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第31話 ピヨピヨ鳴く道標と、辺境の村

「――ギルドよりも、そして…あの意地っ張りな情報屋よりも、一足先にね。リリアーナ姫を見つけ出し、保護する!」


 私の宣言に、通信機の向こうのミラベルとヴォルフガング中佐は、それぞれの形で応えた。


『は、はいぃ! お任せください花季様! 私の錬金術の全てをかけて、姫様の居場所を突き止めてみせます!』

 ミラベルの悲壮な、しかしどこか嬉しそうな声。


『…無茶だとは言わん。だが、無謀な行動は慎め、リアナ嬢。君の命は、もはや君一人のものではないのだからな』

 ヴォルフガング中佐の、硬質な声の中に滲む、確かな信頼と気遣い。


 そうだ、私は一人じゃない。そう思うだけで、心の奥底から力が湧いてくるようだった。


 それから数日間、私たちの三つ巴の探索行に向けた準備は、急ピッチで進められた。

 そして、作戦開始から二日目の夜。カルデアの王宮研究所にいるミラベルから、興奮した様子の通信が入った。


『や、やりました花季様! 完成です! 私の新しい発明品、『ピヨピヨ☆超高感度魔力探知機』が、ついに姫様の『月の魔石』の微弱な魔力反応を捉えました!』

「本当!? よくやったわ、ミラベル!」

『はいっ! それで、場所なんですが…えーっと、エスターニアの北東、険しい山脈の麓にある……リントヴルム、という小さな村です!』

 通信機の向こうから、ピヨ! ピヨピヨ! という、何とも気の抜ける電子音が聞こえてくる。…本当に、そのネーミングと効果音はどうにかならないのかしら。


 エスターニアの私の宿舎で、極秘の作戦会議が開かれる。地図を広げた私とヴォルフガング中佐は、さっそく潜入方法を巡って意見を戦わせた。


「我々は公式な外交使節団だ。村の生活状況の視察、という名目で堂々と赴き、リリアーナ姫を保護するべきだ。それが最も安全で、確実な手だ」

 中佐が、いかにも彼らしい正攻法を提案する。


「ダメよ、中佐!」私は即座に首を横に振った。「そんなことをすれば、ギルドに『姫はここにいます』と大声で教えてしまうようなものよ! 彼らは、我々が動くのを待っているはずだわ!」

「…むぅ。しかし、他にどうするというのだ。君一人で乗り込むのは危険すぎる!」

「一人じゃないわ。私には、最高の相棒がいるもの」


 私の言葉通り、翌日、危険を顧みず、商人キャラバンに紛れてミラベルがエスターニアに到着した。彼女の背負う巨大なリュックサックは、怪しげな発明品でパンパンに膨れ上がっている。


「お、お待たせしました花季様! これが、今回の任務のために開発した『完璧☆村娘変身セット(そばかすと、ほんのり日焼けチーク付き!)』です! それから、護身用にこちらもどうぞ! 『びっくり☆トリカブト団子(激マズですが、食べると三日間ほど舌が痺れて悪い噂を立てられなくなるだけで、とっても安全な薬品です!)』!」

「……ええ、ありがとう、ミラベル。心強いわ」

 私は、差し出された怪しげな団子を前に、引きつった笑顔でそう答えるのが精一杯だった。


 こうして、私たちの二正面作戦が始まった。

 表では、ヴォルフガング中佐が「辺境地域の視察」をエスターニア側に正式に申し入れ、わざと準備に時間をかけることで、ギルドの注意を引きつける。

 その裏で、私とミラベルは「旅の薬師姉妹」に変装し、リントヴルム村へと向かった。


 馬車に揺られながら、私はミラベルに、カレルの過去について、話せる範囲で打ち明けた。守れなかった王妃と姫君のこと、彼が背負う罪悪感のこと。

「…だから、私は彼を助けたいの。彼が、過去の呪縛から解放されて、自分のために笑える日を取り戻すのを、この目で見届けたいから」

「花季様…」ミラベルは、大きな瞳に涙を浮かべ、私の手をぎゅっと握りしめた。「はい…! 私も、です! カレルさん、いつも憎まれ口ばっかり叩くけど、本当は、すごく優しい人だって、私、知ってますから!」


 リントヴルム村は、エスターニアの王都の喧騒が嘘のような、美しくも、どこか寂れた場所だった。古い木造りの家々が立ち並び、背後には険しい山々が屏風のようにそびえている。村人たちは、見慣れない私たちによそよそしく、警戒心を隠そうともしない。

 しかし、ミラベルが持ち込んだ特製の塗り薬(驚くほど肩こりに効くらしく、村の長老が絶賛した)のおかげで、私たちは少しずつ、村人たちの信頼を得ていった。


 そして、村に滞在して二日目のことだった。

 村で唯一の小さな診療所を手伝っている、一人の少女と出会った。亜麻色の髪を三つ編みにした、快活で、それでいてどこか気品のある少女。彼女は記憶を失っており、「リーナ」と名乗っていた。


 その少女の首元に、小さなペンダントが揺れているのを見た瞬間、私は息を呑んだ。

 月の光を閉じ込めたかのように、青白く輝く小さな魔石。間違いない、レオニードが言っていた、『月の魔石』のお守りだ。


「あなたが、リーナ…さん、ね?」

 私が声をかけると、彼女は人懐っこい笑顔で振り返った。「はい! 薬師のお姉さんたちですね? いつも村のみんなを助けてくれて、ありがとう!」

 その優しい、しかし芯の強さを感じさせる瞳に、私はリリアーナ姫の面影をはっきりと見た。


(見つけた…!)


 私がリーナに、もっと話を聞こうと一歩踏み出した、まさにその時だった。

 村の外れの方から、複数の馬が駆ける、重々しい蹄の音が聞こえてきた。それは、ゆっくりと村へ向かっているヴォルフガング中佐の視察団のものではない。もっと殺気立った、不吉な音だ。


(まずいわ、気づかれた!?)


 土埃の向こうに見えるのは、ギルドの紋章を掲げた、黒ずくめの一団だった!

 同時に、私のスパイとしての鋭敏な感覚が、別の場所からの視線を捉えた。村の丘の上にある、古い教会の鐘楼。その影で、何かがキラリと太陽の光を反射した。

 あれは…カレルが使う、特殊な鋼でできた短剣の輝き!


 ギルドの追手。カレルの影。そして、何も知らずに微笑む、"月の姫"。

 三者の視線が、この時が止まったかのような辺境の村で、静かに、そして激しく交錯した。

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