第32話 謁見
「理由を聞いても?」
「世界を……この大陸を憎んでいる人間に協力はできません」
門番をしていた頃から私の動向を探っていたのなら、腹の探り合いは無駄。なんせ私はエセ博愛主義者だから。エセをつけるのは自分が傲慢にならないための保険である。なんにせよ、私が極度に争いを避けようとすることは筒抜けだと見るべきだろう。なので、真正面から彼らの良からぬ悪事を糺すことにした。
「そんな言葉が冥界の番人である深淵の騎兵から出るとは思いもしなかったな」
こちらのことを本当にどこまで知っているのか?
私もつい数日前まで、自分がただの魔族だと思っていたのに……。
でも一つ勘違いしている。
「私は、友人と一緒に星空を眺めながら飲む酒がすごく楽しみなんです」
気の合う友人と何気ない会話で、星空の下で酌み交わす酒。
他人が聞いてもなんてことはない。
だが、私にとっては何物にも代えがたい至福のひと時だった。
「この青空の下には無数の喜びがあります」
なにを幸せと感じるのかは人それぞれ。
人の数だけ、幸せがある。
そんな無数の喜びや幸せをごく少数の憎しみで壊す?
それはあまりにも傲慢であり粗暴で尊大かつ無礼。
そのような者たちと酌み交わす杯など私は持ち合わせていない。
「完全体になれる手助けができると言っても?」
「──ッ⁉」
完全体?
今、私の身は二つの神器のせいで、おかしなことになっている。
皮膚のない人間というべきか、水面に映した自分を見るだけで憂鬱になってしまう。いっそ、骸骨のままが良かった。下手に肉がついているので、寒暖差に敏感になり、痛みもすごく感じるようになった。その結果、骸骨姿の時より明らかに今の方が弱くなってしまっている。
完全体とはつまり人間の姿になれるということ⁉
もし、そうであれば、たしかに嬉しい取引材料である。
それを考慮して検討に検討を重ねて導き出した私の答えは……。
「お断りします」
中途半端なこの身体は多少の不便はあるが、それでも明らかに他者に害をもたらす存在に与する気はまったく起きない。
「残念。あの方に叱られそうだ……では、いずれ剣を交えるその日まで」
そう言って、森の闇の中に溶けるよう消えていった。
その後、追手の〈白の天秤〉の気配が迫っていたので、急いで国境付近からイジス女王国へ抜けたのを思い出した。
あの男は、はたして月民であったのか……。考え事をしていたが、すぐに考えるをやめた。
──複数の気配。
窓の外、路地に少なくとも二人。部屋の外の廊下に同じく気配が二つある。特に忍び足を使っている風ではなく、まっすぐこの部屋に向かっている。
「コンコンコン」
「はい」
大人しく返事をした。
もし、女神教団の暗殺部隊〈白の天秤〉であれば、襲ってきた時点で、窓を突き破って逃げ出せばよい。
鍵を開け扉を引くと、いかにも砂漠の国の民らしい衣装と鎧に身を包んだ男たちが立っていた。
「陛下がお呼びです」
相手はこちらを警戒はしているものの敵意はなさそう。その辺の冒険者よりも腕が立ちそうな佇まいをしている。
陛下が私を呼んでいる?
陛下とは、つまりこのイジス女王国の女王ネフェルデア。
彼らは、女王が私を呼びつけた理由は聞かされていないようで質問してみたが無駄だった。おとなしく彼らについて行くと、砂上都市サハイラルの中心部にある王宮へとやってきた。
「よくぞ来た。新世代の勇者よ」
「え?」
「……うむ?」
──勇者? 私が?
いや、これはもしかしてロダンと私を勘違いしたんじゃ……。
謁見の間で玉座に座っている女王も困惑しているので、すぐに勇者を呼ぶのでしばらく誰もいない部屋を貸してほしいと頼んだ。
「やっぱ、夕方のヤツがまずかったか……」
「なにがあったんですか?」
「街中に魔物が入ってきちゃってさ」
誰もいないのを見計らって魔法の箱庭の中からロダンを呼び出して事情を聞く。
〈自走甲蟲〉と呼ばれる巨大な虫型のモンスターが夕方に街の中に侵入して、街中が騒然としたそうだ。自走甲蟲というのは自身の体を丸めて高速で回転して移動するモンスター。実物は見たことはないが、たしか一匹倒すのにもかなり苦労するモンスターと聞いている。目立たないように気を使っていたロダンだそうだが、小さい子が轢かれそうになっていたのでやむなく煌煌闘炎で仕留めたという。
まあ黄金の闘気を人前で披露した時点で、勇者だとバレてしまったのだろう。だが、人助けは当然の行い。ロダンの取った行動は褒めるべき行動である。
「おまたせー、それで俺になんか用?」
「貴様、陛下に向かって何という口の利き方を⁉」
「ビスマルク、よい」
「ですが、陛下!」
「よい、と言うておる」
「……はっ失礼しました」
褐色の肌の絵画のような筋肉を波打たせている大男が後ろへ下がる。
ロダンの態度に難色を示しているが、女王の命令でしかたなく従っているのが目に見えてわかる。
「勇者よ、名を何という?」
「俺はロダン・シェイカー。こっちはえーと……」
「・・・・・」
「そうそう。アルナント」
いい加減な感じで答えるロダンだが、女王ネフェルデアは気にも留めていないようだ。
「勇者ロダン。其方に頼みがある」
「頼みを聞くかどうかは内容によるけどね」
玉座のそばに控えているビスマルクが凄い形相でロダンを睨んでいる。ロダンの隣にいる私としてはとても居心地が悪いが、若い勇者はそんなことは気にも留めず平然としている。
そんな飄々としているロダンに女王は、驚くべきことを口にした。
「この大陸の存亡の危機だとしても、か?」




