第45話 なん、じゃと?
「アルコ、儂じゃ!」
「……」
「アルコ様、ご無事でしたか。アルコ様?」
「……」
儂とハイビスという少女の問いかけに返事がない。
意識を失っておるのじゃろうか?
それにしても、なんという途轍もない存在感。ただそこに立っているだけで圧倒されてしまう。儂やロダンといった勇者ですら、今のアルコからしたら人間と蟻くらい、その彼我の力量差がある。
倒れているのは、カルテタバルとヤツの配下らしき人物ふたり。アルコひとりで3人とも倒したのか? それにしてもアルコから感じる、禍々しい気配はいったいなんなのじゃ……。
「世界が終わるわ……」
カタニアがつぶやく。
以前、彼女が勇者パーティーに合流した夜に儂らに話した内容、それは。
アルコが冥界の男神アザレリウス。
冥界の神アザレリウスは古の巨人族を一人で滅ぼしたとされる神界の英雄。なぜそんな英雄が、この大陸の創世神であり、豊穣を司る女神と対立したのかは聖書には記録されていない。本当にアルコが冥界の神で世界を滅ぼそうと考えたのなら、その通りになってしまうだろう。だが、儂はアルコの友人である前に女神に選定された勇者でもある。力およばなくとも儂にはアルコを止める義務がある。
ゆっくりと、蟻の方がもう少し早く歩くほどに本当にゆっくりとこちらを振り返るアルコ。
──いかんの。アルコめ、視点が定まっておらんわい。暴走でもされたら、ここにいる者たち全員、跡形もないくらい吹き飛ばされてしまいそうじゃわい……。
「──っ。女神様?」
カタニアが天井を見上げる。
真っ暗な天井からカタニアに向かってわずかに光のカーテンが降りているのが肉眼でも確認できる。これはもしや創世神である女神からの神託。
「はい、喜んでこの身を捧げます!」
身を捧げる?
まさか、カタニアが依り代となって女神を降臨させるつもりなのかの?
──聖女カタニア。
この大陸でも最も女神に祝福されし乙女。
カタニアを使って降臨するのは、無い話ではない。しかし……。
高次元の意識を降ろしてはたしてカタニアは無事で済むのじゃろうか? いくら女神の寵愛をもっとも受けた者でも所詮は人間。身体が持たずに死んでしまわないか心配じゃ。
「──え? 私ではダメなのですか」
なに?
カタニアではダメじゃと?
彼女ほど適任は他におらぬはずじゃが。
もしや、カタニアを犠牲にしたくないので、他の者を依り代にしようと?
なら、勇者である儂を使えばよい。ロダンはいかん。あやつは儂の大事な後継者。この先、大陸に災いが降りかかったらそれを払う者が必要じゃ。
「そうですか。あの者ですね……わかりました。伝えます」
カタニアの視線の先には、カルテタバルの魔法で魔宮に閉じ込められた時に最初にあった兎人の獣人ハイビス。なぜ女神はあの者を選んだのじゃ……。
「慎んでお受けいたします。アルコ様が元に戻れるなら、私の命でもなんでもご自由にお使いください」
どうやら女神様ならアルコの意識を元に戻すことができるらしい。ただそれにはカタニアの身体ではなくハイビスの身体を使って現世に降臨しなければならないと話していて、ハイビスもそれを快く受け入れた。
「それではこれより究極の女神魔法〈神威顕現〉を行います」
カタニアが昔から肌身離さず身に着けている女神教のシンボルである首飾りを首から外し、ブローチの中に入っていた白い粉の塊を指で砕いて、ハイビスに振りかけ、魔法を唱えた。
「女神フリーエア様、灯火の光を辿り、ここにご降臨ください」
創造神、女神フリーエア。その名を口にできるのは聖女カタニアただひとり。彼女の魔法を受け、ハイビスが仰け反るように倒れると、ビクビクと全身を痙攣させはじめた。
目や鼻、耳などから白い光が漏れ出ておる。本当に大丈夫なんじゃろうか……?
これまでほぼ無反応だったアルコの身体が、急にもの凄い速さで振動しだした。確実に女神の降臨に関係する反応。もしや創世神話で語り継がれている33,333日にも及ぶ死闘がこれから繰り広げられるのじゃろうか。もしそうなれば、儂ら……いや、この大陸は荒廃した大地に変わり果てるやもしれん。
ハイビスの身体から出ていた光が収まると、仰向けに倒れていたハイビスが、膝も曲げず手も使わずに真っすぐふわりと立ち上がった。
「アザレリウスよ」
少女ハイビスの声が木霊するように聞こえてくる。女神が降臨した証。
冥界の男神の名を呼ぶ女神。恐ろしい速さで振動しているアルコ……男神アザレリウスが次にどう動くのか、儂らまわりにいる者が全員固唾を飲んで見守る。
「んもう! フゥちゃん、ずぅぅーーーっと、さみしかったんだからね⁉」
「ゴメンなさい。許して、殺さないで!」
「今度浮気したら、カラダと魂と心臓だけじゃなくて、100個以上に切り刻んで世界中にばら撒いてやるんだからーーーっ!」
「でも、他の女神とご飯を食べに行っただけなのに……」
「あん? てめー、なんか言ったか?」
「いいえ、なにも言ってません。フゥちゃんのこと神界一大好き、愛してる!」
「わかればいいのよ。もう、私もキミのこと、大好きダゾ♡」
なん……じゃと?
先ほどの高速振動は、アブナイ彼女に恐れ震えていただけとは……。
神々の会話によると大昔、浮気したと誤解された男神アザレリウスが、嫉妬に狂った女神フリーエアに●されたという、とんでもなくしょうもない内容だったことを話している。
まあ、アルコが無事ならこれでよかろう。
この大陸がどうにかならんかと心配じゃったが、蓋を開けてみればなんてことはない。ただの痴情のもつれじゃった。
これで一件落着……のはずじゃ。




