第27話 肉の塊
化け物の膨張がようやく止まった。
巨大な肉の塊。
数十本の触手が体から伸びており、その先端は猛獣の牙や猛禽類の爪などが備わっている。敵対者をことごとく切り刻み、貪るためだけに生まれたような醜悪かつ凶悪な怪物だった。
「おっと……なんだコイツ? アルコさん、これってどういう状況?」
ロダンが箱庭の外に出てきて、さっそく驚いている。
マルに伝言を頼んだのだが、ロダンには直接伝わらないため、ハイビスの人形俜マリエッタの念話でマルからロダンへの連絡を中継してもらった。
「なるほどね。俺の修行には、ちょうどいい相手ってわけだ」
ロダンはこの数日間でさらに腕が上げている。
神殿の修道兵が束になっても今のロダンなら、なんなく退けることができるだろう。
「今回は全力を出してもいいんだよな?」
「ええ、煌煌闘炎でも魔法でもなんでも使ってください」
「よっしゃ、久しぶりに暴れられるぜ!」
ロダンの身体から大量の闘気が一気に溢れ出す。
身体から立ち昇るその黄金色の闘気は、最初に会った頃の比ではない。
「ははっ! なんだコイツ、歯ごたえないじゃん⁉」
そう言ってのけるロダンだが、彼の才能という言葉だけでは片づけることができないほど、血反吐を吐くような激しい鍛錬を己に課していていたのを知っている。
慢心ではなく確信。
過去の自分から想像もできぬほど高みに至ったことを確認しながら戦闘に臨んでいる。
目の前に伸びてくる触手のすべてを斬り落とし、跳ね上げ、叩きつける。
触手は失った傍から次々と本体の肉塊から生えてきて、再びロダンを襲う。
ロダンの触手斬りが千を超えたあたりで、彼が急激にその身を加速させ、化け物に近づく。すれ違いざまに剣を閃かせ、斜め方向に綺麗に真っ二つにした。
「んぎっ! 痛ぇぇ──嘘だろ?」
これで勝負ありだと、化け物の方を振り返らずに剣を鞘に納めようとしたロダンの背中を数本の触手が襲った。幸い煌煌闘炎は解除していなかったので、負傷しなかったが、棒で背中を叩かれたくらいの痛みはあったと思う。
真っ二つになったはずなのに、肉片同士が互いに触手を伸ばし、引き寄せ合ってまたひとつの肉塊の化け物に戻った。
それから幾度とロダンは、化け物を八つ裂きにするも、何度切り裂いても簡単に元に戻ってしまう。
この不死性は穢哭呪骸〈カルテタバルの13本の指〉に似ている。
ただし、先ほどから観察している限りでは、化け物の体内に「指」らしきものは見当たらない。
異常な自己再生能力。
呪いでないなら、魔法技術で再生力を異常に特化させているのかもしれない。それにどんなにロダンが切り裂いても再生速度がまったく落ちない。そのことから早く何か対策を講じなければロダンの方が先に力尽きてしまう。
──待てよ。
もしかしたら、これならいけるかもしれない。
「ロダン」
「うん? アルコさん、これは?」
戦闘中のロダンに投げ渡したのは、小さな革袋。
「斬ったところにそれを放ってみなさい」
「なんだか知らないけど、りょーかい!」
肉塊の化け物を真っ二つにした直後、一つに戻る前にロダンが革袋から取り出したある物をばら撒いた。化け物はかまわず一つに戻り、ふたたびロダンを襲い始める。
「うおっ、なにこれ気色悪ッ!」
ロダンが顔を引きつらせる。
彼の視線の先には、肉塊と木が融合した醜悪な生き物が出来上がっていた。
先ほど、ロダンに渡した革袋の中身には木の種が入っていた。
再生能力に不純物……それも成長すると大きな木になるものを混ぜたら木と融合するのではないかと予想し、試してみたら見事にうまくいった。
木と融合したせいか、怪物は触手をゆらゆらとさせているだけで、意識が無いように見える。
「では、外に出ましょう」
「アルコさん、コイツ放置していいの?」
「ええ、一応生物ですので閉じ込めておけば、いずれ動かなくなるでしょう」
こんなとんでもない再生力を保有しているからには、栄養分も相当必要なはず。栄養分である他の生物を接種できなければ餓死すると思う。
重厚な鉄の扉が施錠されていて外に出れないが、鉄の扉のそばの石を破壊して、無理やり部屋と通路を繋げた。地下の隠し通路から廟墓の棺の間まで上がったが、ダリマビウスの姿はなかった。
そのまま、神殿の建物を大きく迂回して前庭までやってきたところで、もう一度、修道兵を率いたダリマビウスと邂逅を果たした。その数は5日前の倍以上で100名近くいる。腕に自信のある傭兵も雇っているらしく、10名ほど鋭い視線をこちらに投げかけてきている。
「よくあの部屋を出てこれましたね……ですが、女神教への破壊活動。死をもって償ってもらいましょう」
軍の中にはダリマビウスの本性を知らない者も大勢いるようだ。猫を被った物言いで私に死の宣告を行なった。
「あん? アルコさんが出るまでもねー、俺がこいつら全員ぶっとばしてやんよ」
「ダメです。箱庭の中に戻ってなさい」
「えっちょっ、待ってアル……」
私はいくら汚名を着せられてもかまわない。
だが、ロダンはこの時代の勇者。
バレたら彼にとって汚点となる。
ロダンの首根っこを掴み、無理やり魔法の箱庭の中に放り込んだ。
「ふふっ、先ほどの少年もあとで尋問するとしましょう。まずは貴殿から……」
「待て⁉」
神殿の入り口から雪崩れ込んできたのは、ボジョル司教率いるタイタル聖王国軍。その数は300名近くにのぼり、正規軍だけあって、修道兵と違ってじゅうぶんに戦闘経験を積んだ集団のようだ。彼らが加わると手加減も難しくなってくる。
「ボジョル司教。この不埒者を捕えなさい!」
「いいえ、私が捕らえるのは貴方です。ダリマビウス殿」
「んなっ、貴様、気でも狂ったのか?」
「イーマン団長、お願いします」
「わかりました」
唾が飛ぶほど我を忘れて叫ぶ教主ダリマビウスを無視して、ボジョル司教の横に進み出たのは屈強な騎士。司教の隣に並び立った彼は、先ほど廟墓地下でのやりとりが、深夜の聖都フロリシア中に広まったことを説明した。
「──どうしてそれを?」
「アルコ殿」
「あっ! もしかして、これですか?」
ボジョル司教に話を振られて思い出したのは司教から渡された金属の札。
ダリマビウスと直接対峙する場面が訪れたら、札の真ん中の突起を押すように言われていたので、こっそり押していたのだが。
「チッ……」
「これは都民に急報を瞬時に伝える魔具」
ボジョル司教が言うには、魔法のかかった花火を各所で一斉に打ち上げ、上空に舞った粉が拡声器の役割を果たし、金属板が拾った音声を誰が発言したかわかるほど正確に伝える働きがあるらしい。教主が「バカな国民」などといった悪辣なセリフはすべて国民の知るところとなったようだ。




