20.魔王さま、提案する
一先ずダンジョン周囲に脅威はないと判断して、ハンスとグレーテに休みを与えてから暫く経った頃のこと。王都に派遣したカンネから、シュネーを通して街人たちへ教育を開始したという報告が上がって来た。
大人も子供も共に学び舎へ通い、先ずは基礎的な教育を受ける。それから既に働ける年齢の者は適性職を見極めるために様々な職へと触れさせ、更にその能力を高めて行く形だ。子供たちは基礎学習が終わったなら、更に次の段階へと進ませることにしている。
「今のところ不満も争いもない……、本当に温厚で平和主義な者たちだな」
「だからこそ散々迫害されて来たんだろうけどね。魔王さま、今日はどうするの?」
アズの隣に座ってコマンドウインドウを弄っていた始が問いかけて来る。
ここ暫くはこの玉座の間に篭ってばかりだったので、外に出ようかとも思うが——折角なので王都へ出てみるのが良いだろう。この目で街の様子を見るのもまた王の務めだと立ち上がった。
「王都の様子を見に行く。ワイズ、シュネー、着いて来るように。ハジメはどうする?」
「行く行く。あ、人形でだけど」
「かしこまりました、我が王」
【是。お傍に侍りましょう】
始が人形に憑依するのを待ってから、アズが全員纏めて転移魔術で王都のある階層へと転移する。一瞬視界が揺らめき、次の瞬間には穏やかな太陽の光が降り注ぐその地に降り立った。
王都には城壁というものがない——この階層にも魔物は配置したが、王都に暮らす者へ危害を加えないように教え込んでいるので、暫し歩けばそのまま王都へ入ることが出来る。
街の雰囲気はまだアズが用意したばかりの頃と大差ないが、所々の家に洗濯物が干してあったり、庭先に椅子やテーブルがあったり、少しずつ彼らの営みが見え始めていた。
「先にロイドとカンネの元へ顔を出そう」
「はあい」
ここに来ることは事前に通達しているが、まずは彼らから直接話を聞くのが良いだろう。報告書からでは読み取れないものがあるかもしれないし、不満の元となりそうなものがあれば、可能な限り解消してやらねばねらない。
王都には城もあり、そこをロイドたちには使わせている。現状兵もいないただひたすら広いだけの場所だが、何れは雇用を生み出す場ともなるだろう。何せ、維持管理には人手が多く必要なのだ。
城の入口に向かうと、そこにはロイドとカンネの姿があり、深々と頭を下げてアズの到着を喜んでくれた。二人共その表情は明るく、特にロイドは初対面の時の痩せぎすな体と疲れ切った顔がかなり改善されており、この地で安心して暮らせていることをその見た目で教えてくれる。
「出迎えご苦労。ロイド、健康的な体になって来たな。その調子でよく食べ、よく寝るように。カンネ、秘書官の仕事をよくやっている。報告書はどれも見やすいぞ」
「はい、はい……! これも全て王のお慈悲によるものです」
「恐縮です。さあ、我らが王、どうぞ中へお進みください」
嬉しそうに微笑む二人の案内に従って王城へと足を踏み入れる。この城を作り出したのはアズなので、当然ながら城内の地図は頭の中に入っていた——懐かしい内装を横目で見ながら、通達通りに執務室として使っているらしい一室に通された。
日当たりの良いその部屋で、今はロイドとカンネの二人だけが仕事を行っているようだ。他の者たちはまだ基礎教育を受けている途中なのと、まだまだ街に住む者の数が少ないということで、二人でも回せていると言う。
部屋の中央にある応接用のソファに座り、シュネーが転移魔術で呼び出した紅茶とお茶菓子と共にまずは一息つく。
「事前に連絡していた通り、今日ここへ来たのは王都と民の様子を確認するためだ。ここでの言葉は一切不敬と取らない、思うことがあれば教えてくれ」
「この地に受け入れて頂けた者、皆満足しております。痩せ細って今にも折れてしまいそうだった子供も、腹いっぱい食べられるようになって外を走り回れるようになりました。病に倒れていた者、怪我をしていた者は、王が派遣してくださったお医者が診てくださっています。食事も三度、美味いものを確りと食べられる……眠るためのベッドは柔らかく、暖か。更に教育まで施して頂いて……」
「我らが王、この者たちは随分と欲が少ないようで……、いえ、今までが不遇だったからこそ、現状にとても満足しているようなのです」
ロイドの言葉をカンネが引き継ぐ。確かに伝え聞いた彼らの半生を考えれば、すぐには次の欲が浮かばないかもしれない。現状不足しているものもないようであるし、街を清潔に保たれている。穏やかで勤勉、何とも良い民だと思う。
だが、いつまでも現状に浸っていることは出来ない。何れは自分たちの手で食料を確保し、服を縫い、家を建てねばならないのだから。今日はその相談のために来た側面もある。
「今はそなたらの生活を安定させることに注力しているが、これから先もこれが続くわけではない。きちんと職を得て、食料の自給が出来るようになることは最低限必要なこと——そうだろう?」
「はい、勿論です」
「既に耕作地に適した場所は用意してある。ただ、そなたらは農耕に対して知識が浅い。それは悪いことではないが、良くもないのだ。だから、指導者をつける。各々が好きにやるのではなく、皆で力を合わせて農地を運営する——可能か?」
多くの農家にそれぞれ畑を与えるのではなく、農地を丸ごと管理しよう、ということだ。その中で仕事を細分化すれば良いというのが、アズの意見であり、それにロイドも考える素振りをしたが、デメリットが少ないと考えたのだろうか、頷きを返す。
勿論何事も全て良い面だけではないが、一括で管理すれば収穫量の計算も楽になるという最大のメリットがあった。街人たちは農耕に対する知識や技術を持たない、故に手探りで始めるより、こちら側で主導した方が彼らにとっても良い動き出しとなるだろう。
「その他産業についても最初はこちらから指導者を送り出そう。シュネー」
「はい。いつでも指導可能です」
「職人集団、用意しておいて良かったね」
始の言う通り、それぞれの職に関する熟練者は、街を作る以前に生み出してその技を磨かせていた。後は弟子を用意するだけ、というところまで行っているので、街人の基礎教育の進み具合によっては早めに派遣しても良いだろう。
その後も細々とした話し合いを重ね、街をどう発展させて行くかの大筋を決めた。後はアズの手出しもさほど必要ないだろう——全てに手を出していては、街人たちの成長も見込めないのだから。




