覚悟を決めたように深くうなずいた。

 そして二人は、重い真実を抱えながら、静かに館の奥へと消えていった。


 私は手の中の「魔法の箱庭」を見つめながら、この事件の結末をじっと噛み締めていた。


 正義とは、裁きとは、そして許しとは──。

 その答えを見つけるのは、これからの二人に委ねられるのだろう。






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