第2話 元門番の友人
✜魔王領近郊✜
魔王と四天王は暗黒の谷で骸骨の門番をクビにした後、近くにある村を焼き払おうと捜索していた。
「おい、この辺りに本当に村があるのだろうな?」
「おかしいですね。蟲から得た情報で確認したのですが……」
どんなに探しても見つからない。
日が沈み始めたので、引き返すことにした。
人間領から戻る途中、暗黒の谷にある巨大な「奈落の門」の前に差しかかった。
すると、門の前に年老いた人間がひとり立っていた。
「老いた人間よ。そこで何をしておる?」
魔王が尋ねると、老人が振り返った。
白い眉毛がフサフサと垂れていて、目が見えない。
「アルコ殿はどちらに行ったか知りませんかの?」
アルコ?
ああ……例のノロマで使えない骸骨の門番か。
「奴はクビにしたが?」
「そうですか……残念ですじゃ」
「あの者になんの用だ?」
「隣の大陸の火酒を手に入れたので一緒に盃を酌みかわそうとしてたのですじゃ」
人間風情が魔族と酒を飲むだと?
まあ、奴は門番くらいしかできない下っ端魔族。人間に舐められるのも無理はない。
しかし、余の前によくも堂々とその首をさらしたものよ。
「では、儂はこれでお暇を……」
「待て!」
もちろん生かして帰すつもりはない。
「魔王様、ここは俺が……」
「キキッ! ミーの方が家畜を捌くのは得意だキッ!」
「……ショウジョウ、うぬに任せる」
「光栄でキッ!」
「ちっ」
四天王のひとり、猿型の魔族であるショウジョウに任せることにした。
竜の魔族ドライグは納得いかないようだが、こんな年老いた人間に魔族の最強戦力を使うこともあるまい。
「皆さんは魔王軍幹部ではありませんかの?」
「恐れ多いキっ、魔王様に向かって!?」
「ほほう……魔王様、ですか。ではお聞きしますが、人間との停戦状態を壊すおつもりかの?」
「人間ごときと停戦協定など結んだ覚えはない。ショウジョウ」
「はい、すぐにこの人間の首を刈ってお持ちするキッ!」
人間との停戦協定?
戯言を抜かしよる。
魔王は鼻で笑い、ショウジョウに任せて魔王領ノースエンドに入った。
魔王と他の四天王3人が去り、老人とショウジョウだけになる。
「じゃあ、さっさとその首を差し出すキッ!」
「残念ですじゃ、せっかくアルコ殿が築いたものを壊すことになるとは……」
「ゴチャゴチャうるさいキッ! とっととくたばるキよ」
「ふむ、久しぶりじゃからの、四天王にどこまで通じるものか」
ショウジョウの尻尾が老人に向くと、毒針を射出した。
だが老人の姿が消え失せたかと思うと、いつの間にか猿の魔族の真横に立っていた。
「ぐぼぉっ!」
「おぬし、本当に四天王なのかの?」
ただの掌底。──のはずなのに巨大な鈍器で殴られたようなとんでもない衝撃が脇腹を駆け抜けた。
「キィィーーー死ねジジィ!」
「ふむ、本当にこの程度の腕前のようじゃの」
ショウジョウの長い鋭く尖った爪はかする気配もなく、宙を斬り続ける。
老人は、無造作によけながら考え事をしている。
「こんなことならさっさと魔王を倒せばよかったの……」
「き、貴様ごときが身の程を知れキッ!」
「身の程、のう……よくわからんが、アーバンテインという名じゃが?」
「アーバンテイン? まさか貴様が先々代の勇者〈蒼炎の使徒〉だキ?」
蒼炎の使徒、龍を屠る者、星の護り手……ここ数百年の間でもっとも有名な勇者の名前。
ふわりと宙に浮いた老人は木の枝を一振り手折り、着地する。
そのまま木の枝を地面すれすれに構えて微動だにしない。
ハッタリだキッ!
あんな木の枝を武器になんて、できっこないだキ!
ショウジョウは、魔法で召喚した円盤型の刃を両手に握り、地を蹴った。
「んキッ! バカ……なキ」
ショウジョウのここぞという時に使う必殺の武器、ルドラ・チャクラム。
銀色の閃光と老人の持つ木の枝が交差する。甲高い音と鈍い音が同時に聞こえると、髙硬度を誇る両手のチャクラムに無数のヒビが入り、粉々に砕け散った。
「ふむ、手加減したつもりじゃったが?」
「ぐきゃ!」
ショウジョウの左肩から鮮血が噴き上がり、地面につっ伏す。
あの一瞬でチャクラムを砕き、ミーに一撃を入れたキ?
勇者だからって、強すぎキッ!
「おかしいの? アルコから四天王は最強だと聞いておったのじゃが」
「くっ、覚えておけだキッ!」
ショウジョウが首から提げている人形が割ると同時に地面に沈みはじめた。
魔王軍の幹部にだけ許されている緊急脱出用の魔具。
命からがら魔王城へ逃げ戻ったショウジョウは、治療を受けたあと、謁見の間で魔王の元へ向かった。
「雑魚だから逃がしてやった、だと?」
「あんな老いぼれを殺っても魔王様のお目を汚すだけだと思いましたキッ」
「余は首を取って参れと命じたはずだが?」
「申し訳ありませんキッ!」
「まあいいじゃないですか魔王様。人間の首など俺が星の数ほど取ってきますから」
「……よかろう、ショウジョウ、次はないと思え」
「ははっ!」
よりにもよって、四天王の一人ドライグに助けられた形になった。あのトカゲ野郎、自分が最強だと思っているから気に入らない。
(チッ、エラそうキっ!)
ショウジョウは、心の中で舌打ちしながら、謁見の間を後にした。
あの老人が先々代の勇者である報告を怠ってしまったが、大して問題にはなるまい。それよりもアルコという元門番のヤツ。物騒な人間と仲良くなりやがってキっ。考えてみたら全部、あの元門番のせいじゃないキッ? どこかでヤツと会ったらタダでは済まさない。