第20話 旅は道連れ、爺は情け
「今日は、ワニ鳥の丸焼きと雲上キノコの強火ソテーを作ったデシ!」
「うむ、美味しそうじゃ。では頂くとするかの」
「コクコク」
魔王四天王のひとり、イースタンが勇者アーバンテインに服従を誓って1週間が経った。
イースタンは、アーバンテインを師匠と呼び、身の回りの世話をするようになった。
ワニ鳥はノースエンドの川に生息している水棲なのに羽を持っていて、川辺に近寄った動物などを飛んで行って強靭な顎で襲ってくる魔物。雲上キノコは、雲がかかるくらい高い山の山頂付近にしか生えないキノコで、このアースヴァルト大陸では採れる場所が限られているキノコ。どちらも鳥型の魔族で弓に長けたイースタンだからこそ簡単に調達できる食材である。
相変わらず、ゾゾというドワーフは何も話さない。
師匠の話すことに頷いてばかりで、1週間も経っているのに声すら聞いていない。
帝国兵が何らかの理由で撤退をしたので、時間がある時に二人に稽古をつけてもらっているが、かなり厳しく毎回ボロボロにされている。でも師匠は勇者なのに魔法も使える。ボロボロになったイースタンを軽く治療は施してくれるので、なんとか厳しい稽古にも音を上げずについていけている。
「ふむ? ようやくき来おったわい!」
「コクコク」
師匠とゾゾの人差し指にはめている指輪が黄金色に輝くと、師匠の少し前に円形の金色のカーテンが降りたかと思えば、その中に人間が座っていた。──いや、浮いている?
よく見ると、床に座る時に敷く円座のような丸い形をした敷物に寛いでいて、常に体がプルプル震えているお爺さんだった。
「遅かったの、ソルダル」
「ふぁ~~?」
「なるほどの、エスマークの地下迷宮の底で生活してたから遅れたのじゃな」
「ふぁ~~?」
──はえっ?
今のって会話が成立したデシ?
イースタンの耳には「ふあ~~?」とボケた老人の声にしか聞こえない。
このお爺さんが、岩晶主ソルダル。魔王領ノースエンドでもソルダルの噂は届いていた。それだけ人間でありながらとんでもない魔力を持った脅威であるはずなのだが……。目の前の老人をいくら観察しても、凄い魔法使いには全然みえなかった。
「それにしてもカタニア遅いの、てっきりタイタル聖王国の神殿にいると思っておったのじゃが」
「師匠、ひとつ聞いてもいいデシか?」
「なんじゃ?」
ずっと気になっていたが、この暗黒谷にいながら、50年前に別れた仲間をどうやって呼び寄せたのか?
「これじゃよ」
やはりそれデシか。
3人とも人差し指にはめている指輪。
師匠が、指輪を反対の手の指でつまんで、何度か前に後ろに捻ると金色の光に包まれた蝶が、指輪から出てきて、隣にいるゾゾの頭の上に止まる。蝶がより一層、黄金色に輝くとゾゾの姿が消え、師匠の前にいるソルダルの隣に金色のカーテンが降りて、ゾゾが現れた。
その魔法の指輪の蝶が対象人物の元まで飛んでいき、転移させるという代物デシね。
「亡くなったか、指輪を外したか。あるいは他の大陸に渡った可能性もあるの」
勇者パーティーが扱う超がつくレアな魔法のアイテムでも、さすがに他大陸まではその効果が及ばないらしい。南方5国連邦の盟主国エスマークにある大陸で最も深い迷宮の底にいたというソルダルよりも遅くなることは考えにくいと師匠は話す。だが、聖女カタニアが生きていて、かつこの大陸に留まっているとしても、彼女の意思に反して、合流できない可能性も0ではないという。
「仕方がないの、聖王国まで儂らが出向いてみるかの」
「コクコク」
「ふぁ~~?」
「ふむ、『風が吹いているうちに帆を上げよ』というからの、急ぐとしよう」
聖王国に行くには、この暗黒谷から帝国領を通るか、バイナン王国、イジス女王国を経由するかのどちらか。この老人たちのゆっくりとした足取りなら半月はかかるかもしれない。
「トリ、お主はどうするのじゃ?」
ふと、師匠がイースタンに振り返る。
ここに留まるのか、ついて行くのか、それとも魔王領に帰るのかを……。
ついて行っていいデシか?
正直、魔王領に未練はない。
魔王様は基本、部下の扱いがひどいし、同僚の四天王は兄貴ヅラしてくる威張ったトカゲと、ずる賢い猿や会ったら嫌味しか言ってこない蜘蛛女。今、思えばなぜ四天王なんてしていたのか、不思議でしょうがない。
「皆さんのお供をさせて欲しいデシ!」
「ほっほっほっ⁉ 旅の連れは賑やかに越したことはないわい」
ゾゾもコクコクと頷いてくれている。
──ソルダルは呆けているようにしか見えないデシが……。
さっそく出発しようとしたが、師匠に「お主は門の上にある櫓にしばらく隠れておれ」と言われた。
理由も聞かされないまま、門の端にある梯子のところから櫓に登ると、ほぼ同時にノースエンドの方から土煙が上がり、魔王軍の一個師団が見えてきた。
あれは四天王筆頭、猛鎧竜ドライグとその眷属からなる〈翠鱗戦団〉……。
魔王軍の最強戦力が投下されたデシ。
いくら師匠たち、勇者パーティーと言えども年寄り3人で、あの魔王軍最強の軍団に挑むのは無謀すぎるデシ⁉
「いつぞやのジジイ、か。四天王の一人イースタンを見なかったか?」
「はて? 見かけておらんですが、その者がなにか?」
「1週間も帰ってこないから、魔王様がご立腹でな」
奈落の門で倒されたのなら良し。もし、裏切ったか、逃亡したなら追いかけて討伐するよう命を受けているという。
「ここに人間の軍がいたのか?」
「えーえー、たしかに数日前まで帝国軍がおりましたの」
「そうか、では殺されたか。いや、ヤツは羽持ち。人間に殺られるとは思えん」
ブツブツと独り言をしていたドライグは考えるのをあきらめて老人たちを眺める。
「貴様はたしかここの門番をしていた骸骨の友人だったか?」
「ええ、アルコ殿はかけがえのない親友ですじゃ」
「それは残念だったな」
「……と申しますと?」
ドライグが口の端を引きつるよう上げて笑うと後ろに控えているリザードマンの兵たちも「ゲヒゲヒ」といやらしく笑う。
「あの骸骨がいなくなったせいで魔王軍に食糧不足が生じている。イースタンを狩るついでにあの骸骨も二度と動かないように粉々に砕くよう魔王様が仰せだ」
「そうですか、なら儂らは今晩の夕食はトカゲのシチューでも食べるとするかの?」
「なんだと?」
櫓の上からだと門の真下にいる師匠の表情が見えない。
だが、これは……。
これまで師匠は全然本気ではなかったデシか?
地面が揺れるほどの闘気が櫓の下で発生しているのがわかる。
「第32代目勇者アーバンテイン、参る!」




