#1 その男、最強の閃光
よろしくお願いいたします。
ある男についての噂があった。
東の小さな島出身で青い瞳をした男。
百戦錬磨の常勝無敗な男がいると。
その男には様々な呼び名があった。
「閃光」「雷神」「炎鬼」様々な呼び名があったその男だが、ある特徴だけはピタリと一致していた。
大型のモンスターしか狩らず、狩るモンスターは必ず一撃で一刀両断にしてしまう。
その島にしかない刀という武器を使い、鼻唄混じりな足取りでこの世を放浪する。
これはそんな男の物語である。
「お嬢ちゃん、これ換金してくれるかい?」
ギルドの換金所にて、普段なら誰も来ないはずの時間で声をかけられた受付嬢は肩をビクつかせ、声がする方に顔を上げる。
「あ、はい。少々お待ちください」
見慣れない男だった。
大量の袋を持ったその男は、見たことの無い武器を下げた黒髪の男だった。
袋の中を確認した時、受付嬢はある違和感に気づく。
「あの、これどこで盗んできた素材ですか?」
「ん?どういう意味だ?」
袋の中に入っている素材は明らかに1人では狩れるはずのない、Sランク指定のモンスターの素材だった。
しかも斬り口もとても綺麗に解体されている。
もはやプロレベルだ。
明らかにこの男が作った物だとは判断が出来ない代物なのだ。
「もう一度言います。この素材はどこのパーティから掠め取った素材なんですか?こんなことして恥ずかしくないんですか!?」
机を思い切り叩き、受付嬢が男を威嚇する。
その声はギルド全体に響き、何人かの冒険者が様子を見に周りに集まってくる。
「さぁ!早く吐きなさい!犯罪者!!」
そう言った瞬間。
「……っ!」
受付嬢の体が一気に冷たくなる。
まるで首を切られてしまったかのような感覚だった。
自分の首を触り首が繋がっているのを確認する。
武器すら触っていないのに、人間に「死」を錯覚させるほどの威圧ができる人間なんて早々居ない。
「お嬢ちゃん、人の事疑うのは構わねぇけどよ。なんの証拠もねぇのにその言い草はねぇんじゃねぇか?ん?」
先程の笑みとは違い、受付嬢を睨みつける男に対し受付嬢は体を震わせることしか出来ない。
「あ、ああ……」
「なぁ、早くしてくれないか?それとも犯罪者の素材は買ってくれねぇか?」
騒ぎを聞きつけたのか、奥から別の男が急ぎ足で男の前にやってきた。
「アルトさん!どうかされましたか!?」
ギルドの副マスターを勤める男が、アルトの前で深く頭を下げる。
その姿を見た受付嬢は、やっと自分がとんでもない相手を犯罪者扱いをしたのを理解した。
「よう副マスターさん。いつも通り素材を買い取ってもらおうと思ったらさ、この受付嬢さんに犯罪者扱いされて買い取ってもらえねぇんだ。これはお前の教育か?」
威圧で尻もちをつく副マスターが慌てて立ち上がり、受付嬢の頭を掴み一緒に謝罪をさせる。
「大変申し訳ありません!!こやつはつい先日王都から派遣された者で、アルトさんのことを説明していませんでした!ここは1つ勘弁していただきたい!」
その話を聞いたアルトは深くため息をつき、素材袋を副マスターに手渡す。
「じゃあ買取頼むぞ、また外に出るから帰ってきた時に受け取れるようにしてくれればいいからよ」
そう言って男はギルドから出ていき、副マスターは緊張が一気に切れたようにその場に座り込む。
「お前なぁ……派遣して早々問題起こすんじゃない!あの人は"閃光"だぞ!」
「閃光」とはアルトの二つ名のような物で、行く地域それぞれ二つ名が変わるがだいたいその名を言えば誰か見当がつく程には知れ渡っている。
「あ、あの……"閃光"……」
自分のやらかした事に顔を青くして俯いてしまう。
王都も含めこの地域で大型モンスターの被害がないのは、一重にアルトのおかげなのだ。
大型モンスターしか狩らないアルトの活躍により、ギルドの冒険者が比較的安全に活動が出来ている。
アルトが居なくなれば街や王都周辺の危険レベルは一気に上がる。それは受付嬢も分かっていた。
より一層の落ち込みを見せる受付嬢に鑑定を促し、仕事を進めさせる。
「はぁ、嫌な気分になっちまったよ。"鼻唄"を歌う気分でもねぇや」
街を出て森の奥へ奥へ進んでいくアルトに対し、低級モンスターは近づきすらしない。
野生の本能でこの男に挑んだら負けると分かっているからだ。
しかし、それが分からない。というより、そんなことを気にしないモンスターがいる。
大型モンスターだ。
アルトの前に立ち塞がるのは大抵そんなモンスターなのだ。
「お、オークキングじゃねぇか。良いストレス発散になりそうじゃん」
オークをまとめるイノシシのモンスターである。
体長は5mは超える大きさであり、巨大な斧を持っているのが特徴である。
オークキングはアルトを見つけた瞬間、その巨大な斧を振り下ろす。
「遅せぇよ、遅すぎる」
その場に既にアルトはおらず、木の上におり、左手で鯉口を切る。
木に向けまたしても斧を振るうが、そこにももうアルトは居ない。
「ちゃんと狙えよ、俺はまだ抜刀すらしてねぇぞ?」
鯉口を切りながらまたしても瞬時に移動し、オークキングを煽る。
その後も抜刀せずオークキングの攻撃を全て躱す。
「攻撃ってのはな、こうするんだよ」
目にも止まらぬスピードでオークキングに突っ込んだかと思えば、地面に着地した勢いで抜刀した刀を鞘に戻す。
その瞬間、オークキングの体は上半身と下半身とで真っ二つになっていた。
「ふぅ、良いストレス発散になったな」
オークキングを一刀両断したアルトは、血に染まった刀を軽く振り払い、鞘へと戻した。
森の静寂が戻る中、彼は再び歩を進める。
先ほどまで鬱屈していた気分も、多少は晴れたようだった。
「さて……次はどこに向かうかね」
鼻唄を口ずさみながら歩く彼の足は、自然と森の奥へと向かっていた。
森の奥へ進むにつれ、アルトは微かな違和感を覚えた。
周囲の空気が張り詰め、動物の気配すら感じられない。
まるで、森そのものが息を潜めているかのようだった。
「……こりゃあ、大物がいるな」
直感が告げていた。この森には、ただのオークキング以上の存在が潜んでいる。
そして、次の瞬間――
腹の底に響くような咆哮が、森全体を震わせた。
「お出ましか」
アルトは足を止め、静かに鯉口を切る。
彼の前に姿を現したのは、一匹のドラゴンだった。
そのドラゴンの名は蒼炎竜。
Sランクモンスターの中でも特に危険な存在だった。
全長は10メートルを超え、蒼く輝く鱗に覆われた巨体は口元から青白い炎を漏らし、その瞳は知性を宿しているように見える。
「……蒼炎竜か、こりゃまた随分と珍しい獲物が出てきたな」
アルトは、わずかに口角を上げた。
蒼炎竜は、強力な炎を操るだけでなく、高度な再生能力を持ち、並の攻撃では傷一つつけることすらできない。
「俺にとっちゃあ、ちょうどいい相手だな」
蒼炎竜が唸り声を上げ、地を蹴った。
次の瞬間、アルトの立っていた場所が蒼い炎に包まれる。
だが、アルトの姿はそこにはなかった。
「遅い」
蒼炎竜の背後——否、その首元に、既にアルトはいた。
「——抜刀」
一閃。
鋭い光が空間を切り裂く。
蒼炎竜の巨体が一瞬硬直し——
次の瞬間、その首が地に落ちた。
「ふぅ……ドラゴンの素材は高く売れるんだよなぁ」
呟きながら、アルトはドラゴンの素材を丁寧に解体し始め、数時間後アルトは再びギルドの換金所へと戻ってきた。
今度は、先ほどの受付嬢ではなく、熟練の職員が対応している。
「こりゃあ、またすごいものを……」
「蒼炎竜だ。換金頼むぜ」
「……は、はい!」
換金作業が進む中、ギルドの副マスターが駆けつけてきた。
「アルトさん!さっきの件、本当に申し訳ありませんでした!」
「別にいいさ。それより、次はどこのモンスターを狩りに行けばいい?」
副マスターは苦笑しながら、最新の討伐依頼リストを手渡す。
「アルトさんなら、どこへ行っても問題ないでしょうが……もしよろしければ、王都近郊の森で最近目撃された"黒嵐の獣"について調べていただけませんか?」
「ほう……"黒嵐の獣"ねぇ」
アルトの青い瞳が、僅かに輝いた。
「面白そうじゃねぇか」
アルトは換金した金を受け取り、王都近郊へと出発する。
例の王都近郊の森にて、アルトはふと立ち止まった。
風が静かになり、森の木々がざわめくのを感じる。
「……嫌な感じがするな」
彼の鋭敏な感覚が、何か異質なものの存在を察知していた。
その時——
突然、目の前の巨大な樹が何かに弾き飛ばされたように折れた。
樹が飛んできた方へアルトは冷静に目を向ける。
そこに現れたのは、黒い稲妻を纏う獣だった。
全長7メートルを超える四足獣。
黒曜石のような硬質の毛並みを持ち、身体中を帯電させながら、黄金の瞳でアルトを睨んでいた。
「黒嵐の獣……ギルドの副マスターが言ってたのは、こいつのことか」
このモンスターは、並のSランク冒険者でも手に負えないと言われる幻獣の一種。
異常な速度と雷撃を操ることで知られ、その名の通り、戦場に嵐を巻き起こす存在だ。
「ま、試してみるか」
アルトは鯉口を切り、黒嵐の獣に向けてわずかに構えを取った。
すると、次の瞬間——
雷光とともに獣が姿を消した。
「……消えた?」
否——それは単なる速度の問題だった。
黒嵐の獣は、音速を超える移動速度を持つと言われている。視認できる前に距離を詰める能力は、まさに彼と同じ閃光。
「おっと」
アルトは体をひねる。
刹那、目の前を黒い閃光が通り過ぎた。
それは、黒嵐の獣の爪。
もし直撃していれば、鋼すら引き裂く威力だっただろう。
「なかなか速ぇな。でも……」
アルトの口元が僅かに歪む。
「俺より遅ぇ……」
彼は瞬時に間合いを詰める。
鞘から刀がわずかに抜かれた瞬間、空間が歪んだように見えた。
黒嵐の獣が絶叫を上げる。
次の瞬間、アルトの背後で巨大な黒い影が斬り裂かれ、血飛沫を舞わせながら地面に倒れた。
黒嵐の獣は、一撃で四肢を切り裂かれ、もはや立つことすらできない。
「ま、こんなもんか」
アルトは静かに刀を鞘へと収めた。
息絶えた黒嵐の獣を解体しながら、アルトは自身に近づいてくる複数の気配を感じ取った。
「……ほう、今度は人間か?」
木々の間から現れたのは、銀色の甲冑に身を包んだ騎士たちだった。
その中央に立つのは、長い金髪を持つ女性。
気品のある雰囲気を纏いながらも、鋭い視線でアルトを見据えていた。
「あなたが"閃光"のアルトですね?」
アルトは肩をすくめる。
「さて、そうだったかね?」
「……ふざけないでください。私は王都直属の騎士団、"白銀の盾"副隊長、リィナ・フォン・エルステリア。あなたに王都からの正式な依頼を伝えに来ました」
「へぇ……王都が俺に?そりゃまた珍しい話だな」
アルトは興味を持ったように、彼女を見やった。
「内容は?」
「——王都周辺で発生している"魔王の眷属"の討伐です」
一瞬、アルトの青い瞳が鋭く光った。
「魔王の眷属、ねぇ……」
アルトは鞘に収めた刀の柄を軽く指で弾きながら、目の前の騎士たちを見つめた。
「そいつを俺に討伐してほしいって話か?」
「そうです」
リィナ・フォン・エルステリアと名乗った騎士は、真っ直ぐな瞳でアルトを見つめている。
「王都周辺で、異常な魔物の発生が報告されています。その中心にいるのが、"黒翼の魔将"と呼ばれる存在……魔王の直轄の配下とされる者です」
「黒翼の魔将?聞いたことねぇな」
「当然です。魔王が討たれて以降、その眷属はほとんど表舞台から姿を消しました。しかし、ここ数ヶ月、王都近郊の森で強力な魔物が急増しており、その中心にいるのが"黒翼の魔将"だと判明したのです」
「ふーん……」
アルトは興味深げに顎をさする。
「それで、わざわざ俺を探しに来たってわけか?」
「……正直に言いますと、最初は王都騎士団だけで対処しようとしました。しかし、送り込んだ精鋭部隊が次々と壊滅し、Sランクの冒険者すら戻ってこない状況です。貴方ほどの実力者でなければ、勝ち目がないと判断しました」
リィナの言葉に、周囲の騎士たちも静かに頷く。
アルトは少し考えた後、肩をすくめた。
「報酬次第だな」
「王都から正式な依頼として、莫大な報酬を用意します。それに、成功すれば国王陛下からの恩賞も約束されるでしょう」
「へぇ……」
アルトは鼻を鳴らした。金には困っていないが、面白そうな戦いには興味がある。
「ま、退屈してたところだ。いいだろう、受けてやる」
リィナは安堵の息をつく。
「感謝します。では、さっそく王都へ——」
「いや、先に準備させてくれ。戦うなら万全の状態で挑みてぇしな」
「……分かりました。では、王都のギルド本部で合流しましょう」
そう言って、リィナたちはアルトを残し、王都へと戻っていった。
アルトはその背中を見送りながら、青い瞳を細めた。
「魔王の眷属か……さて、どれほどの腕前かね」
彼は再び歩き出した。
数日後、アルトは王都へと足を踏み入れた。
しかし、街の雰囲気はどこか異様だった。
いつもなら活気に溢れているはずの王都の通りは、妙に静まり返っている。
店は閉ざされ、行き交う人々は怯えた表情を浮かべていた。
「こりゃあ、随分と荒れてるな」
アルトは王都ギルドへと向かう。
ギルドの内部も、沈鬱な空気に包まれていた。受付の女性たちは不安げな表情をしており、酒場のテーブルでは冒険者たちが疲れ切った顔で酒をあおっている。
「おい、"閃光"が来たぞ!」
誰かがそう呟いた瞬間、ギルド内の視線が一斉にアルトへと向けられた。
「お前が……アルトか?」
大柄な男が立ち上がり、アルトに向かって歩み寄る。
「そうだが?」
「……頼む、"黒翼の魔将"を倒してくれ」
男は拳を握りしめ、絞り出すような声で言った。
「仲間が、全員あいつに殺された……! 俺たちのパーティはSランクの精鋭だった。それでも、歯が立たなかったんだ……!」
ギルド内の冒険者たちも、無言でアルトを見つめている。
「どんな奴だった?」
「……黒い翼を持ち、鎧に身を包んでいた。剣技は異常なほどの速さで、魔法も強力だった。まるで、"戦闘の化身"だったよ……」
アルトは軽く頷いた。
「面白ぇな」
男が絶望したように語る敵に対して、アルトは微塵も動じることなく、むしろ楽しそうな笑みを浮かべる。
彼はギルドの受付へと向かい、リィナと合流した。
「アルト、来てくれましたね」
「で、そいつの居場所は?」
「……旧王都跡地です。そこに根を張り、周囲の村を襲撃しています」
「よし、さっさと片付けるか」
アルトは軽く伸びをすると、腰の刀に手をかけた。
旧王都跡地へと踏み込むと、空気が明らかに異常だった。
領地の中は、常に黒い霧に包まれており、視界が悪い。しかし、アルトの感覚はごまかせない。
「……いるな」
刹那——
鋭い音とともに、影がアルトの前に降り立った。
「ふむ……貴様が"閃光"か」
それは、鎧をまとい、黒い翼を広げた男だった。
「自己紹介は?」
「"黒翼の魔将"ヴェルカ……魔王の忠実なる下僕よ」
ヴェルカは剣を抜き、鋭い殺気を放つ。
「人間ごときが、我が主の意思を妨げようとは……許さぬ」
「ま、どっちが勝つかだな」
アルトは鯉口を切る。
ヴェルカの黒い翼が広がり、圧倒的な魔力が辺りを震わせた。
「貴様を、ここで終わらせる」
そう言って、ヴェルカは瞬時に間合いを詰める。
しかし——
「遅ぇよ」
アルトは既に動いていた。
刹那の閃光。
ヴェルカの胸元に、一筋の赤い線が走る。
「……なっ……!」
次の瞬間、鎧が裂け、血飛沫が霧の中に散った。
「——たった一撃、か」
ヴェルカは膝をつく。
「ば……ばかな……」
「強ぇけど……まだ足りねぇな」
アルトは静かに刀を収めた。
「貴様……何者だ……?なぜ、魔王の眷属であるこの私が一撃で……」
アルトは刀を軽く振り、血を払うと、鞘へと収めた。
「俺か?ただの流れ者さ」
ヴェルカの表情が歪む。
「こんなことが……あって、たまるか……!」
その瞬間——ヴェルカの身体が黒い霧に包まれた。
「……ん?」
アルトはわずかに眉をひそめる。
黒い霧が彼の周囲に広がり、視界を遮った。
次の瞬間——
重々しい気配が、領地全体を揺らした。
「……なるほどな」
霧の中から、ヴェルカとは異なる、より強大な存在の気配が現れた。
「"黒翼の魔将"は、どうやら捨て駒ってわけか?」
アルトは鯉口を切る。
霧の奥から、巨大な影がゆっくりと姿を現す。
ヴェルカの死を受けて、何か別のものが覚醒したのだ。
「……目覚めの時か」
低く響く声が、領地全体に轟いた。
霧の中から現れたのは、ヴェルカとは比べ物にならないほど巨大な影だった。
その姿は、人の形をしていたが、身の丈は3メートルを超えていた。
全身を紫の魔力で覆われ、背中からは蝙蝠のような巨大な翼が広がっている。
鎧に刻まれた魔紋が妖しく輝き、その右手には、禍々しい大剣が握られていた。
「我が名は煉獄の番人」
「煉獄の番人……だと?」
アルトは目を細める。
煉獄の番人——魔王直属の親衛隊の中でも、上位とされる存在。
その名は、歴史の中でもほとんど語られていない。
「なるほど……こいつが本命ってわけか」
煉獄の番人はゆっくりと歩を進める。
「小さき者よ……」
その声は、深く、重く、そして、王のような威厳を持っていた。
「我が前に立つ覚悟があるのなら、名を名乗るがいい」
アルトは肩をすくめた。
「名乗るほどのもんじゃねぇが……ま、最近はどこ行っても"閃光"って呼ばれてる」
「"閃光"……か」
煉獄の番人は、ゆっくりと剣を持ち上げた。
「よかろう。その名、ここで終わらせてやる」
次の瞬間——
煉獄の番人が一瞬で距離を詰め、大剣を振り下ろす。
空間が歪み、大気が弾けるほどの衝撃。
しかし——
「……遅ぇよ」
アルトは既にその場にはいなかった。
彼の姿は、煉獄の番人の背後——否、その肩の上にあった。
「さて、お返しだ」
目にも止まらぬ速さで、アルトの刀が抜かれる。
――一閃。
煉獄の番人の左腕が、空中に舞った。
「……!」
その場に着地するアルトを、煉獄の番人は見下ろした。
「ふぅ……さすがに頑丈だな」
アルトは、わずかに満足げに刀を軽く振る。
煉獄の番人の傷口からは、黒い炎のような魔力が噴き出し、切り落とされた腕が瞬く間に再生されていった。
「……貴様、なぜ私の動きが見える?」
「なぜって? 俺より遅ぇからさ」
アルトは鼻を鳴らし、鞘に手をかける。
煉獄の番人の黄金の瞳が、わずかに光った。
「……面白い」
再び、煉獄の番人の魔力が膨れ上がる。
——そして、闇が弾けた。
煉獄の番人の魔力が、領地全体を覆い尽くす。
「闇の審判」
その言葉と共に、巨大な魔力の奔流がアルトに向かって放たれる。
黒い雷が空を裂き、大地が砕けるほどの衝撃が走る。
だが——
アルトは、ただ一歩踏み込んだ。
「そんな派手なもん、俺にはいらねぇよ」
彼は、静かに鞘に手をかける。
そして——
「迅雷風烈」
それは、光のような速さだった。
刹那——
煉獄の番人の体が、動きを止める。
彼の胸元には、深く、一直線に切られた傷があった。
「な……に……?」
次の瞬間——
煉獄の番人の体が、上半身と下半身で真っ二つに割れた。
巨体が、音を立てて崩れ落ちる。
そして——
その黒い魔力も、ゆっくりと霧散していった。
アルトは、静かに刀を鞘へと戻す。
「ふぅ……」
深い静寂が、領地を包んだ。
リィナと騎士たちが駆けつけた時、アルトはすでにその場から消えていた。
「閃光は、どこへ……?」
「……また、旅を続けるんだろう」
誰かがそう呟いた。
その名は、また噂となって再び広がっていく。
——伝説の剣士が、魔王の眷属を一刀両断にしたと。
アルトは鼻唄を歌いながら、次の戦場へと歩き出す。
「さて、次はどんな奴が待ってるかね……」
彼の旅は、まだまだ続いていく——
最後まで読んでくださりありがとうございました。