第44話 異変
魔王の間って、どこかわからないけど、カルテタバルの気配は私と一緒なのでそれを追えばいい。気配を消せないほどの傷を負ってしまったんだと思う。
エナロッテにカナサとサビラのことをお願いして一人、奥深くまで進む。途中で顔のない兵が湧き出てくるが、なるべく相手をしないようにしながら、なんとか到着した。
「オルド、緊急招集されたのはこの男のせい?」
「そのようだな……」
以前、潜伏している時に見た巨脚の女と3本腕の男。私を迎え撃つため、このふたりを急遽、なんらかの方法で呼び寄せたらしい。
「はやく蹴り殺して、帝国にトドメを刺しに行かなきゃ」
「シオロメよ、油断するな。彼は封神されているとはいえ、神の残滓。間違っても油断していい相手ではない」
私が冥界の神?
先代の魔王様には深淵の騎兵だと言われたが間違っていたというのか。3本腕の男がオルド、巨脚の女性がシオロメというらしい。
「ハァハァ……お前たち、その者を30秒足止めしろ!」
カルテバル──。
かなり傷が痛むのか、話すのもつらそうに見える。
魔王の間は広大な空間で入り口に立っている私から見て左右に天井まで伸びた柱が奥に並んで屹立している。玉座の奥に巨大な金属の装置がそびえている。金属の装置には無数の管が絡み合い、天井まで伸びている。これが兵器なのかアルコには皆目見当もつかない。
カルテタバルが、玉座を奥にひっくり返し、座って装置に両手を伸ばす。
ボオオオオオオオ、と大気が震えるような音が響き渡ると、神秘的なリズムで聞いたことのない曲を奏で始めて、ようやくあれが巨大な楽器であることに気が付いた。
音は低く、深く、そして力強くこの魔王の空間を満たす。
まるで音が生きているように感じ。目の前の巨大な装置が今にも意思を持って動き出しそうな気がしてきた。このまま傍観するのはマズい。カルテタバルの演奏を止めようと動いた瞬間だった。
「スピードでアタイに敵うヤツなんざいないんだよ!」
──本当に速い。
目の前にいたはずのシオロメの姿を見失ったかと思えば、すぐ真横に移動していて、蹴り飛ばされて、柱を二つ砕いて壁に激突した。
「そのままそこに縫い止めておいてくれ」
オルドが詠唱しながら、3本の腕で印を結ぶ。シオロメの猛攻を魂災堕天盾で受けているとオルドの魔法が完成した。
「〈深淵の歩兵〉」
2体の骸骨兵が床から水が湧くように現れた。
深淵の歩兵? 私の親戚のようなものか?
見るからに強そう。
ちょっと前までのロダンぐらいの強さはあるかもしれない。
「どうした? 戦え⁉」
召喚したのにピクリとも動かない骸骨兵。痺れを切らしたオルドが骸骨兵に近づく。
「くっ──!」
突然、背後に振り返って、骸骨兵……深淵の歩兵が2体ともオルドを襲い始めた。不意を突かれたオルドは腹と腕に剣を斬りつけられたものの、浅かったため、後ろに退いて体勢を立て直して、骸骨兵2体を相手に自らも剣を握り、戦い始めた。
「はん! こんなヤツ、アタイだけで十分だね⁉」
たしかに速さが段違いで、動きの追いきれない私は圧倒的に不利。──しかし。
「あぐぅッ! ──なっ、今どこから来た?」
私の百年も使い続けた愛用のスキル、百の動力。力だけでなく、もちろんスピードさえも100倍にすることができる。あまりにも速すぎるので、自分が向かう場所を事前に確認して、どのルートでそこに移動するか決めておかないと反応速度が振り切れているため、間違えたら壁に激突してしまいそうだ。
あっ、ひらめいた。
こんなに速く動けるなら、シオロメを無視して直接、カルテタバルを叩けばいいんじゃ……。
自分の視界すら振り切って、壮大な演奏に没頭しているカルテタバルの背後に移動した。たぶん、うしろではシオロメが私を見失ってキョロキョロと探しているはず。この空白の1秒ですべてが決する。
──ダメかも。
どんなにカルテタバルがこの大陸を破壊しようとしていたとしても、うしろから襲うなんて真似は私にはできない……。
1秒が過ぎようとした時、シオロメが気づき、割と私の近くで戦っていた3本腕のオルドも深淵の歩兵を無視して私の背後に迫っているのを感じる。
ズグュルュルュッ!
え……。
カルテタバルの背中から七色の光が突き出して、私の胸を貫いた。接近していたオルドとシオロメと入れ違うように後方へ吹き飛んだ私は、仰向けに倒れた。
熱い。煩い。臭い。痛い。気持ち悪い……。
およそ五感で味わうすべての負の衝動が私のカラダの中で暴れている。
しばらく悶え苦しんでいたが、ふと楽になる。──いや、楽になるというより何も感じなくなった。
自分が自分じゃないないみたい。感覚がなく、無機質な耳鳴りと不鮮明な白黒の映像を眺めているような感覚。思考が鈍く、自分という者が何者であったかさえ、忘れてしまいそうな喪失感。映像では、目の前にいる3本腕の男と巨脚の女性を一歩も動くことなく倒している。カルテタバルは背中にぽっかり穴が開いており、絶命していて、すでにまわりに動くものはなにもない。
「……ルコ」
誰だろう?
誰かが必死に叫んでいる。
ひとの名前?
ぼんやりとしていて、考えが定まらない。
ワタシ……ハ、誰?




