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第39話 魔女の台所

 

 ノースエンドの唯一の砂浜から上陸したアーテ達一行は、目の前の集落を注意深く観察する。


 およそ30棟からなる古びた木造でできた集落。

 100人いるかどうかの寂れた集落の建物からほのかに明かりが漏れ出ている。


「ここはすでに敵地。そのまま素通りしようかの」

「ええ、私はそれでかまいません」

「コクコク」

「ふぁ~~⁉」

「自分は師匠の言いつけに従うデシ!」


 皆の同意が得られたので、建物を無視して集落を抜けようとした。


 ──しかし。


「死ねぇぇぇっ!」

「はぇ? ──ぇぇぇえっ⁉ なにするデシか!」


 建物の一つから影が踊り出したかと思うと、まっすぐトリに向かって突撃してきた。村人、かの? 手にはナイフを持っていて、トリが腹を刺される寸前に男の腕を掴んで止めた。


「放せ! 俺が魔族を皆殺しにしてやる!」

「落ち着くのじゃ、こやつは魔族じゃが、儂ら勇者パーティーの仲間じゃ」

「勇、者さま?」


 きょとんとした目で儂とトリを見る男性。よく見ると魔族特有の褐色の肌と尖った耳ではなく、犬人族だった。


「勇者さまが来るのを何百年も心待ちにしておりました」


 勇者と聞いて、建物の中に隠れていた村人たちが窓や扉を開けて顔を出す。どうやら外からやってきた儂らを警戒していたらしい。


 彼ら犬人族は数百年前に船でこの地にやってきたそうで、それからずっと魔族に支配されていたとのこと。


「先ほどのお主の動きであれば、魔族にそう後れを取らなさそうじゃがの」

「ええ、たしかに。これさえ無ければ我々も魔族に抵抗できるのですが……」


 最初にトリを襲おうとした男の首には奴隷の首輪のようなものが嵌められている。周りの村人も同様、全員が首輪をしていた。


「これは呪いのかかった首輪。私たちの能力を大幅に制限するものです」


 その昔、魔族がやってきて酒を振る舞ったそうだが、その中に強力な眠り薬が入っていて男たちが寝ている間に魔族の軍がやってきて首輪をつけられたそうだ。


 彼らはこの凍てつく大地で、魚やカニなどを獲ってそれを徴税として、魔王城へ献上してい餓死者が出るほど厳しかったという。だが、約200年前あたりから先代の魔王に代わったあたりから、ずいぶんとその献上する量が減って楽になったそうだ。でも、数年前に即位した新しい魔王により再び献上する量を増やされてしまったらしい。


「その首輪が取れたら良いのかの?」

「はい、ですが、私達を数百年も縛り続けた魔具、そう簡単には……」

「カタニア、頼む」

「ええ、もちろん」


 聖女カタニア。

 このアースヴァルト大陸でもっとも女神に愛されている女性。


「そんな……こんなに簡単に……」


 カタニアが緑色に輝く手の平を男性の首にかざすと塵のように首輪が消えていった。唖然とする男性。カタニアは「こちらに並んでください。すぐに取ってしまいましょう」と呼びかけると、扉を勢いよく開いた村人たちがカタニアの前に殺到した。


「勇者様、聖女様、なんとお礼を申し上げたらよいか」

「いいのじゃ、それよりこの地から離れた方がよいのでないかの?」

「いえ、せっかくですが、私たちはここに残ります」


 呪縛の鎖が解かれた今、彼ら犬人族を縛るものはなにもない。

 彼らさえ、よければ事が済んだ後にでも一緒にバイナン王国かカルプット共和国まで護衛してあげてもいいと話した。だが、頑なにここを離れたくないという。


「ここは大白様が立ち寄る場所。離れるわけにはいかないのです」


 大白とはこのノースエンドの地に住んでいる上位白銀狼(アーク・フェンリル)のことで彼らの守護獣だという。


「マルなら、たぶんアルコについて行ったと思うがの」

「マル、アルコ? いったいどういう意味でしょう?」


 そういえばマルと名付けたのはアルコじゃった。この者達に話しても通じないのは当然。マルのことを説明する前に先にアルコのことを話した方が手っ取り早そうじゃ……。


「そんなまさか……大白様が魔族に懐くなんてありえません⁉」


 そもそも白銀狼(フェンリル)という魔物は自分より強い者にしか、懐かない。そのため上位白銀狼も同様で飼い慣らすのは、まず無理だと男性が語る。


 ふむ、儂も当時驚いたわい。

 魔王領の門番をしている者の隣にまさか上位白銀狼(アーク・フェンリル)がいるとはの。あの頃から大陸三大古龍に匹敵する化け物が尻尾を振ってアルコに懐いておったわ。


「やはりここに残りたいと思います」


 他の村人たちも同じ意見のようだ。男性の返事に同意している様子。そこまで意志が固いのであれば、儂らから話すことはもう何もない。


「では達者での!」

「ステルキ様、大変です」


 儂らが去ろうとしたところに血相を変えた若者が広場に駆け込んできた。


「どうしたのだ?」

「ポロボフの息子、ディヨルが〈魔女の台所〉に!」

「なんだと⁉ あの悪戯っ子め。命が惜しくないのか……」

「なにかあったのかの?」


 先ほどから儂らと話しているステルキと呼ばれた男性が、唇を噛む。どういった事情かはまだよくわからないが、話を聞いてみることにした。


「実は……」


 魔女の台所というのは、この集落の近くにある断崖絶壁とその下にある岩場のこと。潮の流れが速く波も荒れているため、船ではたどり着けないため、崖の途中に咲いているバルベリスクの花というのを採るには崖の上から頼りない足場を降りていくしかなく、ディヨルという男の子が一人で行ってしまったらしい。バルベリスクの花というのは、宵夢症(メメティア)という一度発症すると死ぬまで眠り続けるという病の特効薬に用いられることで知られる。治癒魔法も効果のない病なので、このバルベリスクの花というのは大変貴重で市場にもなかなか出回らない希少品となっている。


「ふむ、トリ。そのバルベリスクの花と人間の子どもを連れてくるのじゃ」

「わかったデシ!」


 儂が頼むと、トリが先ほど若者が走ってきた方向へと飛んで行った。


 ──待つこと数分。

 トリが少年を抱えて、飛んで戻ってきた。


「この花で当たっているデシか?」

「おお、まさしくバルベリスクの花。なんとお礼を言えばよいか」


 村の代表ステルキの話によると、トリが連れて帰ってきた少年ディヨルの父親が宵夢症にかかっていて、困っていたそうだ。


 村人たちにお礼を言われたトリはまんざらでもなさそうに「困ったことがあったら、いつでも言ってくれデシ」と村人たちに頭をかきながら伝えた。


「さて、そろそろ、出発しようかの」


 儂はゾゾやカタニア、ソルダル、そしてトリに合図をして、いよいよ魔王城へ向かうべく村を後にした。






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