第33話 魂を売った古龍
アーテ……第32代目勇者アーバンテインの仲間に復帰して1か月が経過した。
カタニアは神聖魔法で腰を痛めた男性の治療をしている。
「なんだか身も心も軽くなった気がします。聖女様、ありがとうございます」
「いいえ、女神のご加護を」
男性を店の出口まで見送った後、外で順番待ちしている人に合図を送る。
バイナン王国最北にあるピルキコの街で、街の人を相手に怪我の治療や人生相談、女神の教えを説いて寄付金を貰ったりといった生活を1か月もやっている。
街の外れの誰も住まなくなった家を冒険者ギルドに工面してもらい、中を改装し、居住兼店舗として使っている。
男衆はアーテが男娼館。残りのゾゾとソルダル、それと魔族の「トリ」ことイースタンが近くの鉱山に魔石を採掘する仕事に出ていて皆、忙しい。
魔王領に攻め込まず、なぜこの街で燻っているかというと、アーテが作った莫大な借金のせい。
彼は男娼館で奴隷として、イヤイヤ働かせられていたオスの獣人たちを店の金を持たせて逃がしてしまったそうだ。彼らが土下座をしていた理由を聞いて男娼館に戻って店に与えた損害を借金として、ちゃんと払うことで店の人と約束した。
やってしまったのは、しょうがない。
私の方は街の人を相手にしている商売なので、そこまで稼げていないが、残りの人たちはかなり稼いでいる。絶倫のアーテは、すごい人気が出ているらしく、他の街からもご婦人たちが押し寄せる程、毎日行列ができている。他の3人は、怪力のゾゾが坑夫30人分の働きで岩を削岩し、壊した岩を岩晶主ソルダルが人間より少し大きいくらいのゴーレムを使って坑道へ排出。新たにアーテの弟子として仲間に入った魔族のトリも風の魔法が得意で坑口から新鮮な空気を入れて、別の坑口から排気できるらしい。そのおかげで魔坑で頻繁に発生する窒息で亡くなる事故が起きなくなったので、3人ともとても重宝されているらしい。
この調子なら、あと1か月も働けば借金を返すことができそう。
借金を返済してから少し稼いで装備を整え、魔王領へ向かう。
──そのはずだったのに。
「「「ガタッ」」」
「ふぁ~~?」
「はぇ? どうしたデシ?」
夕食の時間、テーブルを囲っていたアーテ、ゾゾ、私の3人が同時に椅子から立ち上がる。ソルダルも気づいて〈飛行円舞座〉を浮かせる。そんな私たちの異変にトリだけ驚いている。
「北、じゃな?」
「ええ、イヤな気配です」
強大な魔力の収束を感じ取った。
アーテが方角を言い当て、私もそれに同意する。
ゾゾが巨斧を掴むと真っ先に家の外へ飛び出し、私たちもそれに続く。
一瞬、目が眩むような強烈な光。
その直後、ゴォォォっと鈍く響く爆発音が轟き、夜空を赤く染め上げた。
幾重にも張り巡らされた市壁が今の一撃で打ち抜かれたのか、街の外郭から街の中心に向かって、あちこちで火の手が上がっている。
「ソルダルは〈十六の巨岩像〉で瓦礫を除去、ゾゾが瓦礫に埋まった人間を救出するじゃ」
「ふぁ~~?」
「コクコク」
「トリは空から偵察。儂らに周囲の状況を伝えるように」
「はぇ、わかったデシ!」
「カタニア」
「ええっ、行きましょう」
逃げ惑う人々の間を縫って、破壊された市壁を乗り越えて、街の外の方向へ向かう。
その途中、一筋の光が天を衝いたと思ったら、トリが身体から煙を吐きながら墜落していくのが見えた。
「そこまでじゃ⁉」
間一髪間に合った。
瓦礫の合間に落ちたトリに侵入者がトドメを刺そうとしていた。アーテが一瞬早くトリを脇に抱え後方へ離脱した。
「トリの治療は任せて」
「……頼む」
相手から目を離さないまま、アーテが剣を構えている。
こんな慎重な姿を見るのは実に50年ぶり。
それだけ相手が油断ならないという証。
気を失っているトリの治療に取り掛かりながら目の前の状況を観察する。
「1か月ぶりだな、ジジィ!」
「お主……ドライグだったかの」
「俺様の言葉を覚えているか? 貴様をズタズタに切り裂いてくれるわッ!」
「ずいぶんと腕を上げたようじゃな……いや、こんなに変わるものじゃろうか?」
「お前を殺すためにさる方に魂を売ったからな。覚悟はいいか?」
猛鎧竜ドライグ。
大陸三大古龍の一体で、現在はたしか魔王軍四天王の一人。
その昔、岩轟竜チノスをアーテが倒していたところに立ち会ったが、目の前にいる竜の迫力はチノスの比ではない。魔族の幹部とはこうも強敵ばかりなのだろうか? アーテの闘気が黄金ではなく蒼色の闘気を帯びている。対魔王戦を想定し、編み出したこの蒼い奔流が迸る闘気を帯びたのは、彼に唯一、負けを認めさせた奈落の門番アルコのみ。
「おや? 条件が違うようですネ」
「チッ……」
街の外の方向から現れた男を見てドライグが舌打ちをした。
黒髪の長髪の男。前髪で右目だけ覗かせていて、その姿は人間にしか見えない。
「お主も四天王の一人かの?」
「ええ。ですが、私は新四天王リリモモ。お見知りおきを!」
「うっ……見たことない魔族デシ」
「トリ!」
私の神聖魔法で何とか意識の戻ったトリが、魔法使い風の長髪の男を見てつぶやいた。
「それは仕方ナいネ」
長髪の男が前髪をかき分ける。
そこから見えたのは真っ赤な色をした左側の瞳。
直後、男はこの場に居合わせた私達全員が驚かせることを口にした。
「魔王は死んだノですから!」




