8.魔王さま、偽人種を創造する
ダンジョンを十層、そして生活区域を作成してからアズと始は簡単な食事を終えて、魔力から生成した紅茶——子供の舌にストレートは合わなかったので、甘くしたミルクティー——を飲み、一息ついた。
「ワイズ。魔物の創造には、どれだけの時間がかかる?」
【答。創造する魔物の強さ、知能指数にもより変動します。テンプレートを使用する場合、最も短いモノは一分、最も長いモノは五日です】
「テンプレもあるんだ。ってことは、自分で一から設計することも出来る?」
【答。但し、その場合は作業量が膨大となるため、テンプレートを下地として作成することを推奨します】
一つの命を作り出す、そのことにテンプレート——雛形が存在する、ということに衝撃を受けている間に、ワイズへ始が問いかける。
やはり、始の方がダンジョンマスターというものに適性があるのではないかと思いはするが、それでも慣れていかねばならない……、己の手で命を作り出すという、禁忌に。
「んー……、ねえ、魔王さま。ステータスとか見れないの?」
「ステータス……、社会的な地位や身分を見る?」
「あ、違う違う。うーん、えっと……、自分の能力を数値化したもの、って意味」
能力の数値化。聞いたこともないそれに、首を傾げる。思い当たるものはない、だが、ないとも言い切れない。
「そのようなもの、聞いたことがないな。……ワイズ、ハジメの言うようなことは可能なのか?」
【——答。ただ、基準となる個体を用意し、それに対する比較として数値化することは可能です。但し、個々の能力に対してではなく、その個体の総合的な評価となることをご了承ください】
「ふうん、まあそれでも目安になって良いんじゃない? どう、魔王さま」
始の言葉に、アズは顎先に指をかけて暫し沈黙する。ランク分け——それならば、確かに何らかの目安には使えるだろう。ならば、あっても良い。つまるところ、能力の評価でしかないのだから。
勿論、魔物それぞれに能力の差や得意不得意があるだろう、それを見極めねばならないのは変わりない。ただ、評価基準が一つ増えるだけ——。
「ああ、良いだろう。ハジメ、ワイズ。これから魔物の創造をする——評価の基準となる魔物を、最初に生み出そう」
「賛成。んー、なら人間? 人族? とかどう?」
【告。この世界では、人間種が能力の平均として扱われることが多くあります。また、親を持たない人族は、種に関わらず偽人種と呼ばれます】
偽人種——確かに、正常な発生でないのならばそう呼ばれても不思議ではない。それを敢えて生み出すことに眉が寄るものの、この嫌悪感もやがては消えるのだろうか……。
「……。では、早速始めよう。偽人種のテンプレートを出してくれ」
【応。こちらが一覧となります】
玉座の座面によじ登って来た始と並び、表示されたウインドウを眺める。
〝偽人種・人間〟〝偽人種・獣人〟〝偽人種・人魚〟〝偽人種・虫人〟——ずらりと連なるそれに、子供二人は揃って目を丸くした。
「いや、多くない? うーん、まあこん中なら偽人種・人間ってのが最適かも?」
「そう、だな……。では、〝偽人種・人間〟……、更に選ぶのか」
「ベースなら、性別要らないと思う。外見は、魔王さまの好みにしたら?」
「……性別はともかく、容姿についてはランダムにする。さて、残るは技能適性か——これは全て初期の値のままにしよう」
最初の一人——一体に手を入れ過ぎても、基準としては役立たないだろう。そこまで決めて、〝創造〟という文字に触れる。
すると、玉座の——アズの前に黒い光を伴って空間が避け、そこからどろりと粘度のある黒い液体が流れ出て来た。
やがてそれは段々と人の形に足からなって行き、暫し蠢いた後に、目を瞑った男とも女とも見える人族……、偽人種・人間となる。
「……全裸だ」
ぽつりと呟いた始に、その蠢きの異様さに顔を引き攣らせていたアズもまた、ようやくそのことに気づく。
(創造される時に、衣服も纏ってくれれば良いのに……、ん? ——創造前にこれも決めねばならなかったのか、失敗したな)
視界の端に映ったウインドウの一番下、文字が途切れているそこをよくよく見れば、〝衣服〟という項目があったことに今更ながら気がつく。
溜息を吐きつつそこへ試しに触れてみれば、まだ創造したモノへ服を用意してやることが出来るようなので、一先ず簡素なワンピースを——男でも女でもないが、良いだろう——着せて、良しとする。
アズが最初に創造した偽人種・人間は、黒く長い髪に暗い青色の瞳、白い肌を持った、生殖機能のないモノだ。顔立ちはどちらかといえば良い方、という程度か。
【告。創造されたモノには、予めこの世界について、ダンジョンについて、そしてダンジョンマスターについての知識が与えられております】
「それは助かるな。……ふむ、しかし名前がないと不便だ、何か考えてやらねばならないか。ハジメ、良い案はあるか?」
「俺に振るの? まあ良いけど、そういうの考えるのって楽しいし。うーん、じゃあ。このダンジョン最初の人間だから、イダムは?」
「何がだから、なのかは分からないが……、ああ、ではそうしよう。おまえの名はイダム、良いな」
「仰せのままに、マスター」
その特徴のない外見とは異なり、高くもなく低くもない、けれど聞き心地の良い声で、イダムは返答する——名前に対する不満はないらしい。
しかし、創造したは良いものの、イダムをダンジョンの各階層へ配置することは出来ないだろう——すぐにその命を散らしてしまうのが目に見える。
となれば、生活区域を整えることを役目として与えるべきか。ただ、その能力値は初期値——何かに特化していることもなければ、物覚えが特別良いこともない。
それでも、他に与えられる仕事がないので、彼——彼女? には、そういった雑務を任せる他ないのだ。
そう考えていたアズに対して、表情を変えぬまま、始が声をかける。
「仕事を与えて、能力が成長しちゃったら困るからさ——イダムには眠っていて貰った方が良いんじゃないかな」
「……」
【是。個体名:尾張野始に同意します】
「……」
意志を持つモノに対して、そのようなことを言える二人——片方は石版だが——に、恐ろしさを感じてしまったのは、仕方がないことだろう。
だが、彼らの言うことも正しい——基準がずれてはならない。
だからこそ。イダムは、生まれてすぐに——何の役目も与えられず。
その身を、永劫の棺に沈めることとなった。




