第1話 私、クビですか?
「そこの骸骨、貴様はクビだ」
「そんな……」
「あと、魔王領から追放の刑に処す」
この魔王領入り口、暗黒の谷の門番になって100年。
ずっと門番をやっていけると思っていたのに……。
クビどころか、魔王様に追放されてしまった。
魔王様と四天王の面々が、この暗黒の谷の門にやってきた。
なんでも退屈しのぎに人間の住む街や村を焼き払いに行くのだとか。
それで、ついつい互いに傷つけあうのは良くないのでは、と余計な口出しをしてこうなってしまった。
「しかし……」
「魔王様に口ごたえすんな、このノロマが!?」
「ウフフ、なんでこんなウスノロに門番なんてやらせていたのかしら?」
竜型の魔族に蹴りを入れられ、蜘蛛型の女魔族に嘲笑される。
「お世話になりました」
「まだいたのかよ。いい加減にしないとぶちのめすぞ?」
着の身着のまま、100年間務めた門を去る羽目になった。
大陸の北の果てにある魔王領から歩いて約一週間。
ようやく人間の街が見えてきた。
「ひぃい! 魔王軍が!」
「ちょっと待ってください。私はもう魔王軍じゃないんです」
「このアンデッドめ、退治してくれる!」
ダメだ。
人間を完全に怖がらせてしまった。
街の近くで見つかった後、散々追いかけ回されて、ようやく森の中へ逃げ込めた。
困った。
見た目が骸骨なので、魔物と思われてしまった。
魔王軍には知能が高くて人型に近いものが魔族。知能が低く言葉を解せないものが魔物と分類されている。まあ魔族と理解しても襲われていたかもしれない。
森の中を分け入っていくと、放棄された砦を見つけた。
ずいぶんと昔に使われていた場所らしく、木々や草花が砦をほぼ飲み込んでいた。
突然、物音が聞こえた。
奥の部屋に通じる壊れた扉から無数の黒い影が現れた。
「んああああああ っ」
骸骨の魔物。
私と外見は似ているが、彼らはスケルトン。私は〝深淵の騎兵〟という変わった魔族で彼らとは全然違う存在である。
朽ちた天井から微かに差し込む月の光を頼りに骸骨の魔物を一掃する。アンデッド系な私だが夜目は効かない。暗いところも怖かったりする。
どうやらこの砦はこのスケルトンがたくさんいた関係で人間が立ち入らなかったようだ。砦がまだ機能していた頃の剣やら鎧が数多く眠っていた。
だが、そのほとんどが破損したり、錆びついていて使い物にならない。
おや?
壁が一部崩れていて、奥に部屋が見える。
あちこち触れているうちにコトン、と仕掛け扉が開き始めたが、扉の格子が歪んでいるせいか半分くらいで止まってしまった。
身体を滑り込ませて、隠し部屋に入る。
書物と朽ちたテーブルに椅子。
椅子には高位の騎士と思しき人物の亡骸が座していた。
その騎士の亡骸が身に着けている鎧一式が、目を引いた。
白磁色の金属製の全身鎧。魔鉱石の類で作られた鎧らしく、錆どころか汚れひとつない。これなら顔まですっぽりと兜に覆われているため、人間の街に入っていけるはず。
ちゃんと弔ってあげなきゃ。
砦の裏にある森に侵食されてない一角に墓をつくり、騎士を丁重に厚く弔った。
その後、鎧を拝借して身に着けてみる。
ぜんぜん重くないし、動きも阻害される部位はない。
朝になるのを待って、もう一度人間の街を目指す。
「きゃぁぁあ!」
悲鳴?
森の中を抜けて街道へ出ると、馬車が襲われていた。
襲っているのは野盗の類。襲われている方は商人か何かだろう。
3人の護衛のうち、すでに2人は倒れており、最後の護衛も矢傷を受けて満身創痍の状態だった。
「待ちなさい」
「……誰だか知らないが殺っちまえ!」
制止を呼びかけたら、一方的に野盗が襲ってきた。
やけに動きがゆっくりだ。
護衛との死闘で疲れ切っていたようで、あっさりと野盗を全員、殴って気絶させた。
「騎士様、助けてくださり、ありがとうございます」
「いえいえ礼にはおよびません。それに……」
商人の男性とその娘らしき人物が馬車の中から出てきた。
勘違いしているようなので騎士ではないと説明する。
「異国の冒険者でしたか。治癒魔法まで使えるなんてお見それしました」
「ははっ、それほどでも」
おかしい。
暗黒の谷に訪れた人間の中に半数くらいは魔法の使い手がいたので、治癒魔法くらい使えて当たり前だと思っていたのに。
「傷まで癒してくれてありがとう。俺はザック、傭兵をやっている」
「失礼しました。私の名はアルコ。礼など結構です」
残念ながら他ふたりの傭兵はすでに息絶えていたため、助けられなかった。
「この野盗たちはどうするんです?」
「ここに縛っておいて、街の衛兵に通報すれば報奨金がもらえるさ」
ザックから取り分は私が9、彼が1でいいと話す。だが、それでは申し訳ないので半分こにすることにした。どちらにせよ、私も金子は少しは持っておいた方がいい。
商人の父娘とザックが一緒だったので、今日はすんなりと街の中に入れた。
明日、冒険者ギルドに顔を出せば野盗討伐の報奨金がもらえるらしい。
「アルコ様、この後のご予定は?」
「私は街中を見て回ろうと思ってました」
正直、魔王領では貨幣という概念がなく、魔石で物流が回っていた。ただ魔石を使った物の売り買いもいい加減なので、この辺はしっかり勉強しておかねばならない。
「少しだけ私たちの商会へ寄っていただけませんか?」
「いえ、お構いなく」
助けた商人は、いくつかの街でお店を持っているそれなりに裕福な商い人だそう。
お礼をしたいので、お店まで来てくれないかとのことだった。
だけど、丁重に断った。
どんな出会いも100年間ずっと門番をしていた私にとっては大事な縁。
彼らとは対価でしか、付き合いのできない関係にはなりたくない。
いつかまた会えることを信じて、街の入り口で商人の父娘と別れることにした。