7.魔王さま、ダンジョンを生成する
生物の創造——嫌悪感を感じながらも、やらざるを得ないそれにアズは深々と溜息を吐く。
「ダンジョンには自然に生まれる魔物というものはいないのか」
答えはどちらとも言えない——最初の個体、または雌雄を生み出すのは、ダンジョンマスターたるアズがやらねばならないことだ。
だが、その後。ダンジョンの中で適切な環境へ放牧——放牧と呼んで良いのかは疑問だが——すれば、後は勝手に繁殖する。
生態系を作り、そこが一つの世界かのように自然となって行くのだと、頭の中に押し込まれた知識が語るので、
(毎度新たに作り出さねばならないわけではないことは、せめてもの救いか)
と思考を何とか切り替える。
それでもやはり、生き物を作り出したことなどありはしないのだから、最初のアイディアすら湧いて来ない——魔族と似たモノを作りたくはないので、ここは始にもその知恵を借りようと、彼の方へ視線を向けた。
すると、丁度アズの方へ顔を向けた始と目が合い、お互いに首を傾げてから、先んじて「ねえ」と始の方から声がかかる。
「どう、簡単にだけど作ってみた。ここにどんなモンスター……魔物だっけ? を、配置する?」
大きく広げられたウインドウが、アズの前に現れる。
そこには様々な地形が階層のように並べられており、その数は十ほど。本当はまだ追加したい、と言う始に、「物事は順序立てて行え」と窘めた。
「……ワイズ。ダンジョンの維持に必要なのは何だ?」
【答。ダンジョンマスターの魔力、または外部から取り込んだエネルギーです。後者を優先して消費しますが、現状ではマスターの魔力で賄うことになります】
外部から取り込んだエネルギーという、ふんわりとした答えに、額へ手を当てる。
脳内にある知識から探し出しても良いが、ワイズという頼りになる——かは、これから次第だが——存在がいるのだから、頭を悩ませず素直に聞くのが良いだろう。
「外部エネルギーを入手するための手段は?」
【答。ダンジョンマスター、及び、ダンジョン内で生まれた生物以外の生き物が、ダンジョン内部に留まること、または死亡しダンジョンに取り込まれること。もしくは、外部資源——植物も含みます——を捧げることです】
書き出された返答に、始と視線を合わせる。要するに、外との繋がりを持っていなければならない——もしくは、ダンジョンマスターが魔力を常に供給し続けなければならない、ということだ。
魔力を失うということは、それだけで疲労を感じるもの、つまりのんびり自堕落な生活の敵に有り得る。
しかし、外部との交流を持つというのも、また忙しさを呼び込む原因になり得るので、どうしたものかと暫し悩む。
「……エネルギーへの変換効率は?」
【答。一、外部の生き物が留まること。二、死体の吸収。三、外部資源を捧げること。以上となります】
「よりにもよってそれか……」
「普通にダンジョン運営すれば良いってことでしょ。魔王さまは、何が嫌?」
変わらぬ表情のまま首を傾げて問う始に、緩慢な動きで頭を横へ振る。
その普通のダンジョン運営こそが、自堕落に過ごしたいという欲求に相反するもの——やりたくないことなのだ。
これを遊戯として捉えているらしい始にはきっと分からないだろう——分かって貰ってもどうしようもない——気持ちに、アズはつい天井へと視線を向けてしまう。
王という責務をようやっと終えられたというのに、自堕落に過ごすことも出来ない。
「私はゆっくりと、自堕落に過ごしたいのだ。戦況に溜息を吐くでもなく、執務に追われるでもなく。それが冥府で叶うと思っていたのだがな」
「自堕落。へえ、ふうん……。じゃあ、面倒ごとは俺がやってあげようか」
「何?」
「魔王さまがやりたくないこと、代わりにしてあげる。面倒見てあげるよ」
相変わらずの読めない表情で、自身の顔を指差す始の本心は読めない。
本当にそう思っているのか、何か思惑があるのか——あったとして、それは害となり得るものなのか。
それでも、まあ、良いかと思う。何を思っていようと、何を企んでいようと、なるようにしかならない……、自堕落に過ごせればそれで良いと考え直した。
(ダンジョンも、勇者も利用して、自堕落に過ごす。怠惰を満喫する——細かなことは、もう、後で考えよう)
今まではずっと先々を思い浮かべながら行動をして来たのだ、新しく生まれ変わった——のかは分からないが、仮にそうだとして——のだから。
そういった細々したことを、敢えて考えずに進んでも良いのではないだろうか。
始が仮作りをしたダンジョンの階層に、改めて目を向ける。これがやりたいというのなら、管理をするというのなら。させてやれば良い。
「承認する」
そう言葉にすると、体から魔力がごっそりと——体感四割ほど抜けて行った。
急激に魔力を消費する感覚に、どうしても眉は顰めたものの、火山やら海原やら氷河やらを一度に作るにしては、必要とする魔力が少ないのかもしれないと思い直す。
ダンジョンの改装は生活区域の部屋とは異なり、一瞬で生成されるものではないらしい。
完成までに四十八時間——こちらの世界でも一日が二十四時間だと、与えられた知識の中から拾えたので、完成まで丸二日かかるということが分かった。
「始。私の代わりに面倒ごとを請け負うと言うが、では、どうやって外部エネルギーを手に入れるつもりだ?」
「うん。方法はさ、二つ。あると思うんだよ」
人差し指を立てて、始は次に続く言葉を発する。
「一つ。人間——人族って呼び方かは分からないけど、そういった欲望を持つ知的生命体が欲するものをダンジョンに設置して、呼び込みつつ魔物に程良く倒させる——殺させる」
次に中指を立てる。始の表情は変わらない。
「二つ。このダンジョンに国——とは行かなくとも、街を作って、そこに移住者を募る」
立てた指を曲げて、また伸ばして、始は——勇者と呼ばれた青年は、
「どっちもやるって手も、あるよ」
と、なんでもないことのように言った。それは、同族——世界を跨いでいるのだから、同じと言えるかは怪しいが——に対して、冷たさすら感じる言葉だ。
前者ならば、死者を適度に出すということ。
後者ならば、家畜のように飼い慣らすということ。
「魔王さま、難しく考えているでしょ。単純にさ、ここを頼りにして来た人たち——人かは分からないけど——を守りながら、攻め込んで来るやつらを撃退する。それだけじゃん」
そんな言葉に、ふと疑問が過ぎる。
(始にとって、この世界に生きる者は……遊戯の対象でしかないのか?)
そうだとしたら——いや、何も困ることはない。結局は、始の案よりも良いものを出せるわけではないのだから……、そう考えながら、アズはその提案に頷いた。




