4.魔王さま、勇者と対話する
勇者に対しての悪感情をアズは有していない。
勿論人族に対する呆れと憎しみ、そして殺意を宿してはいたが——勇者個人に対しては、ただ冥府への道連れにする申し訳なさばかり、胸にあった。
だがそれもその時ばかり、死せばそれで終い……そうであったはずなのに、世界を越えて——境遇すらほぼ同じとなって——今ここに生きているのは、一体どういうことなのだろうと思う。
「ねえ、魔王さま。異世界転移って知ってる?」
「聞いたことがないな。言葉の繋がりからして、異なる世界に移動することか?」
「そう。俺、これで異世界転移、二回目なんだよね」
真顔のまま勇者がそう言うので、そういえば王城で相対した最期の瞬間、確か「この世界の人間ではない」と口にしていた——つまり、ブルーワとも、この世界とも異なる更に別の世界から、彼は魔王討伐のために訪れたということだろうか。
しかし、勇者はそれに対して頭を横へ振った。全くの見当違いであるのだと、ほとんど変化のない表情のまま、平坦な声のまま、彼は、今は幼い少年は、口にする。
「俺、元々は地球って星の日本っていう国で生まれて育った、普通の高校生——学生だったんだ。それがある日、急に異世界……ブルーワだっけ、そこの人間、ええっと、人族。そう、人族の国の王さまに召喚されたんだ。勇者として」
「なんだと……!? やつら、異なる世界の、それも子供を呼び出して戦わせていたのか!」
人族はなんという愚かな、悪辣な真似をしたのだろうか。そしてそんな子供を知らずとはいえ、死へと導いてしまったのはアズ本人だ。
そのことに横たえていた体を跳ねるように起こし、元々青白い顔を更に青くして、額に手を当てる。
その姿に勇者は「別にそこは良いんだけど」と息を吐いた。あのまま魔王討伐後国に帰ったとしても、きっと自分は殺されていただろうから構わないのだと、彼は言う。
それは確かに、説得力がある言葉だった。人族の強欲な王ならば、そのくらいのことをしても可笑しくはない。
(しかし、それでも私が道連れにしたのが、異なる世界のまだ幼き子供であったことは変わりない——それは許されざることだ)
自然と眉が寄ってしまうのを見たのだろう勇者が、その幼くちいさな手を伸ばすと、眉間を優しく撫でて頭を横に振る。
「魔王さまからすれば、俺の事情なんて知らなかっただろ。気にしなくて良いよ、ムカついてんのもあのクソハゲデブオヤジと人族ってやつにだけだし」
平坦な声で悪口を羅列した勇者は、そこで微かな笑みを唇に描いた。
アズに対しては恨みも何もないと言い、元々ブルーワに転移させられた時点で元の世界からは存在が抹消されていたのだと、なんでもないことのように告げた。
勇者の両親は、彼を連れ去る前にやって来た男たちによって亡き者にされ、隷属の禁術を施されて己の親を殺した者たちに従わざるを得ない状況になっていたのだと、そう言ったのだ。
「……そこまで落ちたか、人族は。勇者——いや、この呼び方は好ましくない。そなた、名は?」
「別に、勇者でも良いけど。名前、……はじめ。尾張野始、魔王さまは?」
「ハジメだな。私はアズという、好きに呼ぶが良い」
「じゃあ、魔王さまで。俺たち、名前がお揃いだ」
幼い顔で、勇者——尾張野始は笑う。何が揃いなのかと聞いても、彼は答えることをせずに、ただぱたぱたと足を上下に動かすばかり——機嫌が良いのならば構わないかと、それ以上は問うことを止めた。
始はこの世界——ジェジュリィ——のダンジョンについては全く知識がないと前置きをしてから、元の世界ではダンジョンメイキングをして遊ぶゲームがあったのだという。
詳しいことは説明を省かれたが、似通ったことを遊戯として行っていたのならば、その知識が多少役に立つかもしれない。
「だから傍に置いてよ、魔王さま。行く宛てないし」
本当に困っているのか疑いたくなる顔で、始が言う。
そもそも幼い子供を放り出すつもりなどなかったので、役に立つも立たないも関係なく世話をするつもりだったのだが、知識を出してくれるのならばその方が良いだろう。
(住む場所はこのダンジョンというところが担ってくれる。暑くもなく寒くもないこの場所でなら、凍えることはないだろう。だが、生きて行くにはそれだけでは足りない……食べ物と飲み物、そして衣服が必要だ。それが満たされたら、この世界の知識も頭に入れなければ)
やることが多いな、というのは、現実逃避だろうか。そんなことを思っていると、また思考を読んだのだろう、沈黙を保っていた石版が、子供二人に見える場所に陣取って、新たな文字を浮かび上がらせる。
【告。食料及び飲料、衣服は、ダンジョンマスターの魔力を用いて生成することが可能です。また、ダンジョン内部の地形変換をすることで、様々な魔物を育てることが可能となります】
「……魔物?」
食べ物と飲み物、そして衣服についての心配がなくなったことは良いとして、その後に続く言葉に引っかかり、思わず呟いた。それに対して、始は、
「そういえば、ブルーワにモンスター系はいなかったっけ」
と、記憶を探りながら言う。
始の言うモンスターと、石版に書かれた魔物というものが同一ならば、それについてより多くの知識を持っているのは始の方だろう。
だが、石版曰く彼はアズの護衛。しかも強いて言えばとのことなので、結局は自分がきちんと理解しなければならないのだと、溜息を吐く。
「石版——そういえば、お前の呼び名を聞いていなかった。名は?」
【答。ありません、我らが王のお好きなようにお呼びください】
それもそうか、と頷く。石版に対して名前をつけるなど、流石にないだろう——けれどもこうして意思疎通が可能なのだから、一個の存在として認めるべきではないだろうか、とも思う。
ならば、呼び名をつけるのも良いだろう。それが愛着となり、より守るべき存在としてアズの認識が強化されるかもしれない——。
「ならば、そうだな……ワイズ。私たちに足りない知識を、そなたが埋めてくれ」
【——応。頂いた名に報いましょう、我らが王】
石版へと名づけをするという、生涯で一度もないことの方が多いだろうことを行ったアズは、石版が——ワイズが喜んでいるのを字面から読み取り、微笑んだ。




