第43話 カルテタバルの秘密
✜魔宮内部での戦闘が始まる1時間前✜
(カナサ、ここから逃げるぞ)
(え、待って、なんで急に?)
(馬鹿、あのロダンが油断するのをずっと待ってたんだよ)
白の天秤の二人は魔法の箱庭内部でコソコソと脱出の話を始めた。
何日か様子を見ていたが、標的であるアルコとロダンが稽古をしているこの時間帯が一番逃走できる可能性が高い。
「おいおい! アイツらどこ行った? みんな探してくれ」
遠くでロダンの声が聞こえたが、かなり先行しているため、このままなら無事に逃げられそうだ。
「あっ! 待ってください⁉」
「ヤベっ、見つかった」
智獣がいる森を突っ切って魔法の箱庭の出口に向かった二人は、アルコに見つかった。とんでもない脚力であっという間にここまで辿り着いたらしい。背後から追いかけてくるがギリギリで出口に間に合い外に出た。
「──ん? アナタ達って、ロダンにしごかれてた連中じゃない?」
元魔王軍四天王である蜘蛛の女王。この女が魔法の箱庭を持って魔王城の中に侵入したのか。二人にまったく興味のない目。捕まえようとも思っていないので、ここから早々にずらかることにした。噂通り氷に覆われた極寒の世界だが、魔王城に侵入する話はロダンから聞かされていたので、事前にアシュレという帝国の研究員が開発した不凍薬を口にしておいた。
「あら、アルコ。私が恋しくなったの?」
「えっ、ちょっ、エナロッテ。今はこんなことしている場合じゃ」
「いいじゃない。ウサ耳もいないし、気持ちいいこと、しよ?」
箱庭の中から出てきたアルコを抱きしめて離さない蜘蛛の女王。やった。これで逃げられる。
「黒曜の魔宮」
「──っ!」
いきなり魔法が発動した。
ちょうどカナサとサビラの真横の柱。
その柱の陰から魔法を唱えた男が、姿を見せた。
あまりにも圧倒的な存在感。
今、動いたら殺される……。
二人ともピクリとも動けなくなった。
「いっけない、魔法の箱庭が⁉」
「誰ですか、あなたは?」
蜘蛛の女王が持っていたはずだが、今の魔法でどうにかなったらしい。アルコが男の正体を確かめる。
「カルテタバル、と名乗ればわかるだろう」
賢者カルテタバル。
大陸の歴史上、最も有名な人物で、数多くの伝説が残されている。
「エナロッテ、あのふたりをお願いします」
「いいわよ、あとでたっぷり体で払ってもらうわ」
「え、それはちょっと……」
アルコが嫌がるのを無視して、勝手に条件を出した蜘蛛の女王エナロッテが蜘蛛糸を飛ばしたらしい。身動きの取れないカナサとサビラの身体に糸が巻き付き、そのまま上空へと引っ張られた。エナロッテとともに天井に近い空間で静止する。視えない糸を使っているのか。
「お前が来るのを待っていた」
「……そんなことより、箱庭の中のみんなは無事ですか?」
「ああ、今のところはだがな」
先ほど箱庭が取り込まれた黒曜の魔宮という魔法は、相手を異次元の空間に閉じ込める効果があるらしく、餓死はしないが、物理的な攻撃を受けたら死ぬという。
「魔法を解除してください」
「我を殺せば魔法は解除される。だが……」
カルテタバルが着ている服をまくり上げて、自分の胸元をアルコに見せた。七色の光が漏れ出る心臓が鼓動を刻んでいる。
「〈幽帝の心臓〉……すなわち冥界の男神アザレリウスの心臓」
この心臓のお陰で2,000年という悠久の刻を生き続けてきたという。神の心臓が動いている限り、カルテタバルは不死身だし、膨大な魔力を無尽蔵に使用することができるそうだ。
「この心臓の力だけでも、大陸に住む人間すべてを根絶やしにできる」
膨大な魔力を注ぎ込み、無限凍城の中心部である魔王の間に大陸に生きるもの達すべてを根絶やしにする兵器を作り上げたそうだ。
白い仮面の中に潜む憎悪に燃える瞳。小国家同士のくだらない争いに巻き込まれて死んだ妻ロゼリアと、発狂して流行り病で伏せて死んでいった愛娘パールヴァティ。ふたりの復讐のためには、関与した人物の子孫を一人ひとり残さず絶滅させるために、アースヴァルト大陸だけでなく世界中の国々を滅ぼす力を手に入れなければならないと話す。
「我が神に成り代わり、平等で秩序ある世界を与えてやる!」
そのためには、アルコのすべてを差し出せと言っている。もしアルコが倒されたら、はたしてカナサとサビラは無事でいられるのだろうか……。
「〈神骸葬剣〉、〈魂災堕天盾〉、〈幽帝の心臓〉。そしてアルコ、お前という存在をこの世界に象らせている〈深慄の核〉──。この四つが揃った今、我は神の領域へと足を踏み入れることができる」
白い仮面の上からでもわかる恍惚とした表情。
「だから……封神されし冥界の神アルコ。お前のその核をよこせぇぇぇぇっ⁉」
上空を眺めていたかと思うと、突然アルコに向かって魔法を放った。
えっ……今、アルコが冥界の神って言った?
なにあれ……油?
黒い油に突然アルコの顔のまわりを覆われた。
ぬるぬるして気持ち悪そうにもがいている。手で顔のまわりの油を取ろうとしても取れない。顔を振っても粘々とした油がアルコの顔から外れない。
「あがいても無駄だ。我が編み出した油魔法は実に合理的にできている」
自信満々に語るカルテタバル。
「もがぼがぼ」
「ほう、水魔法も使えるのか。だがそんな小さな水玉一つでどうするつもりだ?」
アルコが水魔法を唱えたようだ。彼の頭の上に拳大の水の玉が浮遊している。
「ごぼごぼっ」──もう一度、アルコが何かを叫ぶと、水の玉が数十倍に膨み、大量の水で自分にかけて油を洗い流した。
「ほう……今のを破るとは。──ならば!」
今度はカルテタバルの両腕が巨大な油となって、アルコを挟んで潰そうとしてきた。
「えい!」
油の巨腕を剣で斬った。
驚いているカルテタバルの隙にアルコが接近して剣を振り下ろす。
「我に物理的な攻撃は無駄──うぐぅっ!」
カルテタバルの左肩に剣が当たる瞬間、油になったように見えた。だが、そのまま剣で斬られて、油から身体に戻り、鮮血が噴き上がった。どうやらアルコが持っている剣は、カルテタバルの魔法を無効化する働きがあるようだ。
不死身という割には滅茶苦茶効いている。これならアルコが負ける心配はなさそうだ。
「おのれ……我には……やるべきことが……」
ずぶずぶと黒い油溜りに沈んでいくカルテタバル。それをアルコが呆然と眺めている。
「アルコ、なにしてるの? そいつ、この大陸を滅ぼす気よ」
カナサとサビラのそばにいたエナロッテに叱られて、下にいるアルコが動き出したが、すでに手遅れ、カルテタバルを逃してしまった。
「たぶん魔王の間に逃げたわね。この子たちは私に任せて、早く追って頂戴!」
「はっ、はい」
さきほどから魔族に命令されてるけど、この大陸の運命をアルコに任せて大丈夫なんだろうか……。




