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第41話 星見の遺跡と、サーバー室の管理人

 王都郊外に佇む「星見の古代遺跡」は、時の流れから完全に取り残された場所だった。苔むした巨石が、かつてここが壮麗な神殿であったことをかろうじて物語っている。ひんやりとした空気は、インクと古文書の匂いとはまた違う、神聖さと、そして忘れ去られたものの寂寥感がない交ぜになったような匂いがした。


「…すごい。空気が、澄んでるのに重たい感じがします」

 ミラベルが、ごくりと喉を鳴らした。


「油断するな。ここは、ただの廃墟じゃない」

 カレルが、スパイの目で鋭く周囲を警戒する。彼の隣では、ヴォルフガング中佐が、いつでも剣を抜けるように、柄に手をかけていた。頼もしいことこの上ないわね。


 私たちは、遺跡の入口を塞いでいた古代錬金術の封印の前に立った。複雑怪奇な術式が、青白い光を放っている。

「ミラベル、お願いできる?」

「は、はい! お任せください!」

 ミラベルは、オカルト的な雰囲気に少し怯えながらも、目の前の未知の術式に錬金術師としての血が騒ぐのか、目をキラキラと輝かせ始めた。彼女はリュックから、虫眼鏡やら、羽ペンやら、挙句の果てには小さな聴診器(?)まで取り出し、術式に挑んでいく。


「ふむふむ…この魔力の流れは、現代の循環理論とは全く逆…! なんて大胆な発想! あっ、でもここの構造は、ちょっと無理やりというか、後から付け足したような…」

 ブツブツと独り言を言いながら、彼女が封印のある一点を、そっと指で押した。すると、あれほど強固に見えた光の壁が、まるで泡のように弾けて消えた。


「お見事よ、ミラベル」

「えへへ…。でも、なんだかこの封印、無理やり古い術式を新しい理論で蓋したみたいな、変な感じがしました」

 彼女の言葉に、私は微かな違和感を覚えた。


 遺跡の内部は、迷宮のように入り組んでいた。壁には、星の運行を示すと思われる無数の壁画が描かれている。

「カレル、斥候をお願い。ヴォルフガング中佐は、後方の警戒を。ミラベルは、壁画の解読を試みて」

 私の指示に、全員が頷き、それぞれの役割を開始する。これこそが、私たちのチームの強みだ。


「おい、リアナ。こっちの床、少し色が違うぜ。感圧式の罠の可能性が高い」

 先行していたカレルが、声を潜めて合図を送る。

「リアナ嬢、天井の石組みが緩んでいる。いつ崩れてもおかしくない。下がるんだ」

 ヴォルフガング中佐が、屈強な体で私を庇うように立つ。


「花季様! この壁画…古代エスターニア語で、『星の子、尊き枷を戴き、偽りの楽園に永遠の安寧を…』と書かれています…!」

 ミラベルの解読が、謎の核心に少しずつ近づいていく。


 そんな中、私はずっと、あの男の気配を感じていた。直接姿は見えない。だが、彼は間違いなく、この遺跡のどこかから、私たちを見ている。

 遺跡の中央、かつて祭壇があったのであろう、円形の広場に出た、その時だった。


 不意に、目の前の空間が陽炎のように揺らめき、ノアの姿が、まるで幻影のように現れた。

「――やはり、ここまで来たか。イレギュラー」

「ノア…!」

 カレルとヴォルフガングが、咄嗟に私を庇うように前に出る。しかし、ノアは彼らには目もくれず、ただ私だけを見ていた。


「ここは、世界のメンテナンスルームだ。あるいは…『サーバー室』とでも言った方が、君には分かりやすいか?」

 彼の言葉に、私は息を呑んだ。サーバー室…? やはり、この世界は…。


「王という名のアンチウイルスソフトは、もう寿命を迎えた。蓄積したエラー(歪み)で、自己崩壊を始めている。新しいものに交換するか、システムごと初期化するか…それが、合理的な判断だ」

 感情のない、平坦な声。彼にとっては、王の命も、この国の運命も、ただのシステム上のタスクに過ぎないのだ。


「待ちなさい! そのアンチウイルスソフトとやらは、血の通った一人の人間よ! 交換したり、初期化したり、そんなことが許されるはずがない!」

「では、君ならどうする? 感情論で、崩壊しかけた世界を救えるとでも?」

 ノアは、私を試すように問いかける。彼の幻影は、それだけ言うと、再び静かに消えていった。


 ノアの言葉は、まるで謎かけのようだった。だが、それは、私たちを導くヒントでもあった。

「サーバー室…アンチウイルス…彼、何かを隠しているわ」

 私は彼のヒントを元に、広場の祭壇の石組みに、不自然な継ぎ目があるのを発見した。仲間たちと力を合わせ、その石を動かすと、地下へと続く、螺旋階段が現れた!


 階段を下りた先は、息を呑むような光景が広がっていた。

 遺跡の最深部「盟約の間」。部屋の中央には、空から巨大な光の柱が降り注ぎ、その下に立つ初代国王アルトリウスが、星のような形をした光の塊と、何かを契約している場面を描いた、巨大な壁画が荘厳に輝いていた。

 そして、祭壇には、膨大な情報を内包しているであろう、人の頭ほどもある巨大な水晶が、静かな光を放ちながら鎮座していた。


「これが…『大盟約』の…!」

 ミラベルが、恐れと興奮が入り混じった声で呟いた。彼女が、その解析のために水晶に触れようとした、その時だった!


「――その『世界の真実』、我々ギルドが、有効活用させてもらうぜ!」


 階段の入口から、複数の人影がなだれ込んできた! ギルドの残党だ! 彼らは、私たちが罠を解除し、道が開くのを待っていたのだ!

「くっ…!」

 私たちは、瞬く間に武器を構えたギルドの男たちに取り囲まれてしまった。


 絶体絶命のピンチ。私は、悔しさに唇を噛みしめる。

 その光景を、遺跡の天井の、一番深い影の中から、一対の灰色の瞳が、何の感情も映さずに、静かに見下ろしていた。

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