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怠惰に過ごしたい魔王さまの異世界ダンジョン生活、勇者付き  作者: 白瀬 いお


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3.魔王さま、石版に問いかける

 小さな体は玉座の座面へ体を丸めながら横になることも可能で、しかし自分一人がふかふかなそこに横たわるのはどうかと、アズは首を傾げる。


 そんな思考を読み取ったかのように、目の前へ浮かんだままの石版に更に文字が書き込まれ、そこには、


【告。ご用命があれば、承ります】


 と記されていた。


(思考を読まれているようで気持ち悪い。だが、勝手に意思を汲み取ってくれるのは、ある意味楽で良いか……、それで、言葉として指示を出せば良いのだろうか?)


 今まで感じたことのない、他者に思考を勝手に読まれるという感覚は決して良いものではない——それさえも、慣れてしまえば楽に感じるのだろうか。


「もう一人の、黒髪の子供を……ソファでも用意して、そこに寝かせておけ。肌掛けも忘れずに」

【応。かしこまりました】


 風邪でも引いてしまったら、流石に可哀想だ。そのくらいの思い遣りは、アズにもある。


 何より、あの子供が仮に勇者であった場合——何か現状について知っているのかもしれない。そんな一縷の望みをかけて、まだ丁重に扱っておこうと指示を出す。


(王城で勇者に心の臓を穿たれて……気がつけば女に抱えられて、男たちから逃げていた。硬い床に座るのは嫌だからと、癖で玉座に座ればダンジョンマスターとやらに勝手にされ——ああ、疲れた)


 出した指示の通り推定勇者の幼い体はソファへ横たえられたようなので、アズは役目は終えたと欠伸をする。幼い体には、適切な休息が必要なのだ。


 尤もそれは幼くなくとも、生きる上では絶対に必要とされるものなのだが。そんなことをぼんやりと考えているうちに、子供の体は貪欲に休息を欲し、次第に瞼が降りて行く。


(起きたら……勇者、らしき子供と……話を、して……)


 すとん、と。そこでアズの意識は途切れた。そしてハッと目が覚めた時には、一瞬しか時間が過ぎていないような感覚を感じ——黒目黒髪の子供に、じっと眼前とも言える場所から眺められていたことに気づく。


 それは、その顔は、やはり心の臓を貫いた勇者の面影が強くあり、他人の空似にしては、と、呑気に欠伸をするアズへ黒髪の子供が「ねえ」と声をかけて来た。


「何が起こったのか、説明してくれない? 魔王さま」


 その声は、変声期前の子供特有の高さを有しており、けれども勇者と同じく抑揚があまりなく——更に、その言葉だけで、目の前の子供が確かにあの男と同一なのだと、確信するに至る。


「説明と言われても、私だって詳しく事情を知っているわけじゃあない——」


 それでも、知り得る限りの情報を与えてやると、勇者は理解しているのかいないのか、表情の読みにくい顔で状況説明に対して時折頷きを返して来た。


 そうして、一度眠って起きたら勇者が眼前にいたというところまで伝え終わると、彼は「ふうん」と言う。


「じゃあ、冥府とやらじゃなくて知らないところに来ちゃったんだ。それも、魔王さまも俺も子供の姿になって」

「そういうことだ。その様子から見ると、おまえが何かを知っているわけでもなさそうだな……」

「知らないよ」


 玉座に横たわったままのアズに、座面へ肘をついたまま勇者が頭を横に振った。その言葉に嘘はなさそうなので、アズもまた頷くと、結局何も分からず終いで話は終わってしまう。


 流石にそれはどうなのだろうか、なんて思ったところで、お互いに何も知らないのは変わらない。


 だから、次に話を聞く——書かせる——べきは、謎の浮遊する石版だ。ダンジョンマスターという単語に、勇者はゲームみたい、などと言っていたが、その意味を聞く前に彼は口を閉じてしまっている。


「石版、質問に答えてくれ」

【応。お望みのままに、我らが王】


 それをアズが視認すると、それまで綴られて来た文字がすっとその姿を消して、まっさらに戻ってしまった。


 内容は覚えているから良いか、と、それだけで流して、一つずつ質問を行っていく。


「ここはどこの国に属している?」

【答。どこにも属さない、特殊区域です】


 早速困る返答が来たものだと、思わず勇者と顔を見合せてしまう。どこの国にも属さない土地は、確かにあった。だが、特殊区域という呼び方は寡聞にして聞いたことがない。


「この土地がある大陸、または島の名は?」

【答。トゥマリネ大陸です】

「……この世界は、何と呼ばれている?」

【答。ジェジュリィと呼ばれています】

「ブルーワという世界ではないのか」

【答。いいえ、そのような世界、または星の名は記録にありません】


 ブルーワ。アズの生まれ育った世界であり、その命を賭して未来を切り開いてやろうとした、愛しき魔族たちが生きる世界。


 しかし今突きつけられているのは、聞いたこともない世界の呼び名で——頭が、くらりと揺れるような気がした。


 思考を落ち着かせようとゆっくり息を吸い、吐く。共に何ともなしに勇者へ視線を向けると、彼は彼で何かを考えるように口許を覆っていたので、それ以上声をかけることはせずにおく。


「石版——おまえは、私に何を望む?」

【答。ダンジョンの成長を。王たるあなたの願いのままに育つことが、ダンジョンの喜びです】

「まるで、ダンジョンとやらに意思があるような物言いだな」

【答。その通りです。ただ、それは漠然としたもの——王の喜びを己の喜びとする、それだけのもの】


 独り言にも言い——書き、と表すべきか——淀まず返答をする石版に、アズも思わず溜息を吐いてしまう。


 仮定としてだが、異なる世界へやって来たというのに王という責務からは逃れられないのだと、そう突きつけられているような気がしてしまった。


 守るべき民のいない王など、王と呼べるものか——そう思って、ダンジョンというものには意思があるということに頭を抱える。


 そう、アズが守るべき民は、確かに存在するのだと、石版が突きつけていた。


「……勇者、おまえは何か問いたいことはないのか? 疑問があるのなら、早いうちに解消してしまえ」

「まあ……あるけど。それじゃあ、石版? で良いのか? 魔王さまが王として、俺は何?」


 勇者の問いに、石版は暫し沈黙を保つ。やがてゆっくりと綴られた文字は、今までとは異なり、どうにも自信がなさそうな動きと筆跡。


【答。……強いて言うのならば、護衛でしょうか】


 一度殺し合った仲だぞ、とは、流石に言葉にせず、二人揃って口を噤むこととなった。

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