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第3話 勇者アーバンテイン

 

 ──50年前。


「本当に俺たちと一人で戦うと言うのか?」

「ええ、このアルコ、嘘は申しません」


 月夜の晩。

 高く昇った月が暗黒の谷に清らかな光を落とし、侵入者を照らし出す。

 蒼炎の使徒という二つ名を持つ歴代最強の第32代目勇者アーバンテイン。

 仲間には、斧鬼ゾゾ。セントリスの聖女カタニア。岩晶主ソルダルがいる。

 いずれも数多くの激戦を生き抜いてきた歴戦の猛者ばかり。


 対するは、ずいぶんと華奢な骸骨の剣士ただ一人。

 4人で戦うにはあまりにも物足りなすぎる。

 それに相手は一人で戦うと宣言してるのにこちらは複数で挑むのもどうかと思う。


「すごい自信だな。よもや俺たち4人をひとりで倒せるとでも?」

「いいえ、滅相もありません。私など小物を相手にしていただき恐縮しています」


 どうも調子が狂う。

 なぜそんなに腰が低いのだ?

 勝つ気がないわけでもなさそう。

 淡々と事務的に答えているあたり、この問答に手慣れているのかもしれない。


 それにしても魔族の分際で、礼儀をわきまえている。

 そのせいか、今まで戦ってきた魔族や魔物と戦うのとは訳が違う。

 律儀にも剣を立てて、剣礼の姿勢を保ったまま微動だにしない。

 卑怯な真似はしない。正々堂々と勝負しましょうとその行動が訴えかけて居る。


 ここまでやられて、こちらも応じなければ勇者として……いや人として恥だ。


「一対一の決闘で勝負をしよう」

「決闘、ですか?」

「アーテ!」

「頼む、俺にやらせてくれ」


 カタニアが止めようとしたが、無駄だ。

 この相手は、一対一での決闘が相応しい。

 それに俺は人類の命運を託された勇者だ。

 こんなところで負けるわけがないッ!
















「ハァハァ──くそっ!」


 とんでもなく強い。

 6時間以上激しい戦いを続けた。


 常人なら全力で動けるのはせいぜい10分。

 体力には自信があったのに息切れしてきた。

 口の中には乾いた血の味が広がり、喉は渇ききっている。


 途中で何度もゾゾやカタニアが助太刀を申し出たが断り続けた。


「すごくお強いです。ですが日を改めてはいかがでしょうか?」

「ふっざけるな!」


 これまでの激闘がなかったかのような涼しい声で諭すように話しかけてくる。

 骸骨の騎士は、疲れた様子も見せず、彫刻の石像のように平然としている。

 その背後には、冷たい風が吹き、静寂に包まれる中、アーバンテインの乱れた息だけが辺りに響いている。


 その余裕ぶった態度をぶっ壊してやる!

 まさかコレ(・・)をこんなところで使うことになろうとは……。


「〈蒼炎装甲(ギア・サファイア)〉」


 蒼炎の使徒と呼ばれる所以である必殺のスキル。

 蒼き炎を身にまとっている間はスピードやパワー、破壊力が桁違いに上昇する反面、発動後は疲労により身動きがしばらく取れなくなる対魔王用のとっておきのスキル。


 しかし。


 通じない。

 魔王であろうとこのスキルで討ち取る自信があった。

 それなのに魔王領の入り口を守る門番ごときにまったく歯が立たないとは……。


「……殺せ」


 周囲の地形を変えるほど激しいエネルギーでぶつかったのになおも平然としている骸骨を見て勇者アーバンテインは観念した。もう自分には勇者を名乗る資格はない。このままこの名も知らぬ骸骨の剣士に討たれるのも仕方ないと、握っていた愛剣の柄を手放すと、岩肌が露出した地面にカランと硬い金属音が鳴り響いた。


「お断りします」

「なっ!」


 いい加減にしろ!

 門番相手に一対一で自ら臨んだ挙句に必殺のスキルまで使ってもまったくの無傷である俺は勇者失格だ。このまま生き恥をさらさせるつもりか?


「あなた程の男をここで失うのは人類にとって大きな損失です」


 ──何を言っているんだコイツは?


 朝日が昇り始め、薄明るくなってきた空の下、アーバンテインは口をぽかんと開き、骸骨を見る。


 そんなに余裕を残して勝っておいて、なんだそのセリフは?

 なんだか無性に腹が立ってきた。


「じゃあここを通せ!」

「いえ、それはできません」


 大恩ある魔王に命じられてこの門を守っているため誰も通せない。でも、俺は殺さない。もし、どうしてもと言うなら明日また来て挑んでくださいと平然と(のたま)った。


 コイツ、本気(マジ)か?


 冗談を言っている様子はない。

 本当にそう思っているとしか思えない。


 ……ふふっいいだろう。


 望むところだ。

 こんな門番相手にいいようにやられては魔王なんて倒せるはずもない。


 それから10年ほど毎日、暗黒谷の門へやってきては骸骨に蹴散らされ続けてきた。

 その間に勇者パーティは、門番を倒せたらまた招集するという話になって仲間たちと一時的に解散した。


 20年過ぎた頃から戦うのも飽きて、飲み友達になっていた。

 なんでこんないいヤツが魔族なんだ?

 魔族ってみんないいヤツなのかもしれないと思うようになってきた。


「のお、アルコ」

「なんです? アーテ」


 二人で暗黒谷の門の上によじ登り、谷の合間から見える月を肴に酒を酌み交わしていた。


 はじめてアルコと戦ってから50年。

 彼のことは今では親友以上のかけがえのない家族のような存在になっていた。


「このまま平和が続くといいのぉ」

「そうですね。私もそう願っています」


 アルコが門番なら、魔王と勇者の戦いも無くなると思っていた。

 それなのに……。





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