第26話 罠
コトオドは封神祭の前日、教主ダリマビウスと彼の配下が3人で神殿の中を音を立てないように静かに歩いているのを見た。
ダリマビウスが先頭を歩き、他ふたりが大事そうに抱えているのは、女神のシンボルが彫られた初めて見る銀杯。
神殿の奥に向かっているのを尻目に見回りのため、2階へと上がったコトオドだが、どうにも気になって2階の窓の外から神殿裏を見下ろすと、再び3人を捉えた。
3人がある建物の中に入った。
女神教の神殿裏には歴代教主の廟墓が安置されており、その中の一つに入っていったのを見たそうだ。
こんな夜中に銀杯を持って廟墓を訪れるなんて、なにかおかしい。とコトオドは考え、しばらく2階の窓から観察していたが、結局ダリマビウスと彼の配下二人は廟墓から出てこなかったそうだ。
「ではそこに向かいます!」
「廟墓はひとつではないんです」
十数棟の廟墓があり、不揃いなので、知っている者がいないと間違いなく迷うとコトオドに言われた。
「あの……よければこちらをお持ちください」
「これは?」
「お守りのようなものです」
ボジョル司教から受け取ったのは、金属でできた札。
もし、ダリマビウスと直接対峙する場面が訪れたら、この札の真ん中にある突起を押すように言われた。
なにかは教えてくれなさそう。
コトオドも知っているが、知らないフリをしようとしているのがわかる、嘘があまり上手ではないらしい。
呪いの類ではなさそう。
まさか、ここまで来て私とマルを罠に嵌めようとしているとは考えにくい。
そう考え、司教の言われるまま懐にしまった。
「何か起きた時、私は足を引っ張りますので」
ボジョル司教が同行を辞退した。本当はコトオドも連れて行くのは危険だが、墓の正確な場所がわからないと困るので、やむなく道案内をお願いすることにした。
ボジョル司教と別れて、入ってきた通路とは別の隠し通路を進み、外に出た。神殿の外にある庭をお手入れする道具などが収納された作業小屋の中。
「小屋を出て、左手に300Mくらい行った先に例の廟墓があります」
隠し通路に繋がる扉である棚が元に戻っていくのを確認しながら、コトオドが現在地と目的地の方向を教えてくれた。
小屋の外に人の気配はない。
遠くで、おそらく神殿の中ではまだ侵入者の捜索が行われているだろう。微かに物音が聞こえる。
「ここからは静かにお願いします」
「はい」
「アウ!」
コトオドに外に出たら、なるべくしゃべらず音を立てないようにと念押しされた。心配なのはわかるが、私とマルのことより自分のことを心配した方がいいと思う。
いざ、外に出てみると、神殿の外は月明りでまぶしかった。こんなに明るすぎると誰かにすぐに見つかってしまいそう。コトオドは神殿の上階の窓から発見されるのを恐れ、神殿の壁に張り付き、腰を落として墓所へと向かう。私とマルもそれに続いた。
「これです」
途中、発見されることなく、目的の廟墓の中に入れた。
石で造られた4本の柱の中央に石棺が3つ並べられているだけで、特に変わった点はない。
「……アウ」
マルが一番左の石棺に近づき、小さな鳴き声で私に合図した。
「ぐっ、これは重くて開きそうもありません」
コトオドが棺に近づき、蓋を持ち上げようとしたが、無理だった。
私も彼にならって蓋を持ち上げようとしたら、ピクリとも動かないので段々と手に力を込め始めたら、「バギャッ!」と大きな物音を立てて、蓋が壊れてしまった。
ごっ、ごめんなさい。
まさか壊れるとは……。
「これは……偽装してたみたいですね」
「え?」
石棺の蓋を壊してしまい、泡喰っていたが、コトオドに言われて我に返った。よく見ると、棺の中には遺体はなく、地下に続く階段になっていた。
階段を下りると、巨大な鉄でできた扉があったので開いた。
音がすべて吸い込まれてしまうそうな静寂に包まれた石造りの広間。
床一面には黒ずんだ赤い塗料で描かれた巨大な魔法陣が部屋いっぱいに広がっている。幾何学的な体系の読めない文字と歪んだ文様が複雑に絡み合い、その中央には歪な形をした三角柱の台座が据えられている。その台座の上に、例の女神の銀杯が載せられていた。
「ふふっ、自らここに足を運んでもらえるとは助かる」
「ダリマビウス……」
「貴様の持つその剣は、あの方のために必要なもの。ここで死んでもらう」
いつの間にか、入ってきた扉の外側に教主ダリマビウスが立っていた。老人が話している間にも鉄の扉が閉められつつある。
「カタニア様も罠に嵌めたのはアンタの仕業か?」
「ボジョルのところの小僧、か。ククッ、だとしたら何だと言うのだ?」
「こんな人が教主だなんて、聖王国の人間全員騙されていたんだ……」
「そう、バカな国民どもで助かるよ、それでは仲良く化け物のエサになるがよい」
そう言って、ダリマビウスは鉄扉が完全に閉じる瞬間、扉の隙間から何かを投げ入れてきた。床に落ちたのは白い袋で、袋の開いた口からドロリと粘性体の何かが這いずり出てきた。
「マル」
「アウ~ン」
「ぎゃぁぁああ、狼の魔物⁉」
女神の銀杯を魔法の箱庭に回収しながら、マルの名を呼ぶと、状況を把握していて元の大きな姿の上位白銀狼の姿に戻ったマルが、悲鳴をあげるコトオドの襟をくわえて、箱庭の中に飛び込んでくれた。
これで銀杯や少年を心配する必要がなくなった。
あとは目の前のモノを何とかするだけ。
黒い粘性体のモノがゆっくりと床を這いずり回っていたが、魔法陣に触れた瞬間、赤い光が魔法陣から垂直に立ち昇った。その光を受けた黒い粘性体がみるみると姿を変えながら膨らんでいくのを見上げた。




