第38話 蜘蛛の女王
早朝、百の動力で身体を小さくしてから箱庭の外に出る。
深夜に近くで休憩していた謎の軍がいなくなっている。
進行方向としては、帝国軍側に向かっていたが、あれが魔王様を殺した例のカルテタバルという男が差し向けた軍なのであれば、恐ろしい。あんなのを相手にする帝国はさぞ苦戦することだろう。
でも、私たちの目的はカルテタバルを倒すことと勇者アーバンテインを助けること。それは聖女カタニアやロダンを救うことにもつながるので、私の力がどれだけ通用するかはわからないが、微力を尽くしたいと考えている。
ロダンの方も箱庭の中でずっと修行した成果が出ていて、実力的には50年前のアーテを超えたと思う。だがまだ私には勝てないので、魔王様を倒したカルテタバルに敵うとは到底思えない。
本当は箱庭ごとイジス女王国に残してハイビスとアシュレ、智獣たちを巻き込みたくなかったが、全員に全力で拒否された。私がいなければこの箱庭の世界に誰一人集まらなかったのだから、私のいない箱庭なんて考えられない、というのが彼らの言い分だ。
そのため、引き際を慎重に見定めたい。賢者カルテタバルを倒せるならそれに越したことはないが、こちらが全滅しては元も子もない。敵わないなら他の大陸へ逃げればいい。
慎重に進みながら、ノースエンドの入り口、かつて私が百年守ってきた暗黒谷の奈落の門へ辿り着いた。
なんだか懐かしいかも。ここを離れてまだ2か月も経っていないのに……。思い返してみるとアーテと二人でこの門の天辺に座って星空を眺める毎日も楽しかった。
「そこの人間止まれ。ここは通れないキッ」
聞いたことのある声と独特な語尾。さっと門の上階に当たる櫓から飛び降りてきた。
「その鎧姿、人間の国の騎士かなにかキ?」
「えーと、なんか見覚えが……あっ!」
思い出した。
たしか魔王四天王の一人。もう一人も蜘蛛型の女魔族も魔王四天王だったはず。
でも、なんでこんなところに?
「私、以前ここの門番をしていたアルコと申しますが、お二人はこちらで何を?」
「アルコ? ……あっ、骸骨の奴だキッ!」
私が誰なのか思い出すと、猿型の魔族は急に黙り込み、代わりに蜘蛛型の女魔族が口を開いた。
「あなた、元魔王にクビにされた愚図で使えない門番?」
「ええ、愚図かどうかは自分ではわかりませんが、たしかに追放された元門番です」
「私はエナロッテ。こっちがショウジョウ。私達のことを知らないのアナタ?」
「お名前まで知りませんでした。ところでもう四天王では無いのですか?」
「……ちょうどいいわ、門番をやらされてイライラしてたから骸骨でも壊して遊んじゃお!」
私の質問に答えず魔王四天王のひとり、エナロッテの口が歪む。門番をやらされているということは、もう四天王ではないということか。機嫌を損ねたようだが、お構いなしに質問を続ける。情報はもらえる時にもらっていた方がいい。
「新しい四天王はいったい誰がなったのですか?」
「ドライグの他は人間。でも腕が3本だったりするから普通の人間じゃないわね」
昨夜、遭遇した3本腕の男。あの男が新しい四天王の一人だということはもう一人の足が異常に筋肉で覆われていた女性もその可能性が高い。
「そ・れ・よ・り、ショウジョウ。あの骸骨、私が虐めて壊してもいいのよね?」
「ミーはちょっと用事を思い出したキっ。好きにするといいだキッ⁉」
「ちょっと! ……あの猿、ここを離れたらカルテタバル様に殺されるわよ」
猿型の魔族ショウジョウが背中を見せて、一目散にノースエンドの方向へと走り去ると、それを見たエナロッテがため息をつく。
「まあいいわ。ふふふっ壊れるまで、せいぜい私を愉しませなさい」
エナロッテの背中から無数の蜘蛛が地面に降りると前後左右、そして門の上に至るまで私をぐるりと包囲した。
「まずは身体の自由を奪ってあげる」
エナロッテがパチンと指を鳴らすと、あらゆる方向から私に向かって蜘蛛が糸を吐きつけてきた。
「さあ、四肢を捥いで、その首を私の前に並べなさい」
ぎゅっと蜘蛛糸の力が強まり、頭は後方に手足は左右に引っ張られ、四肢を千切ろうとしてきた。
「あのぅ……もうよろしいですか?」
「──へっ?」
元魔王四天王エナロッテ。
彼女の攻撃は本当にこれだけなのか?
様子を見ていたが、自信満々に勝ち誇っているので、思わず確認してしまった。
「つっ、強がりはよしなさい」
「いいえ、強がってなどいません」
顔が引きつっている女蜘蛛。
本当にこれだけのようだ。
なら、そろそろ……。
「では動きます」
身体を拘束していた蜘蛛糸をブチブチと引き千切り、束にして糸を掴んで周囲に振り回して無数の蜘蛛を蹴散らしていく。
「ぎゃっ!」
すっかり武器と化した蜘蛛糸と蜘蛛の塊。モーニングスターのように振り回してエナロッテに当てると、岩場の方まで吹き飛び、岩に頭を打って気絶してしまった。
「うっ」
「気が付きました?」
目が覚めたエナロッテの顔を覗き込みながら声を掛けると、思い切り後ずさりした。
「大丈夫そうですね、では私はこれで」
「ちょっと待ちなさいよっ!」
「はい?」
奈落の門にある櫓に連れて行き、介抱していたら目が覚めたので、門を後にしようとした。だが、エナロッテが私を呼び止めたので彼女の方を振り返る。
沈みゆく太陽が窓から差し込み、エナロッテの顔を橙色に染め上げていた。
「アースヴァルト大陸最強の蜘蛛の女王である私に恥をかかせる気?」
どういうこと?
恥をかかせるって、私、なにかしましたっけ?
「蜘蛛の魔族の雌は自分を負かした雄の卵を産まないといけないの!」
……
…………えっ。
どういうこと?
私、蜘蛛の魔族じゃないんですけど?
「あっ、お気持ちだけでけっこうです」
「べ、別に……産んだって構わないんだから!」
あっ……これは私の話を聞く気ないな。
ツンとした声が、櫓の中で響く。両手の指をがっしりと絡ませた蜘蛛の女王。彼女の黄金の瞳が、落日の光を映しながら、不機嫌そうに光る。
とりあえず、話しても無駄そうなので、早々に立ち去ることにした。だが、櫓を降りて、ノースエンドの大地を踏んでも後をついてくる。
「……とるから」
「はい?」
「どこまでもついて行って絶対、アンタを寝取るから⁉」
強い意志を感じる黄金の瞳に、紅く妖しく光る上唇を艶めかしい桃色の舌でなぶる。
こっ、怖い。
私、食べられちゃうかも……。




