第37話 約束の国のレクイエム、そして夜明けのプレリュード
荘厳なパイプオルガンの音色が、エスターニア王宮の大聖堂に響き渡る。ステンドグラスから差し込む光が、床の大理石に色とりどりの模様を描き出し、その光景はあまりにも神々しく、そしてあまりにも偽りに満ちていた。
玉座へと続く真紅の絨毯の上を、第一王子アルフォンスが、得意満面な笑みを浮かべて歩みを進める。その背後、玉座の影には、まるで闇そのものが人の形をとったかのような、ギルドのボス"夜想"が静かに控えている。彼の存在に気づいている者は、この場にごくわずかしかいない。
私は、外交使節団の席から、その光景を冷ややかに見つめていた。隣に座るミラベルは、緊張で小さな体をこわばらせ、懐に隠した『お星様スポットライト』の起動スイッチを、祈るように握りしめている。
大司教が、古の王冠を厳かに手に取り、祭壇の前で片膝をついたアルフォンスの頭上へと、ゆっくりと掲げた。偽りの王が、誕生しようとしている。
会場の誰もが固唾を呑んで見守る、その瞬間――!
「――今よ、ミラベル!」
私の小さな合図と共に、ミラベルがスイッチを押した!
次の瞬間、大聖堂の天井近くから、一本の眩い光の筋が、まるで天からの啓示のように差し込み、二階席のバルコニーに立つ一人の少女を、くっきりと照らし出した!
ミラベルの『真実を照らす☆お星様スポットライト(たまに星屑がキラキラ舞う、とってもロマンチックな機能付き!)』が、完璧に作動したのだ!
「な、なんだ!?」「あの少女は誰だ…?」
会場がどよめく中、スポットライトを浴びた少女――リリアーナは、被っていたベールを静かに外した。
「エスターニアの民、そして、誇り高き貴族の皆さん。私の名を、覚えておいででしょうか」
凛とした、しかしどこまでも澄んだ声が、大聖堂に響き渡る。
「私の名は、リリアーナ。先王アレクサンドルの娘、この国の正統なる血を引く者です!」
「リリアーナ姫!?」「生きておられたのか!」
会場は、驚きと混乱、そしてやがて、希望のさざ波に包まれていく。
「小娘が…!」
玉座の影で、"夜想"が忌々しげに舌打ちし、その姿が影に溶けるように消えた!
「カレル、行くわよ!」
「言われるまでもねぇ!」
私もカレルも、同時に席を蹴り、"夜想"を追って玉座の裏、祭壇の奥へと続く通路へと飛び込んだ!
「師匠! あんたのやり方は、もう古いんだよ!」
カレルの叫びと共に、薄暗い通路で、壮絶な師弟対決の火蓋が切られた。"夜想"の動きは、まるで影そのもの。実体があるのかないのかさえ分からない、予測不能な暗殺術でカレルに襲いかかる。
カレルの体は、感情の高ぶりで再び虹色のオーラを放ち始める!
「ちっ、こんな時にまでピカピカしやがって…!」
「フン、派手なだけの出来損ないめが!」
"夜想"の嘲笑と、カレルの悪態が飛び交う。(内心:この師弟、戦いの最中に口喧嘩しないでくれるかしら!)
一方、大聖堂は、新たな局面を迎えていた。
リリアーナ姫の登場で動揺するアルフォンスとギルド派の貴族たち。その隙を突き、大聖堂の全ての扉が勢いよく開け放たれ、ヴォルフガング中佐とレオニード王子に率いられた部隊が一斉に突入した!
「国王陛下の名において、国賊どもを拘束する!」
ヴォルフガングの力強い号令が響き渡り、守備隊は瞬く間にギルド派の貴族たちを制圧していく。
祭壇の裏では、私とカレルの死闘が続いていた。"夜想"の強さは、想像を絶する。彼の操る影の触手が、私の腕を掠め、ドレスを引き裂く!
「リアナ!」
カレルが私を庇うように前に出るが、その動きを読んでいたかのように、"夜想"の刃が彼の傷口を再び狙う!
「くっ…!」
カレルが膝をついた、その時だった!
「させるもんですかぁー!」
どこからかミラベルの叫び声が響き、"夜想"の足元に、彼女の最後の発明品『友情と根性の☆ピコピコハンマー・リモート操作版』が、ポトリと落ちてきた! そして、次の瞬間、ハンマーは猛スピードで回転しながら、"夜想"の足の甲をピコピコピコピコと叩き始めた!
「ぬっ!? なんだこの鬱陶しい玩具は!」
ほんの僅かだが、最強の暗殺者の集中が途切れた。
その隙を、カレルは見逃さなかった。
「もう、誰も…あんたの好きにはさせねぇ!」
彼は、師の懐へと、かつての暗殺者の動きではなく、ただ守りたい一心で飛び込んだ。そして、リナから貰った不格好な団子のお守りを握りしめた拳で、"夜想"の胸を、強く、強く打ち抜いた!
「ぐ…ふ…」
影を操る暗殺者ギルドのボスは、まるで陽の光を浴びた悪霊のように、静かに塵となって消えていった。
カレルの体から、彼を縛り付けていた闇を振り払うかのように、虹色のオーラが一際強く輝き、そして、ふっと消えた。そこに立っていたのは、ただの、少し息を切らした青年の姿だった。
全てが終わった。
大聖堂では、アルフォンスが全てを失い、泣き崩れている。貴族たちは、祭壇へとゆっくりと歩みを進めるリリアーナ姫の前に、次々とひざまずき、忠誠を誓っていた。
エスターニアに、真の女王が誕生した瞬間だった。
私は、深手を負いながらも、どこか満足げに微笑むカレルの元へ駆け寄った。
彼は、これまで一度も見せたことのない、穏やかな顔で私を見つめた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「…リアナ」
彼が、初めて私の名を呼んだ。
その声は、エスターニアの新しい時代の始まりを告げる、夜明けのプレリュード(前奏曲)のように、私の心に優しく響き渡った。




