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第22話 天才と狂信と、友情の超強力接着スライム

 カレルの言葉は、まるで闇に投じられた一石のように、私の思考に波紋を広げていた。

 レオニード王子の憎悪の源泉、そして、計画の実行役となる『過激派の錬金術師』の存在。敵の輪郭が鮮明になったことで、パズルのピースが急速にはまっていく。


(過激派の錬金術師…その男の狙いは、おそらく最新の魔導炉の構造データ。そして、その情報に最も近い場所にいて、純粋で、人が良くて、ちょっとおだてられればすぐに信じ込んでしまいそうな人物は…)


「…ミラベル!」


 私は顔色を変え、隠れ家へと駆け戻った。最悪の予感が、心臓を鷲掴みにするような感覚。急いで魔導通信機のスイッチを入れる。


『あ、花季様! どうかなさいましたか? 実は、私、今日すっごい方とお知り合いになったんです!』

 通信機の向こうから聞こえてきたのは、私の危惧を裏付けるかのような、弾んだミラベルの声だった。まずい、手遅れかもしれない…!


 その頃、王宮に併設された錬金術研究所の瀟洒な談話室で、ミラベルは目をキラキラと輝かせていた。目の前に座っているのは、エスターニア大使団の一員だという、アルブレヒトと名乗る紳士的な男性。銀縁の眼鏡の奥の瞳は知性に溢れ、その語り口はどこまでも穏やかだった。


「…信じられない! あなたのその論文、実に素晴らしい! 『高密度魔力結晶におけるマナ粒子の相転移』について、私と全く同じ見解を持つ方が、このカルデアにいたとは!」

 アルブレヒトは、ミラベルが以前、学会誌の隅に小さく発表した論文を、まるで自分のことのように熱く語ってくれた。王宮の研究所では、古参の錬金術師たちから「机上の空論」「変わり者」と相手にされていなかったミラベルにとって、彼の言葉は渇いた大地に染み渡る慈雨のようだった。


「そ、そんな…! 私の研究なんて、まだまだです…!」

「ご謙遜を。君ほどの才能が、こんな場所で埋もれているのは、世界にとっての損失だ。よろしければ、私の研究室にお越し願えないだろうか? ぜひ、君に意見を聞きたいことがある」

 甘い誘いの言葉。純粋な探求心を持つミラベルが、それを断れるはずもなかった。


 一方、私は"花季"として、王都の情報網を駆使し、アルブレヒトという男の素性を洗い出していた。結果は、私の最悪の予感を裏付けるものだった。アルブレヒト・フォン・クラウゼ。かつてエスターニアの王立アカデミーでその才能を謳われたが、過激な国家主義思想と、目的のためなら非人道的な実験も厭わない姿勢から、学会を永久追放された危険人物。間違いない、彼がカレルの言っていた『過激派の錬金術師』だ!


(狙いは、やはりミラベル!)


 彼がミラベルに近づいたのは、彼女の才能を利用して、厳重なセキュリティで守られた中央魔導炉の制御システムにアクセスするためだ!

 私はすぐにヴォルフガング中佐に急報を入れると、研究所へと急行した。どうか、間に合って…!


 アルブレヒトの私的研究室に招かれたミラベルは、彼の見せる高度な錬金術理論と、見たこともない実験器具に、すっかり心を奪われていた。

「…そして、この理論を証明できれば、魔導炉のエネルギー効率は飛躍的に向上する。だが、そのためには、最新の魔導炉の、この部分の構造データが必要でね。この最後の解析コードさえ分かれば、我々の研究は、歴史的な一歩を踏み出すことになるんだ!」

 アルブレヒトは、制御盤のコンソールを指し示し、優しい声でミラベルに語りかける。

 ミラベルは、純粋な錬金術師としての好奇心から、何の疑いもなくコンソールに手を伸ばした。

「はい! 私、やってみます!」


 彼女が、最後のコードを打ち込もうとした、その瞬間だった。

 バァン! と、研究室の扉が勢いよく開け放たれた!


「ミラベル、やめなさい! その男に騙されているのよ!」

 息を切らして飛び込んできた私を見て、ミラベルは「え…花季様?」と目を丸くする。


 アルブレヒトは、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに全てを悟ったように、穏やかな紳士の仮面を剥ぎ捨てた。その瞳には、狂信的な光が宿っている。

「…ほう。どこから嗅ぎつけたのか知らんが、私の研究の邪魔をするとは、無粋なネズミだな」

 彼は懐から、禍々しい紫色の液体が入ったフラスコを取り出し、私に向かって投げつけてきた!


「危ない!」

 私は床を転がってそれをかわす! フラスコが壁に当たって砕け散り、壁がジュウジュウと音を立てて溶けていく! 強酸性の薬品!?


 研究室内で、薬品や魔術的な閃光が飛び交う、激しい攻防戦が始まった。アルブレヒトの繰り出す攻撃は、どれも洗練されていて、殺傷能力が高い。私は彼の攻撃をかわしながら、反撃の隙を窺う。


 自分のせいで親友が危険な目に遭っている――その光景に、ミラベルはようやく我に返った。彼女の顔から血の気が引き、恐怖と後悔に瞳が揺れる。しかし、次の瞬間、その瞳には、決意の光が灯った。


「わ、私のせいで…花季様を傷つける人は、ぜったいに許しません!」

 ミラベルは涙声で叫びながら、いつも持ち歩いている錬金術ポーチから、べっとりとしたスライム状の塊を取り出した!

「くらえー! 『友情の涙☆超強力接着スライム(号泣しながら作ったので粘着力3倍増し版)』ですぅー!」


 ミラベルが投げつけたスライムは、見事な放物線を描き、アルブレヒトの足元に炸裂!

「ぬっ!? な、なんだこれは! 足が床から離れん!」

 アルブレヒトの動きが、一瞬だけ完全に封じられる!


 その好機を、私が見逃すはずがなかった。

「そこよ!」

 私は一気に距離を詰め、アルブレヒトの鳩尾に、短剣の柄を叩き込んだ!

「ぐっ…!」

 呻き声を上げて崩れ落ちるアルブレヒト。その直後、ヴォルフガング中佐率いる部下たちが部屋になだれ込み、彼を取り押さえた。


 尋問の結果、アルブレヒトは高笑いをしながら、全ての計画を白状した。

「フフフ…私を捕らえたところで、もう遅い。レオニード殿下の気高き計画は、三日後に開かれる『仮面舞踏会』の夜、必ずや完成を見るだろう! 王都の偽りの平和と共に、貴様らも滅びるのだ!」


 計画のタイムリミットが、ついに明らかになった。

 仲間が直接の危険に晒されたことで、私の心の奥底で、何かが静かに燃え上がった。それは、復讐心よりも熱く、そして純粋な怒りの炎だった。


(外交問題? 国際法? そんなもの、知ったことじゃないわ)


 私は、床で泣きじゃくるミラベルの肩を抱き寄せ、固く決意した。

(必ず、この手であの男の企みを阻止してみせる。何があっても!)

 隣で、ヴォルフガング中佐もまた、目の前の危機を前に、法や規則を超えた決断を下したかのように、静かに、しかし力強く頷いていた。


 最終決戦の舞台となる「仮面舞踏会」へ向けて、物語はもう、誰にも止められない速度で加速していく。

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