5.魔王さま、ダンジョンに戸惑う
始との間にお互い確執がないことを図らずも確認することが出来たので、協力関係を築きながらこのダンジョンというものを成長させて行く——それが正解かは分からずとも、そうするしかないと、話し合った結果意見が一致した。
「ダンジョンメイキング系のゲームだったら、コマンドがあってそこから選べたりする」
「コマンド、ふむ……知らない言葉だが、選択肢ということか? ワイズ、そういったものはあるのか」
【答。開けと念じて頂ければ、お手元にコマンドの一覧が開きます。または、我らに直接指示を頂くことも可能です】
「へえ、コマンドって言葉が通じるんだ。ファンタジーに……SFでも混じった世界観か?」
ワイズから齎された返答に、始はそう呟いたが、アズにはどうにも理解出来る内容ではなかったので——何れ聞くとして、その場は反応を示さず、ワイズの書いた文字の通りに、頭の中で開けと念じる。
すると、半透明の青く薄い板が手元に浮かび上がった。それに瞠目するアズに対して、始は「おお、コマンドウインドウだ。ねえ、弄ってよ」と先を急かして来る。
驚くのは後でも出来る、そう自分を納得させて、始の言う通りにその板——始の言葉を用いてコマンドウインドウと呼ぶそれに指先を触れさせると、滑りやすいガラスに触れているような感覚がした。
そして同時に否応なく頭の中へ知識を流し込まれる異様な感覚を味わい——頭を抱えて唸るアズに、始は驚いていたようだった——コマンドウインドウの使い方を強制的に理解させられる。
目の前がぐるぐると回るような気持ち悪さを感じ、それに抗いながら次々に流れ込んで来る知識を受け止め終わる頃には、アズはぐったりと座面に身を横たえることとなった。
「魔王さま、大丈夫?」
「ああ……。ダンジョンについて、知識を一度に流し込まれた。はあ、分かっているのに分からない、奇妙な感覚がする」
「可哀想。それで、どう使うの?」
「そなた、心配していないな?」
そんなやり取りをすることで、落ち着きを取り戻し体を起こす。
先程までは未知の物体でしかなかった物の使い方が理解出来るのに、結局はよく分からないままという、変な感覚に陥りながらもその幼い指先はする、とコマンドウインドウの上——画面を滑る。
それを覗き込む始と共に眺めつつ、更にタブを開いて詳細な中身を見て行くが、その膨大な量に二人は顔を見合せて暫し無言となった。
「これさ、音声認識あるなら呼びかけてみれば? これに該当する項目は、とか」
「おんせい、にんしき……? ふむ、呼びかければ良いのか。ならば、食料の生成に関する項目を開け」
言葉の意味を深く理解出来ないまま、しかしこうすれば良いのかとかけた言葉にコマンドウインドウが反応し、ぱっとその画面が切り替われば、そこには確かに〝生成物一覧〟というものが出て来る。
記載されているのは、ワイズから聞いた通り食料、飲料、衣服——のみならず、魔物という欄も設けられていた。
そこへより強く興味を示したのは始で、内容を見たいと言うのだが、このコマンドウインドウはアズにしか触れることが出来ないもの。
「ワイズ、ハジメにも触れられるように出来ないのか」
【答。マスターが個体名:尾張野始へ権限の一部代理権を付与すれば、操作可能となります。但し、原則コマンドの施行にはマスターの許可が必要です】
その回答を受けて一部代理権を付与すると告げると、始の右手の甲へ三本の尾を持った猫のような模様が浮き出た。
特に痛みを感じていたわけでもなさそうな彼は、それをまじまじと眺めてから、アズよりも余程滑らかな動きでコマンドウインドウを呼び出す。
すいすいと動くその指先に驚いていたのも束の間のこと、やらねばならないことが幾つもあるのだと思い直して、アズもまたコマンドウインドウへと向き直る。
「……ああ、これか。ダンジョン地図、——成程、これがここの全体像か?」
〝地図〟の項目から更に〝ダンジョン〟を選択すると、今アズと始、そしてワイズがいる玉座の間の形が映し出される。
これがどう成長するのか、と首を傾げていると、例の如く思考を読み取ったのだろう、ワイズの石版面に文字が綴られて行く。
【答。あくまで現在のダンジョンに過ぎません。新しく階層、そして部屋を追加することが可能です。但しそれには、マスターの魔力、またはこのダンジョンで生まれた魔物以外のエネルギーを必要とします】
その回答に、思わず溜息が出てしまう。アズの望みは自堕落に過ごすこと、それがどうしてダンジョンを一から作っていかねばならないのか。
いっそ勝手に階層を増やして、良い形に整えてくれやしないか——魔力は幾らでも供給するから、と願ってしまった。
そんな時に一通り触り終わったらしい始が、表情は変えぬままに瞳だけを輝かせながら顔を上げ、
「作るのが面倒ならさ、俺がやって良い? どうせ承認は魔王さまがするんだし、試しと思って」
そう言うので、(手間が省けるなら、良いか)と頷けば、始は嬉しそうに——あくまで雰囲気でしかないが——再びコマンドウインドウに向かう。それも、いつの間に習得したのか三つも並べて。
(私がダンジョンマスターになるより、ハジメがなった方が良かったのではないか? ……いや、それだといつかは追い出されていたかもしれないな)
あくまでもダンジョンの持ち主はアズ、であれば追い出すことはあっても追い出されることはない。それと、もう一つ。忘れてはならないことがあるのだ。
(私とハジメを抱えて走っていた、そして自ら命を絶った女。彼女の亡骸くらい、弔ってやらねば……)
彼女は二人に対して己を母と呼称していた。それにしては外見的特徴が全く一致しないが、それについて頭を悩ませるよりも弔いの方が先というのは、当たり前のことだろう。
「ワイズ。私たちがここに来る前——この場へ転送された魔術陣のある場所は分かるか?」
【答。ですが、その場で亡くなった女性は既に亡骸を持ち去られております。推定:女性の父親が、涙と共に連れ帰りました】
「そう、か……」
既に家族の元へ帰ったというのならば、良かったと思うべきか——何れにせよ、この場から出来ることはもうないと告げるワイズに頷きを返す。
彼女が何者か、追われていた理由は何か、気になることはあれども、先ずは生活を安定させることを優先とするしかない。




