第41話 魔宮
ふむ、順調にいきすぎて怖いわい。
巨大な裂け目……古い書物によると冥府へ続いていると言われている〈冥府の揺籃〉。そして、地上から続く長い螺旋階段の先に魔族が造った〈無限凍城〉があった。
耳や目、鼻、口もない不思議な生物が巡回しているが、儂らを感知することはできない。
〈海賊貴族〉の異名を持つ幽霊船船長エイヴリー・コードウィンとの取引で魔石と交換した羽妖精の鱗粉。この粉は心が純粋でないと効果が出ないという噂があるが、儂は透明になれているので、やはり、こころが純粋なんじゃと思う。
透明な姿になってトリの案内で魔王城の中を進む。羽妖精の鱗粉は数分しか効果がないため、切れそうになったら物陰に隠れて粉を振りかけてまた進むというのを繰り返している。
「この長い渡り廊下の先に魔王の間があるデシ」
真っ白な開けた空間。
そこに伸びる連絡通路の先には球状の浮いている建物が見える。
羽妖精の鱗粉の効果時間を気にして急いで渡っていると、目の前に白い仮面をつけた男が何もない空間から現れた。
「勇者アーバンテイン、か。我に何用か?」
「それはこちらのセリフじゃよ、賢者カルテタバル」
猛鎧竜ドライグとリリモモという長髪の魔法使いを寄こしたのは目の前の男。シラを切るつもりかの?
さらにそれよりも気になることがある。
なぜ、こやつが儂の友人と同じオーラを放っているのか……。
複数の絵の具をコップに垂らして、軽く混ぜたような極彩色のオーラ。こんなオーラを身にまとう人物は元暗黒谷の門番アルコしかおらん。
それにカタニアと合流した日の夜を思い出す。あの日カタニアが話した仮説。あれが本当なら大変なことじゃ。隣にいるカタニアの表情はやや蒼ざめている。
「我が部下に命じたのは邪魔者になり得る人物の排除。勇者ではない」
「ほう、部下が勝手に儂らを襲ったので、自分に責任は無いと言うのじゃな?」
「そんなことはどうでもよい。だが我が大業を妨げることは何人も許さん……幽棲の者に告ぐ……」
会話も儘ならんわい。
魔法を詠唱し出した瞬間、右側を儂。左側をゾゾがカルテバルの横を駆け抜け、すれ違いざまにそれぞれ一太刀浴びせた。
──しかし。
泥でも斬ったような不思議な手応え。
カルテタバルの姿が崩れ落ちると、先ほどやってきた逆方向の渡り廊下に人型が復元した。
「……力を以て、迷宮へ誘え」──「〈黒曜の魔宮〉」
してやられたわい。
まんまと敵の魔法の発動を許してしまった。
黒い球体に取り込まれたと思ったら、見知らぬ場所に立っていた。
まわりに誰もおらず、儂ひとり。
魔宮とはよく言ったもので、壁やら石床、階段から柱に到るまでおかしい。広場から試しに階段を上って突き当りの扉を開けると、さらに急階段になっているが、不思議と負担がない。また階段を上りきったところの扉を開けると最初の広場に出た。
広場を見上げると、こちらに向かって噴き上げる噴水。真横には壁のように見える階段が垂直に伸びている。
どうやら今すぐ危険があるわけではなさそうじゃ。時間をかけて何度も同じ広場に戻るのを繰り返していくうちにふと違う広場に出た。この場所へきた扉をもう一度開くと先ほど歩いてきたはずの道はなく別の空間につながっていた。
この不思議な空間では眠気も来ないし食欲も湧かない。ただひたすら、道をさまようだけ。でもたしかに少しずつ進んでいるという実感はある。
時間がどれだけ経ったか覚えていない。もう何千回、何万回と繰り返した階段の先の扉を開くと、これまでとまったく違う光景が広がっていた。
巨大な空間。
真っ平な床にすごく広い円形状の広場。
振り返ると儂が出てきた扉は、壁の絵となっていて、ドアノブを掴むこともできなくなっていた。
それと先ほどからこの円形の広場の中央にいる兎人族の少女が儂を凝視しておる。
「あの……どちら様ですか?」
人形俜か。懐かしいの、昔、ひとりだけに人形使いと会ったことがある。少女は戦闘型の人形を出して警戒したまま儂が何者かと訊ねてきた。
「儂はしがないただのジジイじゃよ、お主こそこんなところで何をしておる?」
「私はハイビスと申します。アルコ様に買われた元奴隷です」
「なに⁉ アルコとな?」
これは驚いた。
アルコの関係者がここにおるとは。
「ふむ、申し訳ない。儂はアーバンテイン。世間では勇者と呼ばれておる」
「あなた様が⁉」
向こうも驚いておる。
少女の話によると、儂のことを心配してアルコは今、仲間と一緒に〈無限凍城〉に来ているというのだ。
だが、儂らと同じく賢者カルテタバルに魔法を使われ、この魔宮に閉じ込められたそうだ。ただ、その前にアルコと他の仲間とはぐれていたらしく閉じ込められたのは、儂もよく知る上位魔狼のマルと、アシュレという少女。若き英雄、勇者ロダンもこの魔宮の中にいるらしい。
それにしても……。
先ほどから天井の先から強烈な殺気を感じる。
この気配は二度ほど会ったあやつに違いない。
「よう、ジジイ。今度こそぶち殺してやる」
「ほっほっほっ……今日の夕食は、トカゲの燻製で決まりじゃの」
天井が横に動くと、儂らが立っている円形状の広場とまったく同じ場所が見えた。そこにいたのは、猛鎧竜ドライグと夥しい白いカラダをした顔の無い兵達……。
ドライグがジャンプすると、空中で回転してこちら側の床に着地した。他の顔無しの連中は広場の端の壁をよじ登ってこちら側へと渡り始めている。
──ちと困ったの。
儂ひとりなら、ドライグを相手にしながら顔無しどもも同時に片づけていけるが、アルコの連れが一緒なので、少女を守りながら戦わなきゃならん。少女も人形を扱うので多少なりとも自衛の手段はあるだろうが、顔無しどものあの数はいかん。これからどこかの国と戦争でもするかと見間違うほど大量の兵がこちらに押し寄せてこようとしている。




