9.魔王さま、腹心創造準備をする
小さな一部屋として新たに生成したダンジョンに、イダムが眠る棺を安置してから、アズは深く溜息を吐いた。
そんな姿にあまり関心がないのか、それとも割り切っているからか、始が膝の上へ上半身を横たわらせ、見上げて来る。その姿はまるで黒猫を思わせた。
「ねえ、魔王さま。基準も出来たんだし、そろそろ本格的なの作ろうよ。それこそさ、魔王さまの腹心みたいなやつ」
「腹心、か……」
その言葉で思い浮かぶのは、ずっと右腕として辣腕を振るっていた宰相のこと。アズの死を最も悲しんでくれたのは、恐らく宰相であっただろうし——その感情を昇華して、新たな王を支えてくれているはずだ。
宰相をここへと呼ぶことが出来たのなら、それはどれだけ良いことか——そう思う自分に、自然と眉が寄る。このような自体に巻き込むなど、言語道断……、しかしあの能力は惜しくて堪らない。
そこで、思考を切り替える。既に失ったものを思い返したとて、手に入ることはないのだから——新たに信の置ける存在を探さねば、いや、作り出さねばならないのだ。
(……イダムはあれが役目、命じたのは私だ。ならば、いつまでもうだうだとしていてはならない。——切り替えねば)
切り替えて——作り変えねばならない。
まずは、全ての種族をざっと流し見する。求めるのは腹心となる者——意思疎通が可能であり、側へ控えさせることが可能な者だ。そうなると、巨大過ぎる存在は対象にならない。
やはり、見た目が近しい方が良いだろうか——それこそ、宰相のような、馴染みのある風貌にするのは……、いや、止めておくべきかと、一度息を細く吐く。今すべきことは、懐かしむことではない。
(テンプレートから選ぶなら……、やはりベースとするのは偽人種・人間か。——うん? 外見を整え、知識量を選択……、戦闘適性、内政適性……、選択すべき項目が多いな)
コマンドウインドウの隣に、縦長の新たなウインドウが出る。そこには素体となる偽人種・人間の——イダムの容姿が映っていた。成程確かに、彼——または彼女——は、基準として機能しているらしい。
頭の中ではどのような外見で、どのような能力を持たせるのかは、既に固まっている。なので、それに沿うように項目を選び、細部の微調整をすればそれで完成だ。
(後から調整……、を、することも出来るようだが、それはやりたくないな)
生み出すことすら忌避感があるのに、生まれ落ちた命をこちらの一方的な都合で弄くり回すというのは、より大きな嫌悪感を感じてしまう——だからこそ、最初に出来るだけ完成させねばならない。
コマンドウインドウに指先を伸ばし、とん、とん、と触れて行くと、その度にウインドウに描かれている姿が変化し、アズもやがて、その作業へのめり込んで行く——生命を生み出すことを、作業と、そう称してしまうほどに。
(……、精神構造に変化でもあったか? 以前の私ならば、このようなことは考えもしなかったはず)
尤も、変化があったとて、それが異なる世界へ転移——いや、体と精神の不和からして、転生と称するべきか。それによる影響だと、証明のしようもない。
元々あったものが、表に出たのだと、それを否定する術がないのだから。
「魔王さま、何固まってんの?」
「いいや、なんでもない」
膝の上で、自身もまた好きなように魔物の仮創造をしていた始の声に、頭を左右に振る——考えたところで答えなど出ないのだから、考えても仕方がない。今すべきは、この冒涜的な……、生命の創造だ。
偽人種・人間としていたベースさえも変更して、無心で、ただ満足が出来るまで試行錯誤を重ねて行く——対価は己の魔力なのだから、可能な限り有能である存在を腹心としたい、そう願うのは当然のことだろう。
ウインドウの端にはコストという表記があるが、その数値がどんどんと嵩んで行く——魔力を数値化したものということだろうか。それでも、まだ。妥協というものは、どうにも苦手だった。
(基本的には室内での動きを重視——いや、これから生み出す者たちを統括する役目を担わせたい。ある程度の戦闘にも耐えうる能力も与えねば)
ただ頭が良いだけではいけない。出来るならば様々な経験を積ませたい——そうして育てねば、能力だけが高いだけの木偶の坊となってしまう。
それだけは避けねばならないが、そのために経験を積ませる場がない……、という、堂々巡りに陥ってしまい、手が止まる。
【——告。新たな機能が付与されました。この世界、及び《《下位世界》》へのアクセス権を確認ください】
「新たな機能……、世界記録へのアクセス?」
訝しげな表情をするアズの前に、新たなコマンドウインドウが立ち上がる。それは最初に開いた時の選択画面であり——その最下部に、一つだけ赤くなっている単語があった。
それには確かに、〝世界記録へのアクセス権〟となっており、それへ触れて開くと、そこには〝アクセス権を付与するモノを選択してください〟という文字が書かれており、更にその下へ名前が連なっている。
「何? なんかあった?」
「……ハジメ、これは見えるか?」
「ン〜? 世界記録へのアクセス権……何、それ?」
「文字通り——世界の持つ様々な記録にアクセスすることが出来る権利、と、私の頭の中の知識が告げている」
「アカシックレコードみたいなもんってことかあ。ふうん、付与しちゃえば?」
気楽にそう言う始に、相談した意味はあっただろうか、と思ってしまいながらも、確かにこれを付与することでメリットが多くあるのも事実——様々なことを経験ではなくても、記録としては創造する命へ与えることが出来るのだ。
だから、まずは手始めに——自分の名を押した。それだけで変化は起きない……、そう思ったのも一瞬だけ。何かが精神に——魂にかもしれない——紐づく感覚がして、その異様な不快感に眉を顰める。
それに耐えること、数分。気持ち悪さが落ち着き、ほうと息を吐くと共に、己の中へ新たな領域が追加されたような、理解し難い感覚に襲われた。
そう——自分とは異なる存在が、この身の内へ入ってしまったかのような……、そんな、不愉快で、何とも言い難いものに、アズは深々溜息を吐いたのだった。




