第30話 見えないチェスと、王女の行方
カレルが残した、氷のように冷たい拒絶の言葉。しかし、その裏に隠された悲壮な覚悟を読み取ってしまった私に、感傷に浸っている時間などなかった。
「――やはり、彼は何かを隠している。いいえ、何かから、私たちを遠ざけようとしているのよ」
エスターニアの宿舎に割り当てられた、私の豪華だが盗聴器だらけの部屋。私は、ミラベルが持たせてくれた『盗聴器発見☆妖精さんスプレー(発見すると妖精の笑い声が聞こえる!)』で全ての仕掛けを無効化した後、極秘の魔導通信機でミラベルとヴォルフガング中佐に報告した。
『そんな…! カレルさん、ひどいです! 私たちのこと、もう仲間だと思ってくれてないんでしょうか…』
通信機の向こうで、ミラベルが涙声になる。
「違うわ、ミラベル。逆よ。彼は、私たちを仲間だと思っているからこそ、一人で戦おうとしているの。自分だけが背負うべき、危険な戦いだと信じ込んでいるから」
『…だとしても、やり方が気に食わんな』ヴォルフガング中佐の、低く不機嫌な声が響く。『あの男、我々を巻き込むまいと、全てを一人で抱え込むつもりか。なんと傲慢で、そして…不器用な男だ』
彼の言葉に、私もミラベルも、思わず頷いていた。傲慢で、不器用で、そしてどうしようもなく、お人好し。それが、私たちが知っている情報屋カレルという男だった。
こうして、私たちの、水面下での情報収集活動が始まった。表向きは、弔問外交に来たお飾りの使節団。しかし、その裏では、三者三様のやり方で、エスターニアの闇へと切り込んでいく。
私は、公爵令嬢という立場を最大限に利用した。王宮の書庫に籠もり、「エスターニアの歴史を学びたい」という健気な令嬢を演じながら、王家の血統に関する古文書を片っ端から読み漁る。そして、庭園での散策を装い、監視の目に怯えるレオニード王子と密かに接触した。
「…双子の妹、リリアーナ…。彼女は、母の形見である『月の魔石』がはめ込まれたお守りのペンダントを、いつも身につけていました。母が亡くなったあの日に、行方不明になったまま…」
レオニードは、絞り出すような声で、妹の存在を教えてくれた。
ヴォルフガング中佐は、武官として「親善訓練」という名目で、エスターニア軍の内部へと潜り込んでいた。彼は、第一王子派の将校たちの腐敗ぶりと、兵士たちの間に、ギルドから供給されたと思われる謎の身体強化薬が蔓延している事実を突き止めた。それは、兵士たちの命を削って一時的な力を与える、禁忌の錬金術の産物だった。
そして、カルデアの王宮研究所にいるミラベルは、私たちの後方支援を一手に担っていた。
『花季様! 中佐から送られてきた薬品のサンプルを分析しました! これは、人の精神を昂らせ、痛覚を麻痺させる効果があります! でも、副作用で心臓にものすごい負担が…! ひどいです、こんなものを使うなんて!』
彼女は怒りに声を震わせながらも、すぐさま解毒薬の開発に取り掛かってくれた。さらに、レオニードから得た「月の魔石」の情報を伝えると、彼女は錬金術師としての知識を総動員してくれた。
『その魔石、古文書にありました! 王家の血筋を持つ者が近くにいると、微かな魔力反応を示す、非常に希少なものです! これなら…これなら、カルデアからでも居場所が探せるかもしれません! 私の新しい発明品、『ピヨピヨ☆超高感度魔力探知機(ヒヨコの形をしていて、魔力を感知するとピヨピヨ鳴きます!)』で!』
…そのネーミングはともかく、心強い情報だわ。
私が調査を進める中で、奇妙なことが続いた。調べようとしていた古文書が、なぜか机の上に開かれたままになっていたり。第一王子派の衛兵が、都合よく持ち場を離れていて、立ち入り禁止の区域にやすやすと入れたり。
それはまるで、見えない誰かが、私にチェスの駒の進め方を教えてくれているかのようだった。
(…カレル。あなた、私を試しているのね。私がどこまで真相にたどり着けるか、見ているというわけ?)
私は、彼が残したであろうその痕跡を辿りながら、パズルのピースを組み立てていく。
①ギルドは、王位継承に深く介入している。
②エスターニアには、行方不明の王女リリアーナがいる。
③カレルは、敵のフリをしながら、独自に何かを探している。
④リリアーナ姫が持つ「月の魔石」は、彼女の居場所を示す道標になるかもしれない。
全ての情報が、一つの結論へと繋がっていく。
夜、再び三人の極秘通信会議が開かれた。私は、仲間たちに自分の推理を告げた。
「ギルドの真の狙いは、リリアーナ姫を暗殺し、傀儡であるアルフォンス王子を確実に即位させること。そして、カレルは、ギルドより先に姫君を見つけ出し、たった一人で彼女を守り、正統な女王として玉座に就けようとしているのよ。それが、彼の言う"借り"を返す、唯一の方法だから…!」
『なんと無謀な…! ギルドと国全体を敵に回すというのか!』
ヴォルフガング中佐が息を呑む。
『そんな…そんなの、無茶すぎます! カレルさん、一人で死んじゃいます!』
ミラベルの悲痛な声が響く。
そうだ、無茶で、無謀で、そしてあまりにも孤独な戦い。だからこそ、私たちがいるのではないか。
私は、エスターニアの地図を広げた。その顔には、もう迷いはなかった。
「だからこそ、私たちが行くのよ」
「ギルドよりも、そして…あの意地っ張りな情報屋よりも、一足先にね」
「――リリアーナ姫を見つけ出し、保護する!」
私の言葉に、ミラベルとヴォルフガングは力強く頷いた。
三人の心を一つにした、




