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第36話 女王陛下のレッスンと、最後の作戦会議

 リントヴルム村での勝利の余韻に浸る間もなく、私たちはエスターニアの王都へと帰還した。街の空気は、私たちが発つ前よりもさらに重く、冷たく張り詰めている。第一王子アルフォンスによる「王位継承の儀式」が三日後に執り行われるという布告が、王都の隅々にまで圧政の影を落としていた。


 レオニード王子が手配してくれた隠れ家――今はもう使われていない古い劇場――で、私たちは再会を果たした。彼は、やつれた表情の中にも、確かな闘志の光を宿していた。

「リアナ様、姫君を…妹を、よくぞご無事で…!」

「礼には及びませんわ、殿下。戦いはまだ、始まったばかりですもの」


 こうして、私たちの最終作戦『女王陛下のお披露目会』に向けた、最後の準備が始まった。


 主役はもちろん、リリアーナ姫だ。儀式までの二日間、私とミラベルによる「即席☆女王陛下養成講座」が、劇場の舞台裏で開かれることになった。


「いいこと、リーナ。いえ、リリアーナ。女王とは、ただそこにいるだけではダメなの。その視線一つ、指先の動き一つで、民の心を示し、導くものでなければならないわ」

 私がそう言うと、リリアーナは「は、はい、リアナ先生!」と緊張で体を硬くする。

「歩く時は、背筋を伸ばして、一本の光の糸で天から吊られているように…。そう、上手よ! でも、時々スパイみたいな足運びになるのはやめなさい!」

「ひゃっ! ご、ごめんなさい!」


 一方、ミラベルの担当は、教養と歴史だ。

「えーっとですね姫様、エスターニア建国の歴史は、初代国王様が巨大なドラゴンと三日三晩戦って…あ、この時のドラゴンの鱗の錬金術的価値は計り知れなくてですね、もし現代で手に入れば…ブツブツ…」

「ミラベル、脱線してるわよ!」

「はっ! す、すみません! それで、儀式で対面するであろう貴族のリストです! この、ヒゲの濃い人は日和見主義者で、こっちの髪の薄い人は隠れギルド派の可能性がありますので、要注意です!」

 リリアーナは、私たちの無茶な指導に必死で食らいつき、その瞳は日増しに、女王としての輝きを増していった。


 その間、男たちはそれぞれの戦場で動いていた。

 ヴォルフガング中佐は、レオニード王子と共に、軍の良識派の将校たちへの説得工作を進めていた。「アルフォンス殿下は、ギルドの傀儡だ。このままでは、エスターニアは暗殺者たちの国になるぞ!」――彼の熱意とレオニード王子の悲痛な訴えは、少しずつだが、確実に軍の内部を動かし始めていた。


 そして、カレルは。

 彼は単独で、夜の王宮へと何度も潜入していた。彼の体は、ミラベルが新たに開発した『キラキラ抑える☆しっとり保湿クリーム(微かにラベンダーの香りがする)』のおかげで、普段は虹色のオーラを放つことはない。…ただ、感情が高ぶると、頭のあたりがポワッと発光してしまうという、新たな悩みを抱えていたが。

「よう。お姫様ごっこは順調か?」

 夜、作戦会議のために劇場に集まった際、彼は私にだけ聞こえるように、そう軽口を叩いた。

「あなたこそ、無茶ばかりして。傷はいいの?」

「へっ、この程度、どうってことねぇよ」

 彼はそう言って笑うが、その顔色はまだ白い。私は彼の手に、リナから預かったお団子のお守りを、そっと握らせた。「紅灯区のみんなからよ。必ず、生きて帰りなさい」

 カレルは一瞬驚いた顔をしたが、何も言わずに、その不格好なお守りを懐にしまった。


 儀式前夜。私たちは、劇場の舞台中央にエスターニアの地図を広げ、最後の作戦会議を開いた。

 カレルが持ち帰った、王宮大聖堂の詳細な見取り図。そこには、警備の穴や、ギルドが仕掛けたであろう罠の位置まで、正確に記されていた。


「儀式が始まり、アルフォンスが戴冠のため、祭壇に歩みを進める。その瞬間が、合図よ」

 私が力強く宣言する。

「ミラベルの『真実を照らす☆お星様スポットライト』で、大聖堂の二階席にいるリリアーナ姫を照らし出す。同時に、ヴォルフガング中佐とレオニード殿下は、掌握した部隊を動かし、会場にいるギルド派を一斉に拘束。そして、私とカレルで、玉座の裏に控えているであろう、ギルドのボス"夜想"を叩く!」


 完璧な作戦。だが、相手は大陸最強の暗殺者ギルドのボス。一筋縄でいくはずがない。

 会議の後、私は一人残ったカレルに声をかけた。彼の瞳には、師であり、そして宿敵でもある"夜想"への、複雑な感情が渦巻いていた。


「…本当に、大丈夫なの?」

「へっ、誰に言ってやがる」

 彼は強がってみせるが、その声は微かに震えていた。

「…なあ、リアナ。一つだけ、頼みがある。もし、俺がしくじったら…姫のこと、それに、エスターニアのことを、頼んだぜ」

「そんなこと、言わせないわ」

 私は彼の言葉を遮り、彼の目を見つめ返した。

「あなたは、自分の目でリリアーナ姫が玉座に就くのを見るのよ。そして、あなたの長すぎた"借り"を、今度こそ本当に終わらせる。…いいこと? これは、命令よ」

「…へへっ。命令、ね。おっかねぇご主人様だぜ、まったく」

 カレルはそう言って笑ったが、その瞳には、覚悟の光が灯っていた。


 王位継承の儀式、当日。

 王都には、偽りの祝賀を告げる鐘の音が鳴り響いている。

 私は外交使節団の令嬢として、ミラベルは私の侍女として、荘厳な大聖堂の席に着いた。ヴォルフガントとレオニードは、それぞれの部隊と共に、その時を待つ。カレルは、大聖堂の天井裏の闇に、その身を潜ませていた。


 やがて、大聖堂の巨大な扉が開き、アルフォンス第一王子が、その背後に影のようにギルドのボス"夜想"を従えて、姿を現した。偽りの王が、国民から奪い取った玉座へと、ゆっくりと歩みを進める。


 私は、二階席のベールで顔を隠したリリアーナと、そっと視線を交わした。彼女は恐怖を押し殺し、力強く頷き返してくれた。

 さあ、始めましょうか。

 偽りの王に、本物のレクイエム(鎮魂歌)を聴かせてあげる。

 私たちの、最後の戦いの幕が、今、静かに上がろうとしていた。

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