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第32話 三つ巴の邂逅と、びっくりトリカブト団子

 村に響き渡る、不穏な蹄の音。それは、ヴォルフガング中佐の視察団が奏でる規律正しいリズムとは、明らかに異質だった。土埃の向こうから現れたのは、ギルドの紋章を掲げた黒ずくめの一団。彼らの纏う冷たい殺気は、こののどかな村の空気を、一瞬にして凍てつかせた。


「まずいわ、気づかれた!」

 私はリーナとミラベルの手を強く握った。

「リーナさん、事情は後で必ず話すわ! 今は、何があっても私から離れないで!」

「え、ええっ!? は、はい!」

 状況が飲み込めず、目を白黒させているリーナを促し、私たちは村の裏手、山へと続く森の中へと駆け出した。


 ギルドの一団は村に入ると、馬から降り、村長と思しき老人に威圧的に詰め寄った。

「王家の命である。この村に潜んでいるはずの罪人――リーナと名乗る娘を、速やかにお引き渡し願おうか」

 その傲慢な物言いに、村人たちは恐怖に震えるばかりだった。


 森の中を、私たちは息を切らして走る。背後からは、追手の声と、草木を踏みしめる音が迫っていた。

「はぁ、はぁ…花季様、もうダメですぅ…足が…」

 運動不足のミラベルが、今にも倒れそうだ。


「ミラベル、しっかり! ここで捕まったら、あなたの発明品も全部没収よ!」

「そ、それだけは絶対に嫌ですぅー!」

 ミラベルは私の言葉に奮起したのか、最後の力を振り絞って走り出す。…単純で助かるわ。


 しかし、追手は手練れだ。あっという間に距離を詰められ、数名のギルド構成員が私たちの前に立ちはだかった!

「姫君、おとなしくこちらへ」

「こうなったら…!」ミラベルはぜえぜえと息をしながらも、リュックから何かを取り出した。「奥の手です!『びっくり☆トリカブト団子(激マズですが無害です!)』、くらえー!」


 彼女は、お団子を驚くべき制球力で、追手の一人の口めがけて投げ込んだ!

「もぐっ!? ぐっ、な、なんだこれはぁ!? したが…したが、痺れて…ろれつが、まわららい…!」

 男は口から泡を吹きそうになりながら、その場でのたうち回っている。あまりの光景に、他の追手たちも一瞬怯んだ。


(本当に効いてる!? しかも、あんなピンポイントで口の中に…ミラベル、あなた、隠れた才能があったのね…!)


 その隙に、私たちは再び走り出す! さらに別の追手には、ミラベルが『森の仲間☆呼び寄せホイッスル(吹くとリスやウサギが大量に集まってきて、足元をわちゃわちゃさせて混乱させるだけ)』で時間を稼ぐ! 大量のリスにまとわりつかれ、「ひぃぃ!やめろ、寄ってくるな!」と叫ぶ屈強な男の姿は、ひどくシュールだった。


 だが、そんな小手先の技が、いつまでも通用するはずもなかった。

 森の少し開けた場所で、私たちはついに、屈強な男たちに完全に取り囲まれてしまった。その中の一人、リーダー格と思しき男が、顔に大きな傷を持つ、冷酷な目つきで前に進み出る。


「小賢しい真似はそこまでだ、紅灯区のネズミども。姫君を渡してもらおうか」

 男が剣を抜く。万事休すか。私がリーナとミラベルを背後にかばい、懐の短剣に手をかけた、その時だった。


「――そいつらに、指一本触れてみろ」


 凛とした、しかしどこか自嘲的な声が、森の木々の間から響き渡った。

 全員の視線が、声のした方へと注がれる。そこに立っていたのは、いつの間に現れたのか、第一王子派の豪奢な側近服を身に纏った、カレルだった。


「なんだ、貴様は。アルフォンス王子殿下の…」

 傷顔の男が訝しげに言う。

「ああ、そうだ。だが、俺の主からの命令は、『姫君の“保護”』だ。お前らのような下衆に、乱暴な真似はさせられねぇな」

 カレルはゆっくりと歩み寄り、私たちの前に立ちはだかった。


「カレル…!」

 私の呼びかけに、彼は一瞥もくれない。

「裏切り者が…!何を今さら、騎士気取りか!」

 ギルドの精鋭たちは、カレルを「裏切り者」と呼び、一斉に襲いかかった!


 カレルの動きは、まさに“陽炎”だった。圧倒的な多数を相手に、ひらりひらりと攻撃をかわし、的確な反撃で敵を無力化していく。しかし、彼の表情には、いつものような余裕も、不敵な笑みもない。ただ、何かを必死に守ろうとする、悲壮な覚悟だけが浮かんでいた。

 だが、多勢に無勢。そして、彼の目的は敵を倒すことではなく、私たちを守ること。その僅かな隙を、傷顔のリーダーは見逃さなかった。


 リーダーの剣が、リーナを庇ったカレルの腹部を、深く、そして無慈悲に切り裂いた!


「ぐっ…ぁ……!」

 鮮血が、彼の豪華な服を赤黒く染めていく。カレルはその場に崩れ落ちた。


「カレル!」

 私は悲鳴を上げて駆け寄る。ミラベルも泣きながら、震える手で傷口を押さえようとした。

「…へへ…ドジ、ったな…」

 彼は血を吐きながらも、力なく笑おうとした。そして、真っ直ぐに私を見つめて、途切れ途切れに言った。

「俺は…もう誰も、目の前で死なせるわけには…いかねぇんだ……。これが…俺が返すべき、最後の…“借り”なんだよ…」

 彼の瞳から、長い間抱え込んできたであろう、深い後悔と償いの念が、一筋の涙となって溢れ出した。


 その言葉と、表情に、私は全ての真相を悟った。彼が一人で背負ってきた、あまりにも重い宿命を。

「…馬鹿ね、あなたは。本当に、どうしようもない…大馬鹿よ」


 私は溢れそうになる涙を、ぐっと堪えた。今は、泣いている場合じゃない。

「ミラベル、応急処置を! 全力で彼の命を繋いで! リーナさん、彼の手を握っていてあげて! あなたの温もりが、今、一番の薬になるはずよ!」

 私は二人に力強く指示を出すと、ゆっくりと立ち上がった。そして、懐から短剣を抜き放ち、呆然とこちらを見ているギルドの連中に、静かに、しかし燃えるような怒りを込めて宣言した。


「あなたの戦いは、もう一人じゃないわ、カレル。償いじゃない、未来のために戦いましょう」

「――そして、あなたたち。私の仲間に手を出したこと、骨の髄まで後悔させてあげるわ」


 私の瞳に、仲間を守るため、そして、たった一人で戦い続けてきた友を救うため、かつてないほど強く、そして優しい炎が燃え上がった。

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