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第16話 月蝕の夜の攻防と、コウモリの奇妙なワルツ

 赤黒い月が王都の空を支配し、不吉な影を地上に落としていた。王宮の東棟、宝物庫周辺は、まるで墓場のような静寂と、肌を粟立たせるような冷たい緊張感に包まれている。石造りの壁が放つ冷気が、潜む者たちの呼気を白く染めた。


 私は息を殺し、闇に溶け込むように配置についた。ミラベル特製『気合一発☆覚醒ドリンク(改訂版)』のせいか、視界はやけにキラキラとしており、なぜか脳内には陽気なポルカのリズムが流れ始めている。…集中するのよ、私! 今はポルカの気分じゃないわ!

 隣では、ミラベルが小動物のように体を震わせながらも、発明品の最終チェックに余念がない。彼女の丸いメガネの奥の瞳は、不安と決意の光で揺れていた。

 ヴォルフガング中佐とその部下たちは、まるで石像のように微動だにせず、暗闇の一点を見据えている。彼らの纏う鉄の匂いと、研ぎ澄まされた剣気が、夜の静寂を一層際立たせていた。


 ――来た。


 深夜、月の光が最も翳ったその瞬間、予期された通り、黒ずくめの集団が音もなく宝物庫へと続く秘密の通路から姿を現した。その数、およそ五十。統制の取れた動きは、単なる烏合の衆ではないことを示している。手には鈍く光る剣や斧。中には、貴族会議で拘束を逃れた〇〇侯爵派の残党と思しき顔も数名混じっていた。彼らの瞳には、追い詰められた獣のような、凶暴な光が宿っている。


「…今よ、ミラベル!」

 私の小さな合図と共に、襲撃犯たちが宝物庫の重厚な扉に近づこうとした、まさにその瞬間!


「いっけぇー! 『一網打尽☆ねばねばネットランチャー(改良版・百発百中…のはず!) 』発射ですぅー!」

 ミラベルの甲高い声が響き渡り、地面に巧妙に隠されていた装置から、巨大な粘着性のネットが轟音と共に射出された! 見事、先頭集団を巨大なクモの巣のように絡め取る!


「な、なんだこれはぁ!?」

「足が! 体が動かせん!」

 悲鳴と怒号が夜の静寂を破る。ミラベル、お手柄よ!


「ひゃっほー! …あ、いえ、次です!」

 興奮冷めやらぬミラベルが、次の罠のスイッチを押す。ネットにかからなかった襲撃犯たちが、状況を把握しようと立ち止まったその足元から、プシューッという音と共に白いガスが噴出! 『びっくり箱式☆強力催眠ガス噴射装置(今回は本当に無臭!でも効果は当社比3倍!)』だ!


「ぐっ…な、なんだか…眠く……」

「まずい、毒ガスか…!?」

 ばたばたと、まるで操り人形の糸が切れたように倒れていく襲撃犯たち。ミラベルは小さくガッツポーズをしている。(内心:やったわミラベル! でも、あのガス、本当に無臭だったかしら? なんだか甘いベリーの香りが…気のせいよね?)


 しかし、敵もさるもの。中にはガスの効果が薄いのか、あるいは特殊な装備で防いだのか、数名の屈強な傭兵らしき者たちが、ネットを力任せに引きちぎり、催眠ガスを突っ切って宝物庫の扉へと迫ってきた!


「これより先へは一歩も通さん!」

 ヴォルフガング中佐が、鞘から抜き放った長剣を月光に煌めかせ、獅子のような雄叫びと共に突撃した。彼の部下たちも、一斉にそれに続く。剣戟の音が闇夜に響き渡る!


 私も懐から短剣を抜き放ち、ヴォルフガング中佐の死角を補うように戦闘に加わった。前世で叩き込まれた体術と暗殺術。それは、令嬢としての優雅な舞とは程遠い、効率的で冷徹な動き。敵の攻撃を紙一重でかわし、的確に急所を狙う。

(頭の中でポルカが鳴り響いてるけど、今はそれどころじゃないのよ!)


 戦闘が激化する中、突如、屋根の上から黒い影がひらりと舞い降りた! その手には、奇妙な形状の笛。情報屋カレルだ!


「よう、お楽しみ中か? ちょっと賑やかしに来てやったぜ、"花季"ちゃん」

 彼は私にだけ聞こえるような声でそう言うと、笛を高らかに吹き鳴らした。すると、どこからともなくおびただしい数のコウモリ(なぜ紅灯区にこんなに!?)が飛来し、まるで意思があるかのように襲撃犯たちを攪乱し始めた!


「うわっ! なんだこのコウモリは!?」

「前が見えん!」

 敵も味方も、一瞬その異様な光景に動きを止める。カレルは笛を吹き続けながら、屋根の上で面白そうに戦況を眺めている。…あの男、一体何がしたいの!? 敵なの? 味方なの!?


 この混乱の中、一際体格の良い、禍々しい仮面をつけた男(おそらく、襲撃犯のリーダーだろう)が、数名の部下を引き連れ、宝物庫の扉へと猛然と突進した! ヴォルフガング中佐がそれを阻止しようと剣を振るうが、他の敵に阻まれ、一瞬の隙を突かれる!


「まずいわ、扉が…!」

 リーダーの男が巨大な戦斧を振り下ろし、宝物庫の分厚い樫の扉に、バリバリと音を立てて深い亀裂が入った! あと数撃で破られるだろう!


「行かせないわ!」

 私はリーダーの男の前に立ちはだかった。その巨体から放たれる威圧感に、思わず足が竦みそうになる。しかし、ここで退くわけにはいかない!


 絶体絶命かと思われた、その瞬間!

「花季様、お助けします! えいっ!」

 後方からミラベルの叫び声が響き、何かが勢いよく飛んできた! それは…ま、眩しい! 『ピカピカ☆目くらまし超閃光玉(副作用で術者の目も3分間チカチカします!良い子は真似しないでね!) 』だ!


 強烈な閃光が炸裂し、リーダーの男は「ぐぉっ!」と呻いて一瞬怯んだ! (ミラベル、ナイスだけど、私も目がチカチカするんですけどー!)


 その一瞬の隙を、私は逃さなかった!

 懐の短剣を抜き放ち、まるで赤い月の下で舞うように、リーダーの男に斬りかかる! 前世で培った、暗殺者としての動き。それは、優雅さとは無縁の、ただ敵を無力化するためだけの動きだ。大男の巨躯を翻弄し、その防御を掻い潜ろうとする。


 しかし、相手も歴戦の勇者。私の攻撃を的確に捌き、逆に鋭いカウンターを繰り出す。

「くっ…!」

 浅く、しかし確実に、私の左肩が戦斧の切っ先によって切り裂かれた! 熱い痛みが走る!


 その時、背後から力強い声が響いた。

「"花季"、無事か!」

 敵の追撃を薙ぎ払ったヴォルフガング中佐が、私の背中を守るように並び立った! 彼の額には汗が光り、その剣には生々しい血糊が付着している。


「ええ、まだやれますわ、中佐!」

 私たちは背中合わせになり、迫りくる敵と、そして扉を破ろうとするリーダーと対峙する。二人の剣が、赤黒い月光を浴びて、不気味な輝きを放った。

 宝物庫の扉は、もう、あと一撃で完全に破壊される寸前だった…。


(第16話 了)

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