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第36話 暗夜航路

 

 魔王が死んだ?

 盟友であるアルコが何度となく褒め称えていた最強の魔族が……。


 前回、魔王軍四天王最強と言われた猛鎧竜ドライグと戦って、魔族全体はたいした強さではないと認識を改めたばかりなのに今回それをあっさりと覆された。


 そんな強者をいったい誰が倒したというのじゃ?

 目の前の連中は、アーテひとりでは太刀打ちできない。だが、ゾゾやカタニア、ソルダルの力を借りればなんとかできそうな気がする。


「勇者狩りニ来たノニ、こっちが狩られては元も子もナい」


 リリモモとかいう魔法使い風の男は客観的に戦力を分析できるようだ。遠くにいるゾゾやソルダルのこともおそらく感知できているのだろう。


 それより勇者狩りじゃと?

 帝国に渡ったオルクスとかいう奴はともかく最近、ロダンとかいう若い勇者が誕生したとこのピルキコの街で噂になっておった。その若者の芽まで摘むつもりなら、目の前の二人ぐらいは今ここで潰しておいた方が得策じゃろう。


「仲間が揃った今、勇者アーバンテイン。貴方は一番最後です」


 他の勇者を狩ってから最後に儂のところへくると宣戦布告をする。儂ら勇者を倒してからこの大陸中の生き物を根絶やしにすると語ると、ドライグとリリモモのカラダが黒い炎に包まれた。


「ジジイ、テメーの命はもう少し預…とい…や……」


 ドライグが捨て台詞を吐きながら、黒い塵となって姿を消した。これは想像以上に厄介な相手じゃわい。


 四天王だけが相手なら儂らパーティーが揃えばいい勝負になりそうな気がする。問題は連中を率いている「あの御方」と呼ばれていたボスと、壊された市壁を乗り越え続々と街の中に入り込んできている見たこともない魔物も相手するとなると状況はかなり厳しい。


 なんじゃコイツらは?

 人型じゃが、目も耳も口もない。髪の毛もなければ鼻もない。体型としてはドワーフを人間の身長くらいに大きくしたような姿かたちをしている。


 この訳のわからない怪しい連中は、意外と動きがはやく、無作為に近くの人間を襲いはじめた。急いで倒していくが、粘土でも斬っているような鈍い感触で腕や足を1、2本斬ったくらいでは動きが止まらない。そのため1体1体を切り刻まねばならず、思っていたよりも手こずってしまい、すべてを倒し切るのに朝方までかかってしまった。


 被害が尋常ではない。

 建物の損壊数をとっても死傷者をとっても近年稀にみる重大事件。

 それも狙いが勇者とあっては、街の人たちはとばっちりである。


 1週間ほど街の復興と人命救助に尽力したが、ある日、この街を含む一帯の領主ノートルゼム公がやってきて街から出て行くよう要請された。


「予定変更じゃ、有り金を全部魔石に変えるのじゃ」

「まさか、アレを利用する気?」

「うむ、それしか方法が考えられんのじゃ」

「たしかに……でも、気が乗りません」


 カタニアが気乗りしないのも無理はない。

 非合法かつ緊急的な手段。

 まさか2回も(・・・)利用することになるとは思っていなかった。


 ピルキコの街で持ち金のほとんどを魔石に換えて街を出た。


 1週間あまりかけて、バイナン王国北西にある入江に到着した。この入江は年中、霧に包まれていて、入江を訪れた者は昔から行方不明になるという噂があるため近くの村の住人は絶対にこの入江に近づかないそうだ。


 約50年前に村から依頼を受けて、この入江に訪れたのがきっかけ。当時は、まさかこんな連中がいるとは思いもしなかった。


 アーテは懐から古びた金貨を取り出す。

 この金貨はこのアースヴァルト大陸では使えないばかりか、この時代、どこの大陸でも使用できない古の金貨である。


 その貴重な金貨を入江に放り投げる。


 とぷん、と音を立てて海中へ消えた金貨の辺りをぼんやりと眺めていると、海面がみるみると膨れ上がる。


 入江の中に姿を現したのは、海中を自由に行き来できる船。

 乗組員は全員、アンデットだが、彼らとは普通に意思疎通も可能。


 俗にいう幽屍(ワイト)と呼ばれるアンデッドで、元々海賊をやっていた連中が不死の呪いが付与された飲み物を口にしたのが原因で、彼らの死後にこの幽屍になることが約束されていた。


 近づくと腐乱臭で鼻が曲がりそうになるだけで、後は人間とそう大差はない。


「よお、アーバンテイン。すっかり老けちまったな⁉」

「ふむ、お主より老けて見られるのは、いささか不服じゃわい」


 幽霊船船長エイヴリー・コードウィン。

 〈海賊貴族(ノブッカニア)〉なる異名で数百年前にその悪名を大陸中に轟かせた大海賊。今でも彼の〈海賊行進(マーチ・バルバロス)〉という曲は幼い子でも知っているほど、有名である。だが、今となっては、〈古代上金貨(ピース・オブ・ナイン)〉を船賃とした運び屋を細々とやっている。


 彼とはトーホーシア沖に浮かぶ島に巣くっていた現役の海賊退治の時にふとした縁で知り合った。その後、一度利用したきりで50年が経過していた。


「ほれ、魔石じゃ。色々と交換させてもらおうかの」

「いいぜ、魔石はいくらあっても足りないからな」


 彼らは死んだ今でも世界中の海を航海し、宝を集めている。本当は街で売られているような普通の武器や防具で十分なのだが、未知の敵に命を狙われている上、ノースエンドに乗り込まなければならない。ピルキコの街は例の新四天王ドライグとリリモモに襲われて武器や防具、その他のものもすべて異常に値上がりしているため、ロクな装備も買えそうもなかった。それなら魔石を大量に調達していくらでも魔石が欲しいというエイヴリー達と物々交換した方がマシだった。


 この船は海を潜って進むため、動力となる特殊な機械が積まれている。その機械を稼働させるための燃料源が魔石というわけだ。


 自分たちの現在地がわかる魔法の地図。身体に振りまくと数分間、姿を消せる羽妖精(ピクシー)の鱗粉。一度研ぐと切れ味が鈍らなくなる岩人族(ドワーフ)の研ぎ石。そして一番有難かったのが、懐にしまっているだけで極寒の中でも暖かくなる火精霊(サラマンダー)の鱗。


 船と言っても、一般的な帆のついた帆船や手漕ぎのガレー船ではなく、全面が木と鉄で覆われた楕円形の船で、海面に浮き出た時も上面の一部しか浮上しない。彼らは死人なので普段は空気の心配などせず航行しているが、生きている乗客を乗せている時だけ、1時間に1回は海面まで浮き上がり、新鮮な空気を取り込む時間を作っている。


 ノースエンドの沿岸のほとんどは切り立った断崖絶壁に囲まれている。唯一、上陸できる砂浜があり、今はそこに向かっている道中にある。


「船で近づけるのはここまでだ」


 エイブリー船長の合図で上甲板の鉄蓋を開けると、小島が目の前にあった。猛烈な吹雪で視界が狭まっている中、小島に渡る。


 この先は、分厚い海氷でできた平地が広がっている。遠くに微かな明かりが見えるため、そこに向かえばよさそうだ。










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