第14話 祝杯と置き土産と、迫る月蝕の夜
〇〇侯爵が床に崩れ落ち、その一派の貴族たちが次々と守備隊の兵士に拘束されていく。大ホールは未だ混乱の極みにあったが、勝負はついた、と言っていいだろう。私はヴォルフガング中佐の鋭い視線が再びこちらに向く前に、この場を離れなければ!
(カレルが目で示した裏口…あそこね!)
シャンデリアの不規則な揺れ(カレル、まだ遊んでるの!?)と、未だに尾を引く「火事だー!」の叫び声(リナ、でかしたわ!)に乗じて、私はプロジェクター(という名のガラクタの塊)を抱え、そっと壁際を移動する。途中、腰を抜かしてへたり込んでいる貴族や、おろおろと右往左往する侍女たちを避けながら、なんとか裏口の一つにたどり着いた。
「あら、大変な騒ぎでしたわねぇ」
扉を開けると、なぜかそこに先回りしていたカレルが、壁に寄りかかって暢気にリンゴを齧っていた。
「あなた…! 一体どうやって!?」
「企業秘密ってやつだ。ま、お前さんも早くずらかった方がいいぜ。あのカタブツ中佐、そろそろ『謎の告発侍女』探しを本格的に始めそうだ」
カレルはそう言うと、リンゴの芯をポイと投げ捨て、闇に続く通路を顎で示した。彼の助け(なのか、ただの気まぐれなのか)を借りるのも癪だが、今は仕方ない。
王宮からの脱出は、リナが手配してくれた「食料品配達の帰り」という名目と、カレルの奇妙な先導(「こっちの通路は今ならネズミも通らねぇ」とか「あの角の衛兵は居眠りの常習犯だ」とか、なぜか詳しい)のおかげで、思ったよりもあっさりと成功した。途中、何度か警備兵に見つかりそうになったが、その度にカレルがどこからか小石を投げて注意を逸らしたり、私がとっさにミラベル特製の『どこでも足止め☆ネバネバボール(うっかり自分で踏むと悲劇!)』を転がしたりして、事なきを得た。…まあ、ネバネバボールは私が自分で踏みそうになって、カレルに呆れ顔で引き剥がしてもらう羽目になったのだけれど。
隠れ家に転がり込むと、ミラベルが文字通り飛び上がって出迎えてくれた。
「花季様ぁぁぁ! ご無事で…! やりましたね! あの、ネズミさんのワルツも、皆様に大好評だったとか…!」
「どこ情報よそれ!? あれは事故! 大事故よ!」
私のツッコミに、ミラベルは「えへへ…でも、インパクトはありましたよね?」と胸を張る。…もう、この子には何を言っても無駄かもしれないわ。
リナも隠れ家に来てくれていて(カレルが「後で迎えに行ってやれ」と教えてくれたらしい)、三人でささやかな祝杯をあげることになった。ミラベルお手製の、見るからに身体に悪そうな七色のジュース(飲むと舌が痺れる!)と、リナが持ってきてくれた艶楼の厨房の残り物のパン(ちょっと硬いけど美味しい)で乾杯だ。
「でも、本当にすごかったです、花季様! あの侯爵様が、あんな風になるなんて…!」
リナは興奮冷めやらぬ様子で目を輝かせている。
「ええ、第一段階は成功ね。でも、これで終わりじゃないのよ」
私は表情を引き締め、二人に告げた。「月蝕の夜の襲撃計画が、まだ残っているわ」
祝杯の賑やかさから一転、隠れ家には緊張感が走る。私たちは、貴族会議で得た情報(〇〇侯爵が逮捕されても、計画は残党によって実行される可能性が高いこと、武器の規模など)を整理し、襲撃の具体的な目的と手口を予測し始めた。
「奴らの狙いは、王宮の…どこなのかしら?」
私が首を捻っていると、ミラベルが「あ!」と声を上げた。
「花季様、さっき、隠れ家のドアの下に、こんなものが…」
ミラベルが差し出したのは、一枚の羊皮紙の切れ端。そこには、見慣れたカエルのような(失礼ね)走り書きで、こう記されていた。
『月蝕の夜、奴らの狙いは「王家の至宝」。場所は王宮東棟の宝物庫。警備は手薄だが、古の罠も多いらしいぜ。せいぜいご健闘を祈る。 PS. ネズミのワルツは、ここ最近で一番笑わせてもらった。傑作だ。 Kより』
(…あの男! 全部見てたのね! しかも、なんでこんな重要な情報を…!?)
カレルの行動は、ますます謎が深まるばかりだ。敵なのか、味方なのか、それともただの愉快犯なのか。
「王家の至宝…それを奪って、どうするつもりなのかしら? 新たな王の権威付け? それとも、国外に売り飛ばして資金に…?」
カレルの情報で、襲撃の目的の一端が見えてきた。しかし、宝物庫の警備を突破し、多数の襲撃犯を相手にするには、私たちだけの力では限界がある。
「ミラベル、リナ。私、決めたわ。王都守備隊のヴォルフガング中佐に、接触する」
私の言葉に、二人は息を呑んだ。
「で、でも花季様! 正体がバレたら…!」ミラベルが顔を青くする。
「ええ、覚悟の上よ。この王都を守るためには、彼の力が必要不可欠だわ」
正体を明かすリスク。彼が信じてくれるかどうかという不安。それでも、私は決断したのだ。
ヴォルフガング中佐に会うための手筈を整え始める。まずは、彼が信用できそうな形で情報を伝える方法を考えなければ。匿名の手紙? それとも、信頼できる第三者を介して…?
一方、ミラベルは「月蝕の夜はきっと暗くて何も見えませんよね! 花季様、これをどうぞ!」と、またしても怪しげな発明品を取り出した。それは、フクロウの顔のような形をしたゴーグルだった。
「『暗闇でもバッチリ☆ミラクル夜間ゴーグル(ただし、たまに可愛い小動物の幻が見える副作用付き!)』です!」
「…ミラベル、その副作用、どうにかならないの?」
私の言葉に、ミラベルは「えへっ、仕様です!」と胸を張った。もう、何も言うまい…。
月蝕の夜まで、あと三日。
街では、〇〇侯爵失脚のニュースで持ちきりだった。同時に、王都守備隊が紅灯区周辺で不審者の摘発を強化しているという噂も流れており、ピリピリとした空気が漂い始めていた。
ヴォルフガング中佐への接触方法を決めかねていたその夜、隠れ家の窓を、コンコン、と小石が叩く音がした。
そっと外を覗くと、闇の中にカレルが立っていた。彼は私に気づくと、静かに口を開いた。
「よう。カタブツ中佐にシッポ振りにいくんだって? やめとけとは言わねぇが…奴の周りも、一枚岩じゃねぇかもしれねぇぜ」
「…どういう意味?」
「さあな。ただの忠告だ。あと、"花季"。お前のその派手な活躍、そろそろお偉いさん方の耳にも届いてる頃だ。…正体がバレるのも、時間の問題かもな」
カレルはそれだけ言うと、まるで影のように再び闇に溶けて消えた。
守備隊も一枚岩ではない…? 正体がバレる…?
次から次へと湧き出る問題と、刻一刻と迫るタイムリミット。不安と焦りが胸を締め付ける。
それでも、私は顔を上げた。やるべきことは、もう決まっているのだから。
(第14話 了)




