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第26話 仮面の下のフィナーレ

 貴賓室の重厚な扉に、私はそっと手をかけた。背後で続く、偽りのワルツの音色が、まるでこの先の運命を嘲笑うかのように聞こえる。扉の向こう側から漏れ出す、微かだが禍々しい魔力の脈動。間違いない、この中にテロ計画の心臓部がある。私は静かに息を吸い込み、一気に扉を開け放った!


 部屋の中は薄暗く、壁一面に複雑怪奇な魔導回路図が青白い光で投影されていた。その光に照らされ、部屋の中央に立つ一人の男の影が、長く伸びている。作動中の遠隔操作装置の前に、仮面を外したレオニード王子が、静かに佇んでいた。


「…やはり、いらっしゃいましたか、リアナ様」

 彼は、私が現れることを予期していたかのように、ゆっくりと振り返った。その紫の瞳には、夜会で見せた憂いの色も、穏やかな光もない。ただ、全てを焼き尽くさんとする、凍てついた炎だけが揺らめいていた。

「いえ、こうお呼びすべきでしょうかな。"夜空に輝く、最も厄介な星"、と」


「あなたの茶番は、もう終わりよ、レオニード殿下」

 私はドレスの裾を翻し、彼と対峙する。遠隔操作装置のゲージが、赤い危険領域へと、刻一刻と近づいていくのが見えた。


「茶番? いいえ、これは祝祭の始まりです。腐敗しきったこの国が、自らの心臓の爆発によって浄化される、輝かしい夜明けのためのね」

 彼の言葉と同時に、三つの場所で、最後の戦いが始まった。


【地下水路】

「うおおぉぉっ!」

 ヴォルフガング中佐の雄叫びが、湿った通路に響き渡る。彼の振るう長剣は、もはや単なる鉄の塊ではなく、正義の意志そのものとなって敵を薙ぎ払う。彼の指揮の下、精鋭部隊は統率の取れた動きでテロリストたちを壁際へと追い詰めていた。

「残るは五名! 一人たりとも地上へ出すな! 全員、拘束しろ!」

 その力強い号令が、地下の暗闇に勝利の確信を灯した。


【屋根裏】

「さてと、そろそろお開きにするか」

 カレルは、ネバネバの網の中でもがく最後の数人を見下ろし、やれやれと肩をすくめた。

「報酬分の仕事はしたぜ。…ま、今回の報酬は、金じゃねぇけどな」

 彼はそう呟くと、屋根裏のさらに深い闇へと、音もなく姿を消した。彼の目的は、一体何だったのか。その答えを知る者は、まだ誰もいない。


【王宮錬金術研究所】

「もうダメですぅ! 魔導炉の制御中枢が、完全にロックされちゃいました! あと数分で、臨界点に…!」

 ミラベルは、モニターの前で涙目になっていた。彼女の『ネズミさん突撃☆ディフェンスプログラム』も、敵の巧妙なファイアウォールの前では歯が立たない。

 しかし、その時だった。モニターの隅で、プログラムのオマケとして友情出演していた、あの陽気な『心霊写真のオジサン』の画像データが、敵のウイルスの影響でバグを起こし、猛スピードで点滅を始めた!

 その瞬間、敵のシステムのモニターに、無数のオジサンの笑顔がポップアップ表示され、システム全体に深刻なエラーが発生!

「こ、これは!? 敵のシステムに、未知の脆弱性が!?」

 ミラベルは、この奇跡(?)とも言えるチャンスを見逃さなかった。

「今です! いけー! 私の最後の切り札! 『緊急停止☆裏コード・泣きながら一晩で考えましたバージョン』!」

 彼女は震える指で、最後の望みを託したコードを打ち込み始めた。


【貴賓室】

 私とレオニード王子の間を、殺意にも似た沈黙が支配する。

「終わりにするのは、あなたのその歪んだ復讐心よ!」

 私は床を蹴り、王子へと走り寄った。彼は護身用の短剣を抜き放ち、優雅な所作で応戦する。剣と簪が火花を散らす。夜会用のドレスは、動きにくく、ひどく邪魔だった。


 王子の一撃をかわし、ワルツのようにくるりと回転した、その瞬間!

「!」

 私はドレスの裾に仕込んだ『淑女のささやかな自己主張』を、最大出力で起動させた!

 バチチッ!と青白い火花が散り、至近距離にいた王子を強烈な魔力衝撃波が襲う!


「ぐっ…! 小賢しい真似を…!」

 彼の体勢が、わずかに崩れた。その隙を、私は逃さない!

 髪に挿していた銀の簪を抜き、彼の首筋めがけて突き出す! しかし、王子も必死にそれを腕で防いだ。簪の先端が、彼の腕を浅く切り裂く。


「…っ!」

 即効性の痺れ薬が、彼の腕の自由を奪い始めた。

 全ての計画の失敗を悟ったレオニードは、残った方の手で、遠隔操作装置の自爆スイッチへと手を伸ばした。

「ならば、道連れだ…! この王宮もろとも、滅びるがいい!」


 だが、彼の指がスイッチに触れることはなかった。痺れ薬が、彼の全身の力を奪っていたのだ。

 そして、その一瞬の静寂を破るように、遠隔操作装置の禍々しい光がふっと消え、部屋の壁に投影されていた魔導回路図が、まるで幻だったかのように霧散した。

 ミラベルが、間に合ったのだ。


 全てが終わった。

 貴賓室に、ヴォルフガング中佐が部下を連れて駆け込んできた。彼は、痺れて動けないレオニード王子と、破れたドレスのままその場にへたり込む私を交互に見て、静かに息を呑んだ。

「…確保しろ」

 短い命令一下、王子は拘束された。


 窓の外では、何事もなかったかのように、仮面舞踏会の優雅な音楽が、まだ微かに聞こえていた。この部屋で繰り広げられた死闘を知る者は、ごくわずか。

 私は、床に落ちた自分の白銀の仮面に視線を落とす。


(これで、本当に終わったの…?)


 安堵と、激しい疲労感が、一気に全身を襲う。

 私は静かに息をつき、これから始まるであろう、もっと厄介で、面倒な「戦い」の始まりを、ぼんやりと予感していた。

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