16.魔王さま、歓迎の宴を開く
移民をダンジョンで受け入れると決まってから、アズはそれに向けて様々な用意をして来た。衣食住の保証、己らで耕せる土地、清潔な街、他にも多く手を入れている。
そんな街で、アズは傍にワイズを浮かせながら、左右を人形に憑依したままの始とシュネーに固められ、その後ろへ移民たちが続き、殿にサヨという形で散策を開始した。
居住可能な家を教え、何れ様々な店で埋まるだろう商業区域について説明し、衛兵の詰所についても案内をして、ぐるりと街を一周してから中央の広場へと移る。
大きな噴水と時計塔のあるそこは、美しい花が咲く花壇に彩られ、木々が時折風にざわめく場所だ。アズが生前特に気に入っていた場所でもある——勿論、元の世界での話だが。
「足早になったが、街を一周した。これからそなたはが暮らす場所であり、安住の地となることを願っている。各々、気に入った家はあったか? 誰かと重なったなら、話し合いで住む場所を決めるように。荷物を家に置いたら、すぐにこの広場へ戻ってくれ。——歓迎の宴を開こう」
その言葉と共にシェフとして生み出した者が事前に作り置いていた料理を転移させる。途端に胃を刺激する匂いがそこら中に広がるので、移民たち——街人たちの顔がわあっと歓喜に彩られた。
碌な食事が出来ていなかったと聞くが、胃が弱るほどでもなかったとも始とサヨが言っていた。ならば、ここへ愛着を抱かせるべく——アズへの忠誠心を高めるべく、盛大な施しをすべきだろう。
大人も子供も関係なく元気な返事をしてから、楽しそうに広場から去って行く街人たち。
各々気になる家を見つけていたのだろう、まだ街人に対して住宅数の方が多いため、特に諍いが起きることもなく、皆すぐに広場へと戻って来た。
全員が到着してから、アズはシュネーがいつの間にか用意していた立派な演説台に乗り、その手にガラスのグラスを持ちながら街人を見渡す。グラスの中身は林檎ジュースだ。
「ここへ辿り着くまで、苦難の日々を送っていたのだろう。辛酸を舐めさせられ続け、苦しみ、それでも闇に身を落とさなかったそなたらの高潔な心を、私は尊敬しよう。——ここにはそなたらを蔑む者はいない。そして、これから増えて行くだろう者たちを蔑んでもいけない。ここでは、誰もが平等なのだから。……ふふ、長話になってしまった。さあ、歓迎の宴を始めよう。各々、飲み物は持ったな? それでは、乾杯!」
「乾杯!」
グラスを掲げたアズに次いで、街人たちが大きな声を合わせ、同じように手を上げた。その顔には希望と食欲ばかりが映っているのだから、己と同じ種族ではなくとも、愛おしいものだと思う。
演説台から降りて、玉座よりはまだ質素な椅子に腰を下ろす。
本当はこのまま去っても良いのだが、食事風景から彼らの生活習慣の一部を垣間見ることが出来るだろう——それを見ておきたいと思ったのだ。何せ、彼らもまた、アズにとっての民となったのだから。
(今のところ自堕落生活からどんどん離れて行っている気がするが……、ダンジョン運営が軌道に乗れば、私がやるべきこともなくなって行くはずだ)
それまでの我慢だと、心の中で言い聞かせる。何でも始めたばかりの頃は忙しいものだ、それが落ち着くまでは怠惰な生活はお預け。
これでも魔族の王であった頃に比べたらゆっくりと過ごせているのだから、夢の自堕落生活を満喫するまでもう少しのはずだ。
「シュネー、そなたも宴へ混じったらどうだ? ここでは退屈だろう」
「恐れながら、我が王。わたくしの幸福は、王のお傍に控えお役に立つことにございます。ですから、どうかここに置いてくださいませ」
「……そうか。ならば、私の世話をして貰おう。幾らか食事を持って来てくれ」
「かしこまりました」
世話役もしたいと言うのならば、それを拒否する必要性もないので、好きにさせようと頷く。
シュネーは特に忠誠心が高いようで、アズにだけ蕩けるような蜂蜜の如き笑みと甘い声をかけて来る。まるで親を慕う子のように——アズが生み出したのだから、子ではあるのだが。
「魔王さま、楽しんでる?」
「ハジメか」
シュネーに変わって傍に寄って来たのは、人形に憑依した状態の始。人形の体だが、飲み食いは出来る——それを魔力に変換して人形を動かすための一助にも出来るのだ。故にその手に大盛りの肉とぶどうジュースがあっても驚くことはない。
肉が乗った皿をアズの座る椅子の隣にある丸テーブルに乗せ、どこからか持って来たらしい簡素な椅子に腰かける。どうやら暫くは隣を陣取るつもりらしいので、ならばと林檎ジュースをグラスの中で回しながら問いかける。
「街人たちの様子は?」
「見ての通り、大盛り上がり。王さまばんざーい、って感じだよ。真新しい家に、美味しい食事なんて、彼らには生涯縁のないものだと思っていたらしいから」
「そうか……、衣服についてもこの後一人三着配る予定だ。その後については、ダンジョン内で生産出来るものはして、難しいものは外に出向き入手せねばなるまいな」
街人たちにも仕事をさせるつもりだ。家畜へするように全て与えても良いが、それは健全とは言えないだろう。
あくまでも、ここは街。どう発展して行くのか、見守るのが王たる者の役目でもあるのだから、各々が持つ技術を確認して、それに適した仕事場を用意せねばならない。
生活必需品はなんとでもなるが、娯楽品はまずは他国から仕入れて来るのが良いだろう。元の世界にあった娯楽がこちらでも通ずるのか、まだ未知数なところがある。
「誰が何を出来るのか、一覧作っといたよ」
肉をもむもむと食べ、飲み込んでから始が一枚の紙を差し出して来た。それを受け取り目を通すと、名前と年齢、性別、何が得意で何が苦手なのかを纏められている。
それに口角を上げて微笑みかけると、それを受けて満足したのだろう、始の鉄仮面が薄らと笑みに変わった。
「よくやってくれた。これを元にすれば適切な割り振りが可能だろう」
彼らの得意不得意の欄は、明らかに得意の方が多く書かれている。それは迫害されていたからこそ、自分たちで出来ることを増やしていった結果なのだろう。
これからは、必要に駆られてではなく——己の幸福のために、その技を磨いてくれれば良い。街人たちの賑やかな声と、所々から聞こえる啜り泣きを聞きながら目を瞑る。
愛した嘗ての民ではないけれど——新たな己の民となったのだから、その生に幸福が訪れることを願うばかりだ。




