第6話 私の●を殺してほしい
ハイビスの服と石鹸を買って宿屋に泊まることにした。
「今日はもう一部屋しか空いてないけど、ベッドが一つしかないよ」
「ええ、それでかまいません。ハイビスも大丈夫ですか?」
「わっ、私は大丈夫です」
ハイビスの顔がピンク色に染まっている。床に向けた視線が左右に泳いでいて、私の方を見ずに返事をもらった。
「ふーん、ダンナもいい趣味してるねぇ」
「……何がでしょうか?」
「さあね、はいこれ。2階に上がって突き当りの部屋だよ」
宿屋のたくましそうな女主人が胡乱気な目に見送られながら宿屋の2階に上がった。
「では、下で湯をもらってきますので寛いでいてください」
「はっはい!」
なんかやけに緊張している。
宿屋に泊まるのは初めてなのだろうか?
かくいう私もアーテから話を聞いていただけで、宿屋に実際泊まるのは初めてなので気持ちはわかる。
桶に溜めた沸かした湯で湯浴みをしてもらう。
「どう……でしょうか?」
「とても似合ってますよ」
泥と埃にまみれた姿が見違えるような可愛らしいお嬢さんに変身した。
薄桃色に染めた頬で、上目遣いで私を見上げる。
女性は褒めよ。
褒めて褒めて褒め倒せば、より美しくなると酔ったアーテが力説していた。
「さて、そろそろ休みますか?」
パンと豆、塩漬け肉といった携帯できる質素な食事を取り、そのまま寝ることになったのだが……。
「アルコ様、なぜ床に?」
「私にとっては寝るという行為自体、大した意味を持っていないのですよ」
ベッドに横たわる必要がないので、ハイビスに譲って壁にもたれ掛かって休もうとした。
「寝る意味がないとは、どういう意味でございますか?」
「驚かないでください」
やはり私の本当の姿を見てもらわないと理解は得られなさそうだ。
それに早めにハイビスにはちゃんと私の正体を知ってもらっていた方がいい。
「私は見た目が骸骨の魔族なんです」
鉄面を取り素顔をさらす。
外見は人間の骸骨。あまり怖がらなければいいのだが……。
「ハイビスが怖がるなどありえません。アルコ様はハイビスの命の恩人。助けて頂かなければ路地裏で無残にこの命を散らしていました」
だからベッドで一緒に寝ましょうと言われた。──なぜ?
命令するのは忍びないが、彼女をひとりでベッドで休ませたいのではっきりと伝えた。
ハイビスはそれでも渋っていたが、疲れたのかしばらく経つと、寝息が聞こえ始めてきた。
次の日、もう一度、冒険者ギルドに顔を出すとやけに視線を集めているのを感じた。
原因は、私のそばにいる上位白銀狼のマル。
ぱっと見、白い子犬に見えるが昨日、変身するのを数多くの冒険者に目撃されているため噂が広まったのだろう。
ただ誰も声をかけてはこない。
見た目が騎士然とした格好の私と、子犬に見えるフェンリルの組み合わせなら仕方ないのかもしれない。
目的は金稼ぎ。
ひとりならそこまで金を持っていなくてもなんとかなったが、ハイビスがいるので何かと金銭は必要になる。あと私的には気ままに世界を回りたいが、どうせ旅をするなら快適な方がいい。そのため、魔法の箱庭を旅立つ前に手に入れたい。
魔法の箱庭とは、携帯型の亜空間を所持できるマジックアイテムで、大富豪や大陸でもトップクラスの冒険者。権力のある貴族など限られた人間しか持っていないというとても貴重な代物。私が冒険者業で稼いで手に入れようとしたら何年、何十年とかかるかもしれないが、ある秘策を持っている。
危険なクエストはハイビスがいるため、受けられない。そのため、危険性がなく、かつ高額な成功報酬のついた依頼票がないかと探しているとひとつ良さそうなものを見つけた。他と違い、ずいぶんと色褪せた依頼票。
「7-00021を受けたいのですが?」
「はい、大丈夫です。ですが……」
冒険者ギルドの受付嬢の眉間がかすかに揺れた。
依頼内容「妻を殺してほしい」は、このピルキコの街を含む一帯の領主、ノートルゼム公が5年前に出した依頼で、公式受注件数37に対し、いまだに誰も成功していない最難易度の未解決クエストだそうだ。
「やるだけやってみます」
報酬は白金貨117枚。
依頼票の当初報酬30枚に何度も×をつけられ、3倍以上に跳ね上がっていた。
受付嬢に受注登録を済ませ、冒険者ギルドを後にした。
依頼場所は、この街の中心にあるノートルゼム公の屋敷。
ピルキコの街は、ノースエンドに最も近いせいか幾重にも市壁が張り巡らされており、いくつか壁をくぐり抜けた先にひと際大きな屋敷が建っていた。
屋敷の入り口でクエストを受けてきたことを説明した、建物の一室へと通された。部屋には重厚な調度品が並び、あまり居心地がいいとは言えない。しばらく待っていると、先ほど事情を説明した執事が再び現れ、その後ろから金銀の刺繍が施された立派な服を纏う男が姿を現した。年の頃は三十代前半といったところ。
男は鋭い眼光をこちらに向けながら、ゆっくりとした動作で椅子に腰掛けた。その顔には深い疲労の色が滲んでいるが、瞳だけは異様にぎらついている。まるで獲物を狩る獣のように、私たちを値踏みする視線を向けていた。
「初めまして、アルコと申します。この子はハイビス、私の従者です」
私が名乗ると、男はわずかに口元を歪めた。
「その身なりで冒険者とは、なかなか興味深いな」
「呪いのせいで兜を脱げず、失礼をお許しください」
「執事から話は聞いている。気にするな。それより——」
男は言葉を切り、ぐっと目を細めた。
「妻を殺せるのなら、たとえ魔王だろうと構わない」
「ユリウス様……」
執事が低い声でたしなめるように名を呼ぶ。しかし、ユリウスと呼ばれた男——ノートルゼム公は、まるで意に介さないかのように冷たい笑みを浮かべた。
「いいのだ、コーエン。本当のことだからな」
彼のその言葉には、深い絶望と後悔が滲んでいた。